NAWOMIDOU / 第2話

第三部:「あなた」という光の屈折

 あなたが二期生として入社してきたのは、施設がオープンして一年が過ぎ、初期メンバーの半分以上が入れ替わった頃だった。  当時の私は、繰り返される重労働と、職場の異常な空気に毒され、心に厚いタールを塗ったような状態だった。誰が入ってきても、「どうせ数ヶ月でいなくなるのだろう」と、無意識に距離を置いていた。  けれど、あなたは違った。  初めてあなたと言葉を交わした日のことを覚えている。  それは、今思えばなんてことのない、ひどく退屈な午後の休憩時間だった。窓のないスタッフルームには、誰かが吸い残した煙草の匂いと、微かに油の回った換気扇の音が充満していた。  あなたは、コンビニで買ってきたらしい焼きそばを、少し急いだ様子で口に運んでいた。そして、ふと私と目が合うと、「お疲れ様です」と、あの、少しだけ語尾の跳ねる独特の口調で挨拶をした。  その時、あなたの前歯に、小さな緑色の破片がついていた。  本当に、ただの青のりだった。  けれど、その滑稽なまでの「日常」が、非日常的な空間にいた私には、とてつもなく尊いものに思えたのだ。この不潔な蒸気の王国の中に、まだ焼きそばの青のりを歯につけて笑うような、真っ当な人間が存在しているという事実。 「ついてますよ、そこに」  私が指を差すと、あなたは「えっ?」と目を丸くして、慌てて手鏡を取り出した。 「あ、本当だ。恥ずかしい……」  あなたは頬を染めて笑った。その笑い声は、それまで私が職場で耳にしてきた、誰かを貶めるための卑俗な笑いや、自分を守るための愛想笑いとは、全く違う響きを持っていた。  それは、外の世界の、汚れのない空気の色をしていた。  あなたは接客の際、驚くほど張りのある、遠くまで通る大きな声を出した。  けれど、二人きりで事務作業をしている時や、帰り際、三宮の駅へ向かう道すがらでは、少しおっとりとした、柔らかな声に変わった。

運営おすすめ

週間ランキング

全ランキング

反応スコアランキング

もっと見る

PV・ブックマークランキング

もっと見る

更新された連載作品

すべて見る
読み込み中…

新着短編

すべて見る
読み込み中…

作品一覧

読み込み中…

作品ダッシュボード

作品全体の公開状況と、読者からの反応をひと目で確認できます。

作品パフォーマンス

選択期間のPVが多い順

上位5作品
ライブラリ

作品の公開状況と構成

最近の更新

最後に編集した作品

要チェック

公開前に確認したい項目

プレビュー
読者に表示される見た目

表示設定

文字サイズ
100%
背景色
縦書き表示
リッチモード
目次
読み込み中…

キーワードを入力して作品を探しましょう

アクセス解析
アクセス解析データは 5分おき に自動更新されます
読み込み中…
ランクイン記録
通知
通知はありません
地形ブラシ
25
スタンプ
ツール
装飾
表示
100%

世界地図

100%

REACTION SCORE

反応スコアの内訳