Tihoo / 第54話

第五十四話 「生活費のためにダンジョン配信したら、うっかり国中に無双を晒しました」

王都郊外、未踏破のS級指定『幻影の奈落』。 薄暗いダンジョンの入り口で、俺は深いため息をついていた。 「……なぜ俺が、こんな真似を」 「仕方ありませんわ、ヴィクトル! あの銀髪ニートのせいで、我が家のエンゲル係数と生活費は破綻寸前なのですから!」 シャルロットがビシッと扇子を突きつける。 その隣では、原因を作った張本人であるクロエが、自分より大きなリュック(荷物持ちの刑)を背負って不貞腐れていた。 「チッ……たかだか城三つ分の無駄遣いをしたくらいで、偉大なる私をポーター扱いするなんて……」 「お前は喋るな。息をするのも魔力の無駄だ」 俺はクロエを冷たくあしらい、シャルロットの周囲をフワフワと飛んでいる「光る水晶玉」を睨んだ。 「で、シャルロット。その不愉快な浮遊物はなんだ?」 「これですの? 最近、王都の若者の間で大流行している『魔導配信(ストリーミング)』用の自動追従カメラですわ!」 シャルロットはカメラに向かって、アイドルのようにウインクをして見せた。 「皆様、ごきげんよう! 本日は未踏破ダンジョンから、わたくしたちの実況プレイをお届けしますわ! チャンネル登録と『いいね』、そして高額な投げ銭(スーパーチャット)をよろしくお願いいたします!」 空中に浮かび上がる半透明のウィンドウには、猛烈な勢いで文字が流れていた。 『うおおおお! シャルロット王女殿下の生配信キター!』 『王女様直々にダンジョンアタック!? 護衛は大丈夫なのか!?』 『後ろのおっさん誰? ポーター?』 『銀髪のロリっ子可愛い。踏まれたい』 「……おっさんだと?」 俺はピキリと青筋を立てた。見た目は青年のつもりだが、中身の隠居オーラが漏れているらしい。 「さあ、お金を稼ぎますわよ! いざ、出発!」 こうして、俺の失われた財産を取り戻すための、不本意すぎる「ダンジョン配信」が幕を開けた。 ◇ 地下10階層。 現れたのは、鋼鉄の皮膚を持つ巨大なミノタウロスの群れだ。 「お腹すいた! あいつら、牛肉!?」 ミリムがヨダレを垂らしながら飛び出していく。 「待てミリム、あれは魔物だ。食えな――」 ドゴォォォォン!! 俺の制止も聞かず、ミリムの小さな拳がミノタウロスの腹部にめり込み、そのまま鋼鉄の巨体をピンボールのように跳ね飛ばした。 壁に激突した群れが、一瞬で光の粒子(ドロップアイテム)に変わる。 『ファッ!?』 『え、今の何? S級魔物がワンパン……?』 『あのトカゲっ娘、ヤバすぎだろwww』 『【スパチャ 10,000G】お肉代の足しにしてください!』 「わーい! お肉代ゲット!」 ミリムがカメラに向かって無邪気にピースサインを決める。 ◇ 地下30階層。 溶岩が煮えたぎる灼熱のエリア。無数の炎の精霊(サラマンダー)が襲いかかってきた。 「……鬱陶しいですね」 アリアが眼鏡を押し上げ、静かに杖を構えた。 昨日の「惚れ薬事件」の恥ずかしさを引きずっている彼女は、明らかに機嫌が悪かった。いや、殺気立っていた。 「私の……マスターとのあんな記憶やこんな記憶……全て凍りつけ……ッ!」 パキィィィィン!! アリアが杖を振るった瞬間、煮えたぎる溶岩の海が、サラマンダーごと完全凍結した。 ただの氷結ではない。絶対零度による分子運動の強制停止だ。 『ヒエッ……』 『画面越しなのに寒気がしてきた』 『あのお姉さん、目がガチで怖いんですけど』 『【スパチャ 50,000G】氷の女王様、私をゴミのように罵ってください!』 「……不浄な視線を感じます。