石鬼 輪たつ🦒 / 第2話

チャプター1  ハッピーバースデイ≪誕生日≫

 肩の上で切り揃《そろ》えたみずみずしい髪の毛と、あどけなさの残る肌|艶《つや》へ、淡く反射するロウソクの炎の色。  まだ消さないの、と誘《さそ》っているように揺らめく。  炎に照らされた子ども――透見川《うおせ》 水鈴《みすず》はこの日、経年12年の誕生日を祝福された。  透見川《うおせ》家のリビングには、水鈴《みすず》の顔の輪郭《りんかく》よりもずっと大きなホールケーキがそなえられる。  フリルのないチョコレートケーキだ。天面では、らせん状に動脈を巻きつけた白いロウソクが、しゅぼぼぼっと音を立て燃え盛《さか》る。 「ねえパパ、パパっ! もう吹き消していい?」  水鈴《みすず》の抑《おさ》えきれないという興奮が、弾《はず》んだ声に変換されて出る。  訊《き》いた先から「いいよ」と返事がもどるが早いか、水鈴《みすず》はロウソクの炎をつぎつぎと消滅させていった。 「ははは、水鈴《みすず》はせっかちだなあ」  おだやかな笑い声。  間もなく、部屋の電気が点《つ》けられ、そこでバースデイケーキを囲む水鈴《みすず》と、残り2人の実体がはっきり見えるようになる。  リビングダイニングの食卓。水鈴《みすず》のほかには、双子のような人物がにこにこしながら、水鈴《みすず》と火花が飛び散って表面のチョコのわずかに溶け落ちたバースデイケーキを交互に眺《なが》める。  どちらかが『パパ』と呼ばれている。 「それじゃ、張り切ってケーキ切っちゃうから!」  腕《うで》まくりをして、双子の1人が意気揚々とケーキナイフを手に取る。ナイフの刃が溶断するようにケーキの中へ差し込まれる。  やがて、黄色いスポンジや層《そう》状クリームの中に、不揃《ふぞろ》いな粉砕《ふんさい》ナッツの練《ね》り込まれた切断面が現れた。 「あらあら。お父さん、間違ってナッツ入りのケーキ買ってきちゃったの? 水鈴《みすず》はアレルギーあるんだからっ!」 「えっ! あ、ああゴメン、忘れてたよ。これは僕らで食べよっか……」  夫婦めいた会話で誕生日の主役を置き去りにする双子。バースデイケーキを2等分にする。  ケーキを前に、水鈴《みすず》はこれまでの明るい表情を、みるみるうちに曇らせる。 「水鈴《みすず》も食べたかったぁ……」  時刻は午後6時。  一家のささいな誕生日会をさえぎる意図か、突然に玄関チャイムの音が鳴りひびく。誰にも、誰かを呼んだ覚えなどはない。  アレルゲン満載《まんさい》びっくり箱のようなケーキを買ってきた双子の1人が、玄関先へと躍り出る。  来訪者は、目立つ赤いワンピースを着た、水鈴《みすず》にそっくりな子どもだ。「どうも、ケーキのデリバリーでぇす」と。  本当に、ケーキ間違え魔に対する水鈴《みすず》の生霊《いきりょう》かもしれなかった。 「しずりん、いらっしゃい! ……すんごい。ありがとう、ナイスタイミングだよっ!」  水鈴《みすず》も玄関に出てくるが、自分と瓜《うり》2つの子どもを前にしても驚《おどろ》きなどの感情はなく、ただ替玉《かえだま》のケーキを用意してくれたことへの謝辞のみを述べる。 「おう。日月《しずみ》家一同からのお気持ちよー」  真っ赤なワンピースのしずりんこと、水鈴《みすず》の友人が調子に乗って言う。  感激のあまり水鈴《みすず》が友人に抱きつこうとする。しかし、友人は手のケーキを水鈴《みすず》から遠ざけ、行動を制した。  2人はほとんど同じ髪型をしていることもあり、その場で双子のようになる。 「ただし、このケーキを食べるには条件があります!」 「な、なに」 「《《みすぅ》》は今から制服に着替えなければなりませんっ」 「なんでぇ……」  ケーキをお預けにされた水鈴《みすず》は、友人の思惑がわからないと再《ふたた》び口をへの字にする。  並ぶ背丈の2人は、透見川《うおせ》家2階にのぼる。  水鈴《みすず》の私室がある。ベッドと、棚《たな》代わりのドレッサーしかない部屋でも、私室と呼ぶほかにしかたがない。  着替えさせてあげると言う水鈴《みすず》の友人に向かって、水鈴《みすず》はバンザイをし、部屋着をはぎ取られる。  友人は水鈴《みすず》の制服を手にかかげる。暗い色をしたシャツに、深緋《ふかひ》のラインが身体のシルエットに沿って入るブラウスと、ハーフパンツからなる制服。水鈴《みすず》のか細い脚がすらりとあらわれる。 「あり、がと?」 「お気になさらず。おっと、これでまだ完成じゃないんだよねー」  友人は懐《ふところ》からさらに小箱を取り出す。  中には真っ白なシルクスカーフ。