最強バトルの人 / 第163話

第70話 おかえり

  ――老厨中華飯店。 かつて、世界最強の老婆が、その身一つで築き上げた店。 店内は、すべて、あの時のままだ。 椅子も。卓も。壁も。 鉄鍋も。おたまも。お皿も。 主人を失った道具たちは、不安げな顔で、停滞した空気たちをもてなしていた。 あんなに賑やかだった店内が、今では。 足音に意識がいくほど、静かだった。 (――こんなに、広かったアルか) シャオが、卓に指を乗せた。 卓の表情が、彩りはじめる。 早く、お皿を乗せて。と、言っているようだ。 椅子に座り、腕を枕にして突っ伏してみた。 (…………ばぁちゃん) ドウ「――まるで、生きているみたいだな」 ドウが、話しかけてきた。 「……ばぁちゃんは、死んだアル。もう、会えないアルよ」 ドウ「いや……道具たちが、だ。シャオが触れた途端、椅子も、卓も、生きているように、元気になった」 「……」 ……ハゲは、こんなポエムを言うようなやつだったか? 今は感傷に浸らせてほしいアル。 火鍋「……本当だな。ババアが大事に大事に育ててきた店だ。魂くらい宿ってもおかしくねえ」 横では、火鍋もなにやら珍妙なことを言っている。 なにアル。男には、ポエマーになるスイッチでもついてるアル? ヨウエン「……ええ。この店は、さしづめ、ラオ老師の子ども。我々は、その子と遊びに来たお友達、でしょうか」 ??? ヨウエンまで。 私には難しいアル。どこにスイッチがあるアル。はやくスイッチを切れアル。 子パンダ「キュウ?」 ほら、子パンダちゃんにもわかってないアル。 安心したアル。 すると、耳の後ろで急に手が鳴った。うるさいアル! ドウ「さあ! やるか! 火鍋老師! ヨウエン!」 火鍋「おう、今日だけだからな。俺は本当は働きたくねぇんだぞ」 ヨウエン「はい。私はまず、溜まった仕入れ先からの請求書の処理、すでに受けた予約の確認、留守番電話の内容確認、冷蔵庫内の食品鮮度チェック、食材の発注をします」 ……? なんだなんだ。 ポエマーたちが、急にちょこまかと動き出した。 私はまだ、この卓とほっぺをくっつけ足りないというのに。 ハゲは、ホウキとちりとりを持って掃除の準備をしている。 三角巾も頭に巻いている。ハゲなんだから三角巾はいらないだろアル。 シャオ「みんな、何をしてるアル?」 ドウ「決まっているだろう。老厨中華飯店、営業再開だ!」 シャオ「――え!?」 私は卓からほっぺをひっぺがした。 ドウの目を見る。冗談は言っていない目だ。 ドウ「明日には、店を開きたい! 道具というのは、使わないと痛みやすいからな」 シャオ「ま、待つアル。だれが、ご飯を作るアル? 新しい料理人を探すなんて――」 ハゲは、きょとんとした顔で。 ドウ「何を言ってるんだ? シャオ、お前が作るんだ」 シャオ「――――え゛っ!?」 火鍋「おう。テメー以外に、誰がいんだ」 ヨウエン「そうですよ。私は、シャオの肉まんに救われたんですからね。はいもしもし、ご予約の件ですが――」カチャカチャカチャカチャ ヨウエンの手際の良さは、一級品だ。 肩に受話器をはさみ、右手にペン、左手はパソコンを操作している。 す、すごいアル。 シャオ「――だ、だって私、料理もまだまだアル。ラオばぁちゃんの方が美味いアル」 実際、そうだ。 思い出を美化している訳ではなく、私の舌が、言っている。 この店で初めて食べたチャーハンの味は、思い出すだけでもよだれが出て止まらないほど、鮮明に残っている。 シャオ「そ、それにレシピも全部教わってないアルよ」ダラダラダラダラ ドウ「ほら、ハンカチだ。シャオも、老師の動きを常に見てただろう? 森羅万象の“流れ”を読む力でな。それに、俺の記憶力! できる限り、レシピを聞いてメモをしておいた!」 どさっ。 メモどころか、電話帳くらいの分厚さの紙の束。 背筋が伸びるほど綺麗な字は、ドウのものだ。 ――私が、老厨中華飯店の厨房を? ――いや。 この店は、ばぁちゃんのものだ。 ばぁちゃんが建てて、ばぁちゃんが育てた。 ここは、ばぁちゃんの場所なのだ。 ばぁちゃんも、私がこの店を継ぐなんて、きっと考えていない。 一緒にいた期間も、全然長くないのだ。 せいぜい、夏から秋に変わる間。 私にとっては大きな存在でも。 ばぁちゃんにとっての私は、長い人生のなかで、たまたま出会ったひとりに過ぎないはずだ。 ――ばぁちゃんは。 ――ばぁちゃんは、私のことをどう思っていたんだろう? 火鍋「おう、ハゲ。この飾りは、この角度でいいのか? シブい角度か?」 ドウ「はい、老師! 最高にシブい角度です!」 火鍋「クゥーっ! 俺ってやっぱり、こういうセンスは、バッチリなんだよなぁーーっ!」バンバン シャオ「……火鍋は、何をやってるアル?」 なにやら、脚立に登って、紙で出来た飾りを壁に貼り付けている。 お花、ちょうちょ、ねこ、……肉まん? ずいぶん子どもっぽいというか、可愛らしい飾りだ。 ドウ「シャオも、準備をしてくれ。さあ、これを!」ポスッ ……? ハゲは、紙でできた何かを、頭に乗せようとして失敗した。 ヨウエン「ドウ。お団子が邪魔なようですよ。もう少し小さくしてみてください。――はい、その豚肩ロースをください。予算は――」 ドウ「なるほど! よし……、これでどうだ!」ポサッ うん。じゃすとふぃっとアル。 ――? で、これはなんだ? 手に取って見てみると、金色の折り紙でできた、王冠だった。 まてまて。私はまだここの主人《あるじ》ではないぞ。 火鍋「――よっし! 飾り付け、完成だ! 我ながら、シブい出来栄えだぜ!」 ヨウエン「では、私も手を止めましょう」 ドウ「さあ、子パンダも!」 子パンダ「キュウ!」トコトコ 皆が、私の周りを取り囲んだ。 お店の中は、手作り感満載の飾りでいっぱいだ。 ドウ「シャオ」 ドウ「――誕生日、おめでとう」 「「「おめでとう!(キュウ!)」」」       ――。 ――あ。 そうか、今日は。 私の、18才の。 誕生日だ。       火鍋「――なんか、反応薄いぞ? 本当に10月5日なのか?」コショコショ ヨウエン「――おそらく、食べ物がないからだと思われます。時間がなくて用意できませんでしたが、やはり必須だったようですね……」コショコショ       ――そうか。 ――私にとって誕生日とは。 “爸爸《ぱーぱ》を失ってから、何年が経ったか”。だった。 “黒龍拳のウーミン”を、何年探したか、だった。 でも、もう。ウーミンは倒した。 私は、もう。 自分の誕生日を、祝っても、いいんだ。     ドウ「実は、シャオには隠していたんだが。プレゼントがあるんだ。ちょっと待っててくれ」 ――プレゼント? ドウは、厨房の戸棚から、何かを持ってきた。 黒くて、丸い。 それは――――。 ドウ「――ラオ老師からだ」 新品の、鉄鍋。 ――ばぁちゃんが。 これを、私に? ドウ「ジョアンナにエビチリを振る舞った日があったろ? あの日、ラオ老師が、俺にシャオの誕生日を尋ねてきていたんだ」 火鍋「俺はよぉ。ばあさんとは長い付き合いだが、プレゼントなんざ貰ったことねぇぜ」 ヨウエン「ふふ。ラオ老師にとって、シャオは。特別なんでしょうね」 ――。 私の、鉄鍋。 ドウ「――さあ、シャオ。ここで、働こう」   ――私の。                 シャオ「――――誕生日パーティーは、もう終わりアルか?」 火鍋「あァ? 不満か?」 シャオ「――ご飯が、ないアル」 ヨウエン「すみません、今すぐ町に行って、調達を――」 シャオ「待つアル」     私は、鉄鍋を抱え、厨房に向かった。 シャオ「私が作るアル」 ドウ「!」 ハゲの顔が、明るくなった。 心なしか、頭まで光って見える。 眩しいアル。 シャオ「――ヨウエン! 明日の食材の仕入れ、二倍に増やすアル!」 ヨウエン「――ええ! もちろんです!」 ――もう、ばぁちゃんはいない。 まだ、喋りたいこともあった。 でも。 今はそのことを考えていても、しょうがない。 とにかく今はお腹が空いた。 ご飯を作ろう。 とびっきり、私の誕生日にふさわしいご馳走を。 そして――。 “お腹を空かせている人にも、ご飯を作ろう”。       厨房に立つと、おたまが。菜箸が。コンロが。 調理器具たちが、食材が。 新しい主人のもとで働けることを、喜んでいた。 コンロの五徳から、火が昇る。 その火は、シャオの目の前ほどまで立ち上り、揺らめく。 まるで、ダンスを踊っているかのように。 炎の熱を顔面で受け止めながら、シャオが笑った。 シャオ「――老厨中華飯店、開店アルよ!」       第2章・黒龍拳編。 完。
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