Tihoo / 第79話

第七十九話 「摩擦係数ゼロの死のスケートリンク。滑走する多脚兵器を、竜娘が場外ホームランで粉砕した」

円形のコロシアムのような空間に、重低音が響き渡る。 薄暗がりから姿を現した約20体の『多脚型殲滅機械』は、カシャカシャと不気味な金属音を立てながら、俺とミリムを完全に包囲していた。 「……ターゲット、低エネルギー体二名。物理的排除(パージ)を開始します」 機械音声と共に、多脚兵器たちが一斉に赤く発光した。 凄まじい駆動音。彼らはその太く強靭な金属の脚で床を蹴り、一斉に俺たちへ向かって突進してきた。圧倒的な質量が迫り来る光景は、さながら鉄の雪崩だ。 「がおー! ししょー、いっぱい来るぞ! 全部殴っていい!?」 ミリムが嬉々として両腕をぐるぐると回し、ウォーミングアップを始めている。 「ああ、好きにしろ。ただし、素手で殴るとお前の手が汚れるからな。……とっておきの『おもちゃ』を作ってやる」 俺は床に愛用の鉄杖を突き立て、錬金術の術式を素早く展開した。 床の金属パネルがグニャリと変形し、ミリムの体格に合わせた、超高密度のタングステン鋼でできた『巨大な金属バット』へと姿を変える。 「わぁい! これ、すごく持ちやすい!」 ミリムは自分の背丈ほどもある重厚なバットを受け取ると、プロ野球選手顔負けの完璧な構え(バッティングフォーム)をとった。 「よし。あとは俺が、あいつらをお前の『ストライクゾーン』に運んでやる」 俺は迫り来る多脚兵器の群れを見据え、杖を床に強く叩きつけた。 「質量が大きく装甲が厚い兵器ほど、地面を掴む『グリップ力』に依存している。……だが、物理法則の前では、その重さが命取りだ」 ――【物理干渉:動摩擦係数消失(ゼロ・フリクション)】 俺を中心とした半径30メートルの床一面が、薄い青色の魔力光に覆われた。 その瞬間、猛スピードで突進してきていた多脚兵器たちの動きに「異変」が起きた。 「ガガ……ッ!? エラー。姿勢制御、不能。摩擦係数の著しい低下を検知――」 ズサァァァァァァァッ!!! 多脚兵器の鋭い爪が床を虚しく空転し、一切のグリップを失った。 摩擦力()は、摩擦係数()と垂直抗力()の積で表される。 垂直抗力()は質量()と重力加速度()の積()だ。こいつらは重装甲で質量がデカい分、本来なら強固な摩擦力で踏ん張りが利く。だが、俺の魔法で摩擦係数()が「ゼロ」になった今、どれだけ重かろうが摩擦力は完全にゼロになる。 慣性の法則に従い、突進の運動エネルギーを維持したまま、巨大な鉄の塊たちがツルッツルの氷上を滑るカーリングのストーンのように、俺とミリムの目の前へと一直線に滑り込んできた。 「止まれないなら、そのままかっ飛ばしてやれミリム!」 「まかせて! えーいっ!!」 ミリムが、真横に滑走してきた一体目の多脚兵器に向かって、タングステン鋼のバットを全力でフルスイングした。 ドゴォォォォォォォォンッ!!! 空気を劈くような轟音。 竜族の少女が放つ桁外れの運動エネルギーが、滑り込んできた多脚兵器の重装甲に完璧なタイミングで直撃した。 「ボールの飛距離を最大化する理想的な投射角は、空気抵抗を考慮しなければ45度だ。ミリム、その角度で打ち上げろ!」 「うん! かっとばすー!」 ミリムのバットに弾かれた数トンの多脚兵器は、見事な放物線(パラボラ軌道)を描いてコロシアムの空中へ高く打ち上げられた。 そして――。 ズッシャァァァァン!! はるか上空の観客席にあたる防壁に激突し、粉々に砕け散って爆発した。 完全なる特大の場外ホームランである。 「ガガ……目標の圧倒的質量による反撃を検知。回避行動に――」 「遅い。摩擦ゼロの空間で、一度動いた物体は自力では止まれないし、方向転換もできない」 俺が冷酷に言い放つ間にも、後続の多脚兵器たちが次々と摩擦ゼロの罠にハマり、ブレーキをかけられないままミリムのストライクゾーン(打席)へと滑り込んでくる。 「二番、ピッチャー、鉄くずくん! いくよー!」 バゴォォォォンッ!! 「次、三番! ストラーイク!」 ガシャァァァァンッ!! そこからは、もはや戦闘ではなく『バッティングセンター』だった。 俺が床の摩擦係数を調整し、敵の速度と軌道を完璧にコントロールしてミリムの目の前へ「配球」する。ミリムはキャッキャと笑いながら、滑ってくる重装甲の機械どもを次々と場外席へと打ち込んでいく。 壁に激突する轟音と、機械が爆発する閃光が連続してコロシアムを彩った。 ◇ 「ふぅ……。全球ホームランだ! ししょー、ミリムすごかった!?」 ものの数分後。 最後の多脚兵器を粉砕したミリムが、バットを肩に担いで満面の笑みで振り返った。コロシアムの壁面には、無数の「巨大な鉄くずがめり込んだクレーター」が形成されている。 「ああ、見事なスイングだった。お前の運動エネルギーの伝達効率は完璧だ。……だが、少し遊びすぎたな」 俺は床の摩擦係数を元に戻し、バットを元の金属パネルへと錬金し直した。 二人だけの即席コンビネーションだったが、やはり理系の物理干渉と、規格外の筋力(物理)の相性は抜群らしい。 ガコン……ッ。 部屋の機械群が全て沈黙したのをシステムが検知したのか、コロシアムの奥にあった分厚い鋼鉄の隔壁が、重々しい音を立ててゆっくりと開き始めた。 「さあ、先へ進むぞ。俺たちの最強の弟子と恩師が、向こうのルートをぶち壊して合流してくる前に、黒幕の元に辿り着かないとな」 「うん! 次もミリムがいっぱいかっとばす!」 俺たちはハイタッチを交わし、黒幕の待つ地下迷宮のさらに奥深くへと足を踏み入れた。
「ヴィクトルの配球とミリムのスイング最強w」「多脚兵器が可哀想になってきた」 と思っていただけたら、 【ブックマーク】と【☆☆☆☆☆】評価をお願いします!

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