水鈴《みすず》の制服の首元へと掛けると、リボンの形にしぼって胸にさげさせた。 「これは、ぼくからの誕プレ。……みすぅさ、≪統制器《とうせいき》≫見られるのキライじゃん? だからね、こうやって隠せればいいなと思って」  ささやくように友人が告げる。  水鈴《みすず》は意識して、自身の首にはめ込まれた漆黒《しっこく》の金属機器へと手を触れる。今はスカーフの下。  その≪統制器≫というものは、静かに絶えず駆動《くどう》している。  水鈴《みすず》はドレッサーの鏡《かがみ》に自分を見に行った。 「ありがとう……スカーフ、すっごいかわいい! 大事にするね」 「かわいいって何だよ」    制服を着た水鈴《みすず》と着せた友人は手をつなぎ、階下にもどってパーティーを再開する。  食卓中央には新たなホールケーキ、いちごの乗ったショートケーキが置かれ、周りを肉《フレッシュミート》や肉、肉が飾った。 「なんか映画観たくないですか? 観たいですよね? ぜひ観ましょう!」  世間話に飽きた水鈴《みすず》の友人が提案する。  水鈴《みすず》は隣《となり》で、その言いなりになろうとしている。  しかし水鈴《みすず》たちと対面して座る双子のようすは明らかにネガティヴなものだ。 「えー、しずりくんがいると大体エログロ映画じゃ……」 「いやいやいや! 今日は違いますって。実は、父さんと観ようって話してたアジアンZ級アドベンチャー映画がありまして。キョンシーすらも昇天《しょうてん》する爽快エンターテインメントって触れ込みの。これなら、BGM代わりにはなるでしょう!」 「それでも頑《かたく》なにZ級なのねっ」  双子の一方が思わず笑みをこぼす。たしかな言葉を得ずとも、提案は予定に変わった。  友人とそして、ひとまずケーキを堪能《たんのう》した水鈴《みすず》も同行し、そっくりな2人で家を出発する。  映画の記録媒体は友人の家にあった。  また、友人の家族もパーティーに呼びたいという話も加わり、2人はおつかいに出ることとなったのだ。  目的地は100メートルほど先の日月《しずみ》家。近い。2人はすぐに到着する。 「こんにちは、水鈴《みすず》くん。お誕生日おめでとう」 「おじさん! ありがとう。ケーキもありがと!」  どうして制服姿なのかと茶々《ちゃちゃ》を入れることなく、友人の家族らしき人物が玄関先で水鈴《みすず》を出迎《でむか》えてくれる。  髪型以外は、水鈴《みすず》の家にいた双子と像を一《いつ》にしている。  これからパーティーついで――ではなく、パーティーの余興にクソ映画を観ようと伝える。友人はクソ映画が観たくてしょうがないようすだ。友人の家族はこれを快《こころよ》く了承する。 「いいね! ポップコーンとチュロスも持っていこう。しずり、まだストックはあるかい?」 「待ってー」  友人は、気のない返事とうらはらに猛《もう》ダッシュで自宅へ駆け込んでいく。  しばらくして、玄関にもどって来た友人の手には映画の記録媒体が入ったパッケージだけが握《にぎ》りしめられていた。 「チュロスはあっはけど、ほっふコーンはないよ!」 「ならなんで何も持ってないんだ……いいよ、それなら買い出しに寄ってから、透見川《うおせ》さん家《とこ》へ行こう」 「いいよいいよ、ぼくとみすぅで買い物行くから。その代わり、お菓子も山ほど買うね!」  クソ映画欲ばかりか、食欲をも加速させる友人の新たな提案に、水鈴《みすず》もそばで苦笑する。  友人の家族は「任せるよ」と言って、2人に財布を預ける。  水鈴《みすず》たちは日月《しずみ》家の次に、最寄りの交差点をこえた先のスーパーマーケットを目指す。 「映画(の記録媒体)を取りに行ったら、今度はポップコーンとお菓子を買いに……なんか、風が吹いたらなんとやらみたい。みすぅは最後に何がほしい?」 「にくーっ!」  選択を迷わず脇目《わきめ》もふらず、元気いっぱいの声で水鈴《みすず》がさけぶ。  そっくりな2人の足は、住宅地と市街とを隔《へだ》てた交差点に差しかかる。  片側二車線の道幅はかなり広くもあり、同時に曲がり角を遮蔽《しゃへい》物がつごうよく陣取《じんど》っていることで、人の通行がわずかにわかりづらくもある。もっともそのようなことを子ども2人が考慮しているはずもなく。  水鈴《みすず》たちの横断歩道と垂直の、車歩道が青になる。  信号待ちしている水鈴《みすず》。    すると突如として、水鈴《みすず》は友人に突き飛ばされた。 「いったぁ! しずりん――えっ、なにっ……」  水鈴《みすず》が、元いた場所に目を遣ると、そこはすでに事故現場と化していた。  