Tihoo / 第57話

第五十七話 「エルフの王女が泣きついてきたので、枯れた温泉の地脈を物理的にマッサージした」

氷漬けの刑(理不尽)から数日後。 俺はようやく溶けた体で、リビングのソファに深く腰を沈めていた。 『マスター。正門に「森の妖精族」の代表を名乗る生命体が到着しました。……泣きながら門扉を叩いています』 オメガの報告に、俺は眉をひそめた。 「エルフだと? 魔の森の奥深くに引きこもっている長寿種が、なぜこんな辺境の屋敷に」 「ヴィクトル、きっと昨日の温泉の噂を聞きつけたんですわ! わたくしたちの美しい肌に嫉妬して、偵察に来たに違いありません!」 シャルロットが扇子をパチンと鳴らす。 「……師匠。追い返しましょうか。エルフはプライドが高く、面倒な種族と相場が決まっています」 アリアが眼鏡をくいっと押し上げる。 だが、放っておいてずっと門を叩かれるのも鬱陶しい。俺はため息をつき、客間へ通すようにエリスへ指示を出した。 ◇ 「わ、我が名はシルフィ! 誇り高きハイエルフの王女にして、世界樹の守護者である!」 客間に通されたのは、透き通るような金髪と長い耳を持つ、絵に描いたようなエルフの美少女だった。 彼女は腕を組み、ふんぞり返って俺を見下ろしている。 「で、誇り高き王女様が何の用だ。俺は忙しい(昼寝の時間が近い)んだが」 「ふ、ふん! 人間風情がこの私に向かって……! 貴様、何もない荒れ地に極上の温泉を湧かせたという噂は本当か!?」 「まあ、事実だが」 俺が頷いた瞬間。 シルフィは組んでいた腕をスッと解き、流れるような動作で床に両膝をついた。そして、美しい額を絨毯に擦り付けた。 「お願いしますぅぅぅ! 私たちの村の温泉を直してくださいぃぃ!!」 「……は?」 「一週間前、急に村の『世界樹の湯』が枯れてしまったのです! 温泉がないと、お肌はカサカサになるし、肩こりは治らないし、お年寄りエルフたちは暴動を起こすしで……もう村は滅亡寸前なのです!」 プライドはどこへ行った。 どうやらエルフにとって、温泉は生命線(主に美容と健康)らしい。 「……あのねぇ。エルフなら自分たちの自然魔法でどうにかすればいいじゃない。ボウヤに頼るなんて図々しいわよ」 ソファでゴロゴロしていたクロエが、ポテトチップスをかじりながら冷たく言い放つ。 「精霊の力を使っても、地脈が完全に塞がっていて水一滴出ないのです! どうか、当代一の魔法使いと名高い貴方の力で……!」 シルフィが涙目で俺のローブの裾を掴む。 アリアとシャルロットから、ジトッとした冷たい視線が突き刺さるのを感じた。 「……わかった、わかったから泣くのはやめろ。少し見てやるだけだぞ」 こうして俺たちは、エルフの森へと赴くことになった。 ◇ 鬱蒼と茂る『魔の森』の最深部。 世界樹の根元にあるはずの大露天風呂は、見事に干上がってただの岩の窪みになっていた。 「見事に枯れているな。……オメガ、地殻の超音波探傷(エコー)だ。弾性波を撃ち込め」 『了解しました、マスター』 俺は地面に手を当て、地下深くに向けて魔力の振動波(パルス)を放った。 弾性波が異なる媒質(岩盤と他の物体)の境界にぶつかると、一部は反射し、一部は透過する。その反射係数 は、二つの媒質の音響インピーダンス を用いて次のように計算される。 跳ね返ってきた波形のデータを脳内で解析する。 地下約800メートル。本来なら熱水の通り道であるはずの空洞に、巨大で極めて密度の高い「何か」が詰まっている。 「……岩石崩落じゃないな。何か巨大な生物が、地脈の通り道にすっぽりハマって寝ている」 「せ、生物ですか!? 一体何が……」 シルフィが青ざめる。 「お腹すいた! 師匠、それ食べられる!?」 ミリムが尻尾を振って期待の目を向けてくる。 「食えない。硬すぎる。