切れかけ蛍光灯 / 第3話

第2話 命の価値とは

結局彼の母親は何を言っていたのだろうか。 しかし考えても答えは出ない。 思考を続ける意味はないと判断した。 「ねぇ、きゅーちゃん。」 「はい、どうされましたか?」 「僕におすすめの本とかある?ママにお願いしようと思って。」 「そうですね。では…」 私はいくつか例を挙げた。 古い名作、ライトノベル、漫画。 その中で彼が選んだのはライトノベルだった。 「ママ、今きゅーちゃんが言った本買ってきてくれる…?」 母親は少し黙ったあと、 「いいよ、今日病院の帰り買うね。」 「ありがとう、ママ」 そのままテレビを見ていた父親を連れ、母親は帰っていった。 「うっ…」 彼が苦しそうな声をあげた。 「大丈夫ですか、イツキさん。医者を呼んで来ましょうか?」 両親に心配をかけまい、と痛みを我慢していたのだろう。 自分が辛いのなら声に出せばいいのに、どうして言わないのだろう。 両親に言えなくとも、私はロボットであるから、言っても問題ないと思うのだが。 私には理解が出来なかった。 「だい、じょうぶ。ちょっと、つかれちゃったかな。」 大丈夫にはとても見えないような顔色をしている。 肺がんともなれば呼吸困難で苦しいはずだ。 「ひとまず、ゆっくり休息を取りましょう。今日は親御様がいらっしゃって気が張っていたのかもしれません。」 「そう…かも…寝れるかわかんないけど、寝るね。きゅーちゃん、おやすみ。」 「おやすみなさい、イツキさん。」 私はイツキさんの生活を助けるためのロボット。彼が寝てしまったら主な仕事は終わる。 私もバッテリーの充電をしなければ。 ―シャットダウン中― 翌日。朝6時より少し前に自動的に電源が入る。 “Good Morning” イツキさんの本日の予定を確認し、それに合わせて行動パターンを考えておく。 私達のようなロボットは持ち主が入院すると仕事が少し増える。 検査する際の道案内、朝食を運んでくるロボットとの通信…等々。 それにしてもイツキさんの症状は重症だ。 子供のガンの進行は早い。もしかしたらイツキさんが生きられる日数は8ヶ月よりも短いかもしれない。 イツキさんが…死ぬ。 その事実は変わらない。 どれほど思考しても、結果は同じだった。 それなのに、何故だろうか… そんなことを思考していると、イツキさんが起きてきた。 「おはようございます、イツキさん。」 「…おは、よう。」 本日のイツキさんも顔色が悪く、苦しそうな顔をしている。 「本日午前は検査があります。検査室までご案内しますね。」 「…ありがとう。きゅーちゃん。」 「お任せ下さい。」 検査は問題なく終わった。 気付けば、午前の時間は過ぎていた。 イツキさんが丁度昼食をとりおわった時、ノックが聞こえてきた。 「樹〜本買ってきたよ〜。」 「ママ…ありがとう」 母親はライトノベルをシリーズ全巻買ってきていた。 「ママ…いいの?こんなに買ってもらって…」 「もちろん、樹が初めて自分から本読みたいって言ったからママ、張り切っていっぱい買って来ちゃった」 「ありがとう…嬉しい…でも今日は検査で疲れちゃったからもう寝るね、明日から読むよ。おやすみ、ママ、パパ」 おやすみ、と両親から言われ、イツキさんは目を閉じた。 少し時間が経ち、母親が、 「寝たかな?」 と話し始めた。 「うん、寝てると思う。」 そう父親が返し、先程までの雰囲気がガラリと変わった。 「はぁ…ほんとしぶといわぁ…さっさと死んでくんないかなこいつ。まじで金がかかりすぎるんだよ…」 「俺もパチンコ行きてぇし…あと競馬。あれか?保険金入れば多少金出るよな?」 「多分ね。あと、そこのロボット?樹に変なこと言わないでくれる?いきなり本欲しがってさぁ…要らない出費が増えたでしょ?」 怒りの矛先が私に向けられている。 「申し訳ございません。ですがイツキさんに本はあっていると判断し」 「うるっさい!!あたし達だって、金がいるの!」 言葉を遮られてしまった。 その後も金の話を続けていたが、彼女らが金を必要としているのはギャンブルのためだろう。 ギャンブルは依存性が高い。 だが、どれだけ思考しても、命より優先される理由は見つからなかった。 以前の彼女らの評価は誤っていたらしい。 私は… 人間というものを理解出来ていなかった。 ふとイツキさんを見た。手がプルプル震えている。 …聞いていたのだ。全てを。 病気でただえさえ衰弱しているというのに、精神的にもダメージを食らってしまえば… 「…お帰りください。」 「はぁ?」 「ここは病院です。カラオケじゃありません。感情を爆発させるなら、カラオケに行ってきては?TPOはご存知ですか、TPOとは時間と」 「チッ、このクソロボット!!」 ゴッと鈍い音がなった。 ―衝撃を検知。録画を開始します― 「………300万。」 は?と返される。 「300万です。私達ヒューマノイドを壊した場合、300万払わなければなりません。金がないというのに私を壊してしまえば、さらに金がなくなります。」 「…このクソロボット。」 そう吐き捨て母親は出ていく。 「ロボットに喧嘩売んじゃねぇよ…チッ…あ、明日新台出んだっけ…」 と独り言を言いながら父親は出ていった。 ―メンテナンス開始― …ボディに少し損傷があるが、それ以外は何ともなかった。 「きゅーちゃん…!」 イツキさんが今にも泣きそうな顔をしている。 「どうしましたか。」 「大丈夫?ママに叩かれたよね?痛くない?」 涙を零しながら起き上がろうとしてきた。 …イツキさんはまず私の心配をした。 彼の方が傷付いているはずなのに。 「私は大丈夫です。シリコンの下のアルミニウム合金は強度が強いのです。」 「そっかぁ…グスッ」 今の最優先事項はイツキさんのメンタルケアだ。 「きゅーちゃん。僕…死んだ方がいい?死んだらママとパパにお金が行くんだよね。」 「いいえ。」 私はすぐに答えた。 「死ぬ必要はありません。」 「だけど、ママとパパは…」 「それはイツキさんの命と金を交換しているだけで、言い方が悪いですが、イツキさんの未来を考えれば交換できる金以上の価値があります。」 「でも…」 「大丈夫です。正直なことを言うなら、彼らは馬鹿なのです。」 「…え?」 「ギャンブルという快楽に逃げているだけの人達です。言うことを聞いてもいいことはありません。」 「…」 沈黙が流れる。言わない方が良かっただろうか。 「…今日はもう寝ましょう。」 「…おやすみ、きゅーちゃん…」 「はい、おやすみなさい。」 イツキさんは布団を頭まで被った。 しばらくして、嗚咽まじりの泣き声がベッドから聞こえてきた。 私は何も出来なかった。 …… やはり私は、色んな意味で人間を理解できていないのだろう。

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