眼球を摘出しますよ」 アリアがカメラ越しに冷たい視線を送ると、さらに投げ銭が加速した。 王都の連中、どうやら変態が多いらしい。 ◇ そして、最深部。 待ち構えていたのは、山のように巨大な『古代魔像(エンシェント・ゴーレム)』だった。 ミスリルよりも硬いとされる神代の金属で構成され、魔力攻撃を一切弾く絶対防御の装甲を持っている。 『うわ、出た! 幻影の奈落の主だ!』 『あれ、物理も魔法も効かない詰みボスじゃん!』 『王女様、逃げてえええ!』 配信のコメント欄がパニックに陥る。 「さて、どうしますのヴィクトル? わたくしの光魔法でも、あれは抜けませんわよ」 シャルロットが扇子を口元に当てる。 「……面倒だな。さっさと終わらせて帰るぞ。俺はもう昼寝がしたいんだ」 俺は足元に落ちていた「小石」を拾い上げた。 「おいニート。お前ならあの装甲、どうやって抜く?」 荷物に押し潰されそうになっているクロエに問いかけると、彼女は鼻で笑った。 「馬鹿ね。エレオノーラ(私)の『事象改変』で、装甲の定義を紙切れに書き換えれば一瞬よ」 「……お前は相変わらず燃費が悪いな。もっとシンプルでいい」 俺は拾い上げた小石を指先で弾き、空中に静止させた。 魔法が効かないなら、純粋な物理的衝撃を叩き込めばいい。 「運動エネルギー は、質量 と速度 の二乗に比例する。公式は だ」 俺は小石の周囲に、幾重もの加速術式を展開した。 質量は変えない。ただ、初速を「亜光速」にまで引き上げるだけの単純な演算。 「……貫け」 ピシュッ。 音すらなかった。 ただ、一筋の光が直線を走り――巨大なゴーレムの胸部に、米粒ほどの穴を開けた。 その直後。 遅れてやってきた凄まじい衝撃波が、ダンジョンの空間そのものを歪ませ、ゴーレムの巨体を内部から木端微塵に粉砕した。 ズガァァァァァァン!!! 爆風が吹き荒れ、カメラが激しく揺れる。 砂煙が晴れた後には、上半身が完全に消滅したボスの残骸と、大量のレアアイテムが転がっていた。 「ほら、小石一つで十分だ。……拾って帰るぞ」 俺が欠伸をしながら振り返ると、シャルロットたちが呆然と立ち尽くしていた。 そして、空中のコメント欄は――完全に沈黙していた。 『……え?』 『は? 小石投げただけだよね?』 『物理無効のボスが消し飛んだんだが???』 『あのおっさん、まさか……50年前に行方不明になった伝説の「殲滅の賢者」じゃ……!?』 『【スパチャ 1,000,000G】弟子にしてください!!』 『【スパチャ 5,000,000G】我が国の騎士団長に就任を!!』 滝のように流れるスーパーチャットの嵐と、特定班による俺の身元特定作業のログ。 「…………あっ」 俺は悟った。 これで生活費は潤沢に稼げた。借金も返せる。 だが引き換えに、俺が最も愛していた「誰にも知られない平穏な隠居生活」は、完全にこの世から消滅したのだと。 「……シャルロット。今すぐそのカメラを叩き割れ」 「む、無理ですわ! 同接数が100万人を超えてますのよー!?」 こうして俺は、不本意ながらも「バズって」しまった。 明日から屋敷の前に、マスコミや弟子入り志願者が殺到する未来が見える。 「……クロエ、お前あとで表に出ろ。手加減なしだ」 「ひぃぃぃ!? なんで私なのよぉぉ!」 ダンジョンの最下層に、俺の悲痛な叫びとニートの断末魔が響き渡った。
「スパチャの額がエグいw」「ヴィクトル自業自得(?)」「クロエ逃げて超逃げて」 と思っていただけたら、 【ブックマーク】と【☆☆☆☆☆】評価をお願いします!

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