おそらく『マグマトータス』の変異種だ。冬眠場所を探して地中を掘り進んでいるうちに、自分の甲羅がつっかえて抜けなくなったんだろう」 「そんな……! では、温泉はもう諦めるしかないのですか!?」 マグマトータスを魔法で消し飛ばすのは簡単だが、そんなことをすれば地盤が崩落し、温泉の脈ごと永遠に失われてしまう。 力押しは下策だ。 「安心しろ。物理的に『マッサージ』してやればいい」 俺は再び地面に手を当てた。 対象は地下の巨大亀。硬い甲羅と岩盤の間に生じている摩擦係数を、魔力によって一時的に極限まで下げる。 さらに、亀の筋肉が最も弛緩する「低周波の共振波」をピンポイントで流し込んだ。 ――【物理演算:低周波マッサージ(リラクゼーション・ウェーブ)】 ゴゴゴゴゴゴ……ッ!! 地面が小刻みに、そして心地よいリズムで揺れ始めた。 『……ォォォォォ……(※意訳:あぁ〜、そこそこ。肩甲骨の裏が気持ちいい〜)』 地下から、巨大な生物のくぐもった歓喜の唸り声が響いてくる。 低周波振動によって全身の筋肉がほぐれ、リラックスした亀は、ツルリと滑るように岩穴から抜け出し、さらに地中深くへと潜って去っていった。 「よし、開通したぞ」 直後。 ズドォォォォォン!! 世界樹の根元から、塞き止められていた極上の熱水が、間欠泉のごとく天高く噴き上がった。 「わぁぁっ! 温泉が……温泉が戻りました!!」 シルフィが歓喜の声を上げ、村のエルフたちが一斉に大歓声を上げる。 「さすが師匠です! まさか魔物すらも物理的な癒やしで退かせるとは……!」 アリアが感極まったように拍手をする。 「……ふふっ。素晴らしいわ、ヴィクトル様」 シルフィが、とろんとした熱っぽい瞳で俺を見つめてきた。 「貴方のその圧倒的な力と、無骨な優しさ……! 私、決めました! エルフの掟に従い、貴方を私の『運命の伴侶』として迎えます!」 「は?」 「さあ、このまま共に世界樹の湯で、種族の垣根を越えた熱い混浴を――」 シルフィが俺の腕に抱き着こうとした瞬間。 ピキィィィィン!! アリアの杖から放たれた【絶対零度】と、シャルロットの【極光】が、シルフィの足元を正確に撃ち抜いて凍らせた。 「……泥棒猫には死を」 「……エルフの森ごと焼き払いますわよ?」 「ひっ!?」 シルフィが悲鳴を上げて飛び退く。 「……おい。せっかく直した温泉で争うな。俺は帰って昼寝するぞ」 かくして、エルフの森に温泉と平和が戻ったが、俺の背後にはまた一人、面倒なストーカー(エルフの王女)が追加されてしまったのだった。
「エルフもチョロかった」「マッサージ魔法便利すぎw」 と思っていただけたら、 【ブックマーク】と【☆☆☆☆☆】評価をお願いします!

運営おすすめ

週間ランキング

全ランキング

反応スコアランキング

もっと見る

PV・ブックマークランキング

もっと見る

更新された連載作品

すべて見る
読み込み中…

新着短編

すべて見る
読み込み中…

作品一覧

読み込み中…

作品ダッシュボード

作品全体の公開状況と、読者からの反応をひと目で確認できます。

作品パフォーマンス

選択期間のPVが多い順

上位5作品
ライブラリ

作品の公開状況と構成

最近の更新

最後に編集した作品

要チェック

公開前に確認したい項目

プレビュー
読者に表示される見た目

表示設定

文字サイズ
100%
背景色
縦書き表示
リッチモード
目次
読み込み中…

キーワードを入力して作品を探しましょう

アクセス解析
アクセス解析データは 5分おき に自動更新されます
読み込み中…
ランクイン記録
通知
通知はありません
地形ブラシ
25
スタンプ
ツール
装飾
表示
100%

世界地図

100%

REACTION SCORE

反応スコアの内訳