石鬼 輪たつ🦒 / 第1話

プリンセスパンジー

 麦《むぎ》|畑《ばたけ》広がる牧歌《ぼっか》的な平地のいなか町。町には1|棟《むね》ばかり、特別なお屋敷《やしき》がある。  そこには商人の男とその妻《つま》、1人|娘《むすめ》、幾《いく》人かの使用人が住んでいる。  商人の男は、祖父の代から紡《つむ》がれたかがやかしい栄華を掌握《しょうあく》し、本当に何《なに》不自由もないという、豊《ゆた》かな暮らしをしているのだ。  けれど、お屋敷といえば、けっして大きすぎることもなく、木組《きぐ》みの2階建て、エントランスをダンスホール仕立《じた》てにしただけの、少し古臭《ふるくさ》い建物だった。  夜。  お屋敷の2階、かろうじて足元が見える暗さの廊下《ろうか》を歩く、少女。  1人娘の《《パンジー》》だ。  真っ白な、よそ行きのドレスの姿《すがた》。  すそをずる。  背《せ》にかかる金髪《きんぱつ》が少し浮くほどの、早足《はやあし》で廊下の先に向かう。  それは恐怖心のためか……違《ちが》う。  ――耳に聴《き》こえる楽しげな声。弦《げん》楽器の伴奏《ばんそう》。それに、胸《むね》が、高鳴《たかな》っておさえきれないのだ!  パンジーが躍《おど》り出る。  少しの歓声《かんせい》が聞こえる。  ただ、私室から出てきただけのことだが。  パンジーが、エントランスにつながる三叉《さんさ》の階段の一方から下りてくると、普段はがらんとしている空間が、すっかり人で賑《にぎ》わっていた。  それは、一口に言えばダンスパーティー。  来客の誰が誰でどう偉《えら》いのか、誰と誰がペアでいるのか、そんなことを考えなければ、まったくおとぎ話《ばなし》のそれと大差もないくらい美しい光景だ。  時おり、紳士《しんし》|淑女《しゅくじょ》が、幼《おさな》いパンジーに目配《めくば》せをして笑顔を向けてくれる。  宝石めくドレス、芸術めく燕尾《えんび》服。  それらは踊《おど》る人間の姿をともなって、パンジーへ最大の敬意をあらわしていた。   「おやおや、お寝坊《ねぼう》さんのヒロインがようやく登場だ。これはてっきり、朝まで踊《おど》り《《あかす》》かなと思ったよ」    苦笑《くしょう》|交《ま》じりの男性の声。  階段をのぼって、パンジーのそばにやって来る。  今回の祝宴《しゅくえん》を主催《しゅさい》する商人の男、つまりパンジーの父親だ。    父親の声に、会場の一同はダンスと音楽を止める。  けれど、当の娘は、父親の皮肉《ひにく》などどこ吹く風という、満面のスマイルを浮かべていた。   「お父さま、お父さま! みんな、私《わたくし》のために来てくださったんですのっ?」    父親の背の半分もない子どもの背丈をして、パンジーははしゃぎ回った。  金色の髪が、内側から光を発するように小躍《こおど》りし、ウェーブがかかった毛束は宙《ちゅう》を舞《ま》う。   「ははは、もちろんさ。それと……パンジー、上を見てごらん」    父親がパンジーの着るドレスの背を押さえ、自身のあごを上向けて示す。  その先。  パンジーはぱっと開いた口の端《はし》からヨダレが流れ出そうな勢《いきお》いで、ぐっ、と父親の見た先を追う。    天井には1つの、雲《くも》と見まごう巨大なシャンデリアがつり下げられていた。  この日のために用意されたもの。  パンジーが初めて目にするもの。  けれど、関係ない。  ――美しいのだ。  ただひたすらに。  息をのむほどに。  燭台《しょくだい》の延長などではない。  無数の腕木《うでぎ》の先に、陽《ひ》の力強いひらめき。  そして金剛《ダイヤモンド》の鋭《するど》いかがやき。  それらを併《あわ》せ持《も》つ光は、パンジーの目に見える世界すべてを照らしていた。                                                                                       「……」 「みんなから、君への誕生日プレゼントだ。改《あらた》めて、おめでとう、パンジー」      父親は優《やさ》しく語りかける。  しかし、パンジーは返す言葉を失うほど、光に魅了《みりょう》されてしまった。  パンジーは、初めて火の明るさを得た原始人類のごとくなって、固まっている。  父親にうながされ、エントランスへの階段を下りる途中、少しつまづいたことで正気にもどる。   「お父さま! 私《わたくし》も、踊《おど》りたいですわ! あの《《キレイな明かり》》の下で!」 「ははっ。それより先に、君には大きな仕事があるんだから」    父親とパンジーの目の前に、突如《とつじょ》、白き塔《とう》があらわれる!   などと。  そんなことはない。ずっと前からそこにあったのだ。  パンジーの背丈《せたけ》の倍もある、全体をクリームと金箔《きんぱく》で装飾されたケーキ。  夜冷《よび》えの中であっても、人混《ひとご》みの熱気にさらされたことで少し歪《ひず》んでしまったそれが。  またパンジーは新鮮な驚《おどろ》きを顔いっぱいに広げる。   「ケーキっ、ケーキですわ! お父さま!」    口をこれでもかと開いて喜ぶパンジー。  飛び跳ねる金髪の小さな主役を、父親は両手に抱《かか》え上げる。  来客たちも期待のまなざしを向ける。  待ちに待った祝宴の山場を見逃すまいとして。  パンジーは胴《どう》をもつ父親の手に手を重《かさ》ねて、姿勢《しせい》を支える。  ケーキの頂上には《《5本のロウソク》》が、あふれんばかりのフルーツ盛《も》りの中で立ち、炎を揺らしている。   「さあ。ふうっと、ひと思いに火を消して?」    1人娘の晴《は》れ舞台《ぶたい》で、台座となった父親が最後の助言。パンジーは力を込めて、火を消した。    パンジー、5歳の誕生日。  その日のパーティーは、彼女にとって最《もっと》も美しい記憶として刻《きざ》まれた。  なぜならば、これ以降、彼女の誕生日に家族と使用人以外の者が訪《おとず》れることはなかったから。  また、シャンデリアだとか、絢爛《けんらん》|豪華《ごうか》なケーキだとかが用意されることも、同様になかった。  彼女が消したロウソクの火は、もしかすると、彼女の命運《めいうん》――という、風前《ふうぜん》の《《ともし火》》だったのかもしれない。     『ファクトリアッ! 夢づくりの工場物語』

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