Tihoo / 第3話

第三話 「師匠を侮辱されたので、国ごと消そうと思います」

森でアリアを拾ってから三日が過ぎた。 俺の指導により、彼女の魔法制御は急速に安定しつつあった。 ……嘘だ。 正確には「威力を落とすデバフ」を常時彼女にかけておかないと、くしゃみ一つでクレーターができる状態だ。 「師匠、このローブ……温かいです」 「サイズが合っていないがな。とりあえず街へ行って、服と物資を調達する」 俺の古い予備ローブをダボダボに着たアリアは、嬉しそうに裾を握りしめていた。 銀髪の美少女が黒尽くめのローブを着ている姿は、どこか背徳的で庇護欲をそそる。 俺たちは森を抜け、冒険者の街『テラ』の正門をくぐった。 ◇ 街の大通りは活気に満ちていた。 だが、どこか空気がピリついている。 冒険者たちがヒソヒソと噂話をしているのが耳に入った。 「おい、聞いたか? 『暁の剣』の連中が帰ってきたらしいぞ」 「Sランクの? 今回は何を狩ってきたんだ?」 「それが……ボロボロだったらしいぜ。ゴブリンの群れに襲われて逃げ帰ってきたとか」 「まさか! あの勇者アルヴィンだぞ?」 (……ふむ) どうやら、俺の元パーティは予想以上に苦戦しているらしい。 俺が抜けたことで、「敵の攻撃が当たる」「こちらの攻撃が通じない」「敵が素早い」という当たり前の現実に直面しているはずだ。 「師匠? どうされました?」 「いや、なんでもない。服屋へ行こう」 そう言って歩き出した、その時だった。 「――おいおい、誰かと思えば、落ちこぼれのヴィクトルじゃないか!」 聞き覚えのある、不愉快な声。 人混みを割って現れたのは、全身泥だらけで、包帯を巻いた勇者アルヴィンと、聖女マリアたちだった。 装備はボロボロ、顔には疲労困憊の色が見える。 だが、その態度は相変わらず傲慢だった。 「……奇遇だな。随分と派手な格好だが、泥遊びの帰りか?」 「なっ……! ふざけるな!」 アルヴィンが顔を真っ赤にする。 「これは、凶悪な変異種ゴブリンとの死闘の痕だ! あいつらは異常に硬かった……お前がいた頃の雑魚とは違うんだよ!」 (……いや、俺が防御力をゼロにしていただけだが) 説明するのも面倒だ。 俺はため息をつき、アリアの肩を抱いて通り過ぎようとした。 「行くぞ、アリア。時間の無駄だ」 「待ちなさいよ!」 聖女マリアが金切り声を上げて立ちはだかる。 「あんた、その汚い子供は何なの? まさか弟子? あはは! 無能な師匠に拾われた可哀想な子ね!」 「全くだ。どうせ魔法の一つも使えないんだろう? おいお嬢ちゃん、こんな詐欺師についていくより、俺たち『暁の剣』の荷物持ちになった方がマシだぞ?」 アルヴィンが下卑た笑みを浮かべ、アリアに手を伸ばそうとした。 ――その瞬間。 世界から「音」が消えた。 ズズズズズズッ………… 大気が重く澱み、地面のアスファルトに蜘蛛の巣状の亀裂が走る。 殺気ではない。もっと純粋で、濃密な「死」の気配。 「……え?」 アルヴィンの動きが止まる。 呼吸ができない。膝が勝手に震え出す。 周囲の野次馬たちも、泡を吹いて気絶し始めていた。 その発生源は、俺の隣にいた。 「――師匠を、愚弄しましたね?」 アリアの瞳からハイライトが消えていた。 代わりに宿っているのは、底なしの漆黒。 彼女の周囲に浮かぶ魔力の粒子が、赤黒く変色していく。 「この国ごと、消します」 比喩ではない。 彼女は本気で、戦略級魔法『天焦がす崩壊(ワールド・エンド)』の詠唱を脳内で完了させていた。 (おいおい、待て待て待て!) 俺は冷や汗をかいた。 ここで彼女が魔法を放てば、勇者パーティどころか、この街が地図から消える。 俺の平和なスローライフ計画が台無しだ。 俺は瞬時にアリアの頭を掴み、全魔力を込めてデバフを発動した。 ――『殺意・ゼロ』『魔力出力・強制遮断(シャットダウン)』『感情・沈静化(カーム)』!! ブォン……。 暴発寸前だったエネルギーが、俺のデバフによって無理やり霧散させられる。 重力が戻り、張り詰めた空気が緩んだ。 「……あれ? 私、何を……?」 アリアが正気に戻り、キョトンとしている。 俺は安堵の息を吐きながら、彼女の手を引いた。 「行くぞ。こんな場所、長居は無用だ」 「は、はい! 師匠!」 俺たちは呆然と立ち尽くす勇者パーティを尻目に、スタスタとその場を去った。 ◇ 残されたアルヴィンたちは、ガタガタと震えていた。 彼らはアリアの仕業だとは気づいていない。 彼らの認識では、あの圧倒的なプレッシャーは「突如発生した自然現象」か、あるいは「上位の悪魔が通り過ぎた」としか思えなかったのだ。 「な、なんだ今のは……」 「死ぬかと……思った……」 「ヴィ、ヴィクトルのやつ、あんな化け物が近くにいたのに、平然としてやがった……」 聖女マリアが青ざめた顔で呟く。 「ねえ、もしかして……今の殺気、あの子が……?」 「馬鹿を言うなマリア! あんな子供にできるわけがないだろ! きっと、俺たちの強さに恐れをなして、森の主(ぬし)が威嚇してきたんだ!」 アルヴィンは必死に虚勢を張った。 だが、その足元には、恐怖による失禁の染みが広がっていた。 彼らはまだ知らない。 自分たちが喧嘩を売った相手が、魔王すら裸足で逃げ出す「禁忌の存在」だったことを。
弟子がキレました。 アリア的には「師匠>>>(越えられない壁)>>>世界」なので、師匠を馬鹿にする存在は害虫駆除の対象です。 ヴィクトル師匠の『殺意ゼロ』デバフがなければ、今頃エンドロールが流れていました。 面白い!続きが読みたい!と思っていただけたら、 【ブックマーク】と【☆☆☆☆☆】評価をお願いします! 何卒!

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