Tihoo / 第63話

第六十三話 「猛暑で竜娘が干からびそうだったので、スプレー缶の原理で真夏の雪を降らせた」

片栗粉の沼で暗殺者たちを庭師に転職させてから、数日後。 俺の領地に、容赦のない異常気象――『記録的猛暑』が到来していた。 「あ、あついですわ……。わたくしの高貴な肌が、汗でドロドロに……誰か、氷を……」 リビングのソファで、シャルロットがスライムのように溶けていた。 普段の仰々しいドレスなど着ていられるはずもなく、薄手のキャミソール姿でゼエゼエと息をしている。 「……お水……お魚さんみたいに干からびちゃう……」 床にはミリムがうつ伏せに倒れ、ピクピクと尻尾を痙攣させている。完全に水分を失ったトカゲ状態だ。 「……ふぅっ、ふぅっ……師匠、これで少しは涼しく……」 部屋の隅では、アリアが必死に氷魔法で冷気を作り出し、部屋を冷やそうとしている。 だが、いくら優秀な魔法使いでも、屋敷全体を24時間冷やし続けるほどの魔力はない。彼女の顔にも疲労の色が濃い。 「あーあ、ボウヤ。なんとかしなさいよ。私、暑いの嫌いなんだけど」 クロエに至っては、俺の膝の上に勝手に頭を乗せ、だらしない格好で寝転がっている。こいつはニートの才能が高すぎる。 「……仕方ないな。アリア、もう氷を作らなくていい。魔力の無駄遣いだ」 「で、ですが師匠。このままでは皆、熱中症で倒れてしまいます」 「魔法で直接冷やすから疲れるんだ。簡単な『物理現象』を使えば、自動で、しかもタダで無限に冷気を生み出せる」 俺は立ち上がり(クロエの頭をソファにゴロンと転がし)、庭のテラスへと出た。 太陽がジリジリと照りつけ、息をするだけで肺が焼けるように熱い。 「いいか、文系のお前らでも直感で分かるように簡単に説明してやる。……虫除けスプレーや、制汗スプレーを使ったことはあるか?」 「ええ、もちろんありますわ。シューッとすると、とっても冷たくて気持ちいいですの」 シャルロットが溶けかけた顔で頷く。 「そうだ。スプレー缶の中には『ギューッと圧縮された空気』が入っている。それが外に出る時、勢いよく膨らむだろ? 空気は『急激に膨らむと、周りの熱を奪って冷たくなる』っていう性質があるんだ」 いわゆる断熱膨張という現象だ。数式など必要ない。圧縮して、解放する。それだけで温度は劇的に下がる。 「今回は、そのスプレー缶を『庭全体』のサイズで作る」 俺は庭の地下深くに向けて、土魔法で巨大な「空洞(タンク)」を作った。 さらに、風魔法を使って、その空洞の中に地上の空気を限界までギュウギュウに押し込んでいく。 圧縮された空気は摩擦で一時的に超高温になるが、その熱は地下の冷たい土が勝手に吸収してくれる。 「あとは、この地下の巨大スプレー缶の『ノズル』を開けるだけだ」 俺が指をパチンと鳴らし、庭の中央に小さな風穴を開けた瞬間。 ――プシュゥゥゥゥゥゥッ!!! 地下に閉じ込められていた超高圧の空気が、地上に向けて一気に噴き出した。 急激に膨張した空気は、周囲の熱を根こそぎ奪い取る。 「わっ……!? な、なんですかこれ!?」 「冷たい……! 風が、すっごく冷たいですわ!」 気温40度近かった庭の空気が、一瞬にして氷点下まで急降下する。 さらに、空気中に含まれていた水分が急激に冷やされたことで、白い結晶となって舞い散り始めた。 「……ゆ、雪……!? 真夏に、雪が降ってますの!?」 シャルロットが目を丸くする。 「雪だー! つめたい! おいしい!」 干からびていたミリムが瞬時に復活し、空から降ってくる雪をパクパクと食べ始めた。 「……素晴らしいです、師匠。魔法で直接氷を作るのではなく、空気の膨張を利用するとは……これなら魔力をほとんど消費せずに、屋敷中を涼しくできますね」 アリアが尊敬の眼差しでメモを取り始める。 あっという間に、焼け付くような庭は涼しい風と粉雪が舞う「真夏のウインターリゾート」へと変貌した。 「さすボウヤ。……ねえ、ちょっと涼しくなりすぎちゃったわ。温めて?」 クロエが背後から抱き着いてきて、俺の首筋に冷えた頬をすりすりとしてくる。相変わらず距離感がバグっている。 「……クロエ? 貴女、少しばかり師匠への接触が多すぎませんか?」 アリアの眼鏡が、雪の反射光を浴びてキラリと危険な光を放った。 「あら、そう? 寒いから暖を取ってるだけよ。ボウヤの体温、ちょうどいいのよねぇ。……いろんな意味で」 「……そうですか。ならば、私が【絶対零度】で貴女を直接芯まで冷やして差し上げましょうか?」 「ちょっとアリア、冗談よ! 杖を向けないで!」 涼しくなったのはいいが、今度は一番弟子とホムンクルスの間で、冷ややかな物理的争いが勃発しそうになっていた。 俺は舞い散る雪の中で、またしても胃薬のお世話になるのだった。
屋敷の気温は下がりましたが、ヒロインたちの空気は少しピリついているようです。 「真夏に雪は最高!」「スプレー缶の例え分かりやすい!」 と思っていただけたら、 【ブックマーク】と【☆☆☆☆☆】評価をお願いします!

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