らぱすてー / 第74話

もんもんぐんぐん

 寒さが最も深まる頃、森の民によるむくつけし漢たちの祭が行われる。  夜明け前から漢たちは集まりだす。空気は刃物のように尖り、吐く息は白く固まって、あたりに漂う。それでも漢たちは、我先にと集会所の前に肌をさらす。  全員がふんどし一丁。  厚い胸板、丸太のような二の腕、脂肪など知らぬとばかりに引き締まった腹。それぞれが違う体つきをしているはずなのに、並んだ瞬間、なぜか一つの生き物のように見えてくる。  横に並んだものが肩を組み、次の男がその上に乗る。  三段目四段目と積み上がっていき、やがてそれは肉体で組み上げられた|山車《だし》となる。  |軋《きし》む筋肉。踏ん張る足の指。汗ばんだ背に食い込む爪先。それでも誰一人、音を上げない。    もんもん! ぐんぐん!    漢たちの熱気で辺りの雪が溶け出していく。雪解け水で長い耳の先まで水浸しになる。水もしたたるいい漢。  白い息と共に立ちのぼる湯気が、朝日を受けて輝いていた。    もんもん! ぐんぐん!    激しいかけ声とともに山車が動きだす。行く道は決まっていないが、毎回定められていたようにそれらは出会う。  海の民による肉体山車だ!  潮の匂いを|纏《まと》い、日に焼けた褐色の肌。森の男たちとは違う筋肉の付き方。厚みよりも粘り、力よりもしなやかさで鍛え上げられた体が、対岸から迫ってくる。  2つの肌色の山車が、睨み合う。  睨み合いの間も、それぞれの山車は小刻みに震えている。今にも走り出したいという衝動を必死に抑えているかのようだった。そのギリギリで保たれた均衡そのものが、これから来る衝突の激しさを予感させた。    もんもん! ぐんぐん!    掛け声合戦が行われながらも、互いの距離は徐々に詰まっていく。  もんもんとした熱気がぐんぐんと立ち昇り、季節外れの積乱雲を育てていく。  朝方には晴れていた空もいつしか鉛色に変わり、遠く雷鳴にも似た音が轟いた。それが雷鳴か漢たちの咆哮か、それらは混然となり誰にも判別がつかなかった。    もんもん! バシン! ぐんぐん! バシン!    激しくぶつかればぶつかるほど、来年の豊作、豊漁が約束されるという。  肉体と肉体がぶつかりあう衝撃で、木々は揺れ、海は震えた。山車全体が|撓《たわ》み、それでもまた元の形に戻る。まるで巨大な生物が呼吸をしているかのようだった。    衝突の激しさに、ついてけなくなった者が弾き飛ばされる。弾かれた漢は、二度と山車に戻ることは許されない。それが祭りの掟だ。    もんもん! ぐんぐん!    一人が、力尽きて手を離す。また一人、膝から崩れ落ちる。  崩れ方にも、それぞれの個性があった。膝からゆっくり沈む者、うつ伏せに倒れ込む者、仰向けに空を見上げる者。全力を尽くした彼らは誰一人として、恥じてはいなかった。    山車がぶつかり合うたびに、少しずつ小さくなっていく。気がつけば、日はすでに中天を過ぎていた。それでも誰も、疲れを口にしない。    山車が小さくなるほどに、残る漢たちの熱気は逆に濃くなっていくようだった。脱落した男たちはそのまま座り込み、何かに備えている。その目には、疲労の色よりも、期待の色が濃かった。    もんもん! ぐんぐん!    ぶつかり合いはなお続く。  山車を組む人数が目に見えて減っていく。  十五人。  十人。  五人。  残った漢たちの肌は、もはや赤黒く染まり、湯気を纏ったまま、まるで炉から出したばかりの鉄塊のようだった。  空はすでに橙色に染まりはじめていた。    もんもん! ぐんぐん!    最後に残ったのは、最も屈強な二人。  森の代表と、海の代表。  互いに一歩も譲らず、ゆっくりと間合いを詰めていく。  二人は近づくと、手四つでがっぷりと組み合った。  脱落していったはずの男たちが、いっせいに立ち上がり二人を取り囲むように、肩を組みながら輪をつくる。  座り込んでいた者たちが最後の力を振り絞る。誰もが弾かれたように立ち上がり、一糸乱れぬ動きで輪を完成させた。  もんもんぐんぐん名物、肉体円環だ。    もんもん! ぐんぐん!    漢たちの筋肉は隆起し、血管が浮かび上がる。  円環を作る男たちの体温はさらに上がり、もんもんぐんぐんの高まりが最高潮を迎える。    円環の内側の空気は、もはや熱気で歪んで見えるほどだった。二人の代表の周りは、景色が揺らめき、光すら発している。夕闇の中、地上に落ちた星が輝いているかのようだった。    肉体円環の中で、漢たちは普段の数倍の力が出ると言われている。    もんもん! ぐんぐん!    漢たちの圧倒的な質量に耐えかね、地盤沈下が起こり始める。  地面に亀裂が走り、そこから土埃と共に、行き場を失った雪解け水が噴き出す。それでも誰一人、後ずさりしない。    もんもん! ぐんぐん!    思い思いに拳を鳴らし、自身の太ももや隣り合う者の背中を、打楽器のようにバシンバシンと打ち据える。  打ち鳴らす音はやがて一つのリズムとなり、まるであらかじめ決められていた楽譜でもあるかのように、円環全体が揃っていく。  あたりはすっかり日が落ち、村の灯りだけが遠くに霞んで見えた。    祭りは最高潮。漢たちの描く円環から、何かが召喚されつつあった。    ――あんたたち、夕食の準備ができたわよ!    その声に、漢たちの動きがピタリと止まる。  筋肉は緩み、熱が引いていく。円環は解かれ、皆、いそいそと家路につく。  むくつけし漢たちは、決して逆らってはいけないものを知っているのだった。

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