中型のトラックが地面に対して斜《なな》めに傾《かたむ》き、雑居ビルの1階にめり込む。ブレーキ痕《こん》とおぼしき軌跡がなく、アスファルトに散っているものは、赤黒い液体と薄《うす》いピンク色の肉片のみだ。  そのとき、水鈴《みすず》の背後でいっせいに人の声が向かってきた。野次馬だろう。網戸《あみど》を掻《か》いくぐろうとひっしな蠅《ハエ》の羽音のように、声はどこかでぴたりと近寄って来なくなった。 「大丈夫かい?」  卒然、水鈴《みすず》の頭上から降るはっきりとした言葉。  水鈴《みすず》が見上げると、駆けつけてくれた友人の家族のような、あるいは自身の大好きな両親のような……とにかく誰かが見つめている。 「おじさん、横のお店の人なんだけど。もしかして、君の知り合いか誰か、轢《ひ》かれちゃった?」 「う、えっ、あの……友だちが――」  口にしたとたん、水鈴《みすず》は大|粒《つぶ》の涙を流しはじめる。  声をかけた人物は困り顔で、しかし義務感に駆られたようすで水鈴《みすず》の背中を撫でさする。 「ありゃ、助からないね。おじさんが『《《政府》》』に連絡してあげるから。えっと……轢かれたのも、君と同じ愛玩用《ウイルガ型》≪スキン≫だよね?」  人物は水鈴《みすず》の制服を見たあと、断定した上で水鈴《みすず》に訊《たず》ねる。  足がすくんで立ち上がることができない水鈴《みすず》。  しばらくして、人物のいる方から話し声が聞こえてくる。目下の水鈴《みすず》をよそに、人物は電話をかけている。 「えっと、場所は居住区のCー3ブロックで、うん、轢かれたのは愛玩用《ウイルガ型》≪スキン≫。その友だちって子に聞いて。あー、所有者さんは近くにいないみたいでさ。でも、(轢かれた子は)もう死んでると思うよ。それで事故車は労働用の――」 「死んで……」  水鈴《みすず》が、人物のフレーズを反芻《はんすう》する。  水鈴《みすず》は死という語のもつ必然性が理解できない。  だから、力を振りしぼって立ち上がり、血の滴《したた》る事故現場へと歩いて行った。  しばらく待ってみて、『政府』の職員らしき集団が駆けつけるまでに、そこへしずりがもどって来ないことを確認する。    ……水鈴《みすず》は、やはりと考えると、同じ足で自宅へと引き返す。    ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※      水鈴《みすず》の友人・日月《しずみ》 しずりは事故死していた。  中型トラックに接触した衝撃で、身体を引き裂《さ》かれ即死したと、水鈴《みすず》は家族から伝え聞いた。  それから2日が経過した快晴日。  水鈴《みすず》は何があっても、私室から出ることはなかった。  いつの間にか眠りにつき、目覚ましの音もなしに目を覚ます。  布団のふちが陽光を帯びて、カエルの腹のように透けている。……果たして布団だろうか? まだカエルの腹の下ということもあり得る。そう感じうるほどに、眠りすぎた水鈴《みすず》の精神は、夢現《ゆめうつつ》といった状態だ。  ふと、水鈴《みすず》は毛布の足元にわずかな体温を覚える。  足と足首が切り離《はな》されでもしなければ覚えようもない、非統合的な、生物の体温のぬるさ。  水鈴《みすず》はおそるおそる掛布団《かけぶとん》をめくる。  自身の体とは異なるもう一つ、毛の塊《かたまり》が手を生やし、水鈴《みすず》の胴体にすがりついている。 「ぎゃっ!」  心臓がしびれる衝撃を受け、きたない悲鳴を上げた水鈴《みすず》はベッドを脱出する。  誰も他に寝ていないはずのベッド。しかし、掛布団はモゾモゾと蠢《しゅん》動をくり返す。 「うー、んっ!」  何やらうなった後、掛布団がゆっくり起き上がる。ずり落ちる。  毛の塊の正体がわかった。スウェットを着た、恐らく人間だろう姿。  水鈴《みすず》の髪と同じ色。のれんのごとく垂れ下がった毛の隙間から、水鈴《みすず》とそっくりの顔が現れる。 「愛玩用《ウイルガ型》≪スキン≫……」 「おはよう、みすぅ!」  毛の塊の人物は、水鈴《みすず》の親しんだ声にイントネーションで、水鈴《みすず》のあだ名を呼ぶ。 「……し、ず、え、違うよね?」 「違わないよ。正真《しょうしん》|正銘《しょうめい》、生まれたてのしずりんです!」  ベッドの上で胸を張って、高らかに名乗りを上げる。  その姿に水鈴《みすず》は、望まない、死んだ友人の面影《おもかげ》を見せられる。

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