Tihoo / 第52話

第五十二話 「敗北したラスボスが、毒舌ニートと化しました」

王都での決戦から数日後。 俺の屋敷に、新たな「災害」が定住していた。 「あーあ。退屈ねぇ。……ねえボウヤ、もっとマシなお菓子ないの? このクッキー、湿気てるんだけど」 リビングの最高級ソファを占領し、ゴロゴロと寝転がりながら文句を垂れる少女。 銀髪に赤い瞳。 元・ピエロ仮面にして、師匠の脳(コピー)を持つホムンクルス――クロエだ。 彼女は俺のシャツ(勝手に着た)一枚というだらしない格好で、ポテトチップスのような揚げ菓子をボリボリと貪っている。 「……おい。誰が俺のシャツを着ていいと言った」 俺がこめかみをピクピクさせながら問うと、クロエは欠伸混じりに答えた。 「だって私の服、ボウヤが壊したじゃない。……それに、ここ『監視室』なんでしょ? 囚人らしくダラダラしてあげてるんだから、感謝しなさいよ」 「監視の意味を辞書で引いてこい!」 王家預かりの罪人となるはずだったが、俺が「身元引受人」として強引に連れ帰ったのだ。 理由は単純。彼女の持つ「師匠の知識」が惜しかったからだ。 ……だが、正直後悔し始めている。 「それにしてもボウヤ、さっきから何カリカリしてるの? 研究が進まない?」 クロエが指先で空中に浮かべたモニター(俺の研究データ)を勝手に覗き込む。 「……触るな。今、空間転移の効率化コードを書いている最中だ」 「へぇ。……プッ! ダサっ!」 彼女は吹き出した。 「なっ!?」 「何この冗長な式。エレオノーラ(私)なら3行で書くわよ? ほら、ここ。『空間座標の定義』が無駄に丁寧すぎ。100年前の教科書通りじゃない」 彼女が空中で指を振ると、俺が徹夜で組んだ数式が一瞬で書き換えられた。 ……あ、綺麗になった。 しかも演算速度が30%向上している。 「くっ……! 正論なのが腹立つ……!」 俺が呻くと、クロエは「んべー」と舌を出した。 「感謝しなさいよね。天才の私が添削してあげたんだから。……あ、報酬はプリンでいいわよ。最高級のやつね」 こいつ、完全に俺を「パシリ」扱いしてやがる。 ◇ そんな惨状を見かねてか、アリアがお茶を持ってやってきた。 「……クロエ。マスターを困らせてはいけません」 アリアは、クロエと同じ顔で、しかし真逆の「お姉さんオーラ」を出して注意した。 「あら、ポンコツ姉さん(オリジナル)。……お茶淹れるの上手くなったじゃない。メイドの真似事?」 「……私はマスターの世話係ですので。それに、貴女の『更生』も私の役目です」 アリアはそう言って、クロエの乱れた髪を櫛で梳かし始めた。 クロエは「やめろ」と言いたげに身をよじったが、アリアの丁寧な手つきに、次第に大人しくなっていく。 「……ふん。調子に乗らないでよ。私はただ、ボウヤの研究環境があまりに劣悪だから指摘してあげてるだけなんだから」 「はいはい。ツンデレですね」 「誰がツンデレよ! 殺すわよ!」 ……なんだこの姉妹。仲がいいのか悪いのか分からん。 アリアにとっては、自分と同じ「師匠の遺産」であるクロエができて、少し嬉しそうに見えるのが救いか。 そこへ、シャルロットとミリムも帰ってきた。 「ただいまですわー! ……あら、またそのニートがリビングを占拠してますの?」 シャルロットが嫌そうな顔をする。 「あ! あいつ、ミリムの隠しておいた『限定ドーナツ』食べてる! ずるい!」 ミリムが激昂する。 「あーうるさい。凡人どもが帰ってきたわね」 クロエは耳を塞いだ。 「凡人ですって!? 私、一国の王女ですわよ!?」 「王女だろうが何だろうが、魔法理論がなってないのよ。……アンタのその『光魔法』、拡散しすぎ。もっと収束率を高めれば威力が倍になるのに、無駄にキラキラさせて……馬鹿なの?」 「ば、馬鹿……っ!?」 シャルロットが涙目になる。 「そこのトカゲ女もそう。筋肉に頼りすぎ。魔力循環をもっとスムーズにすれば、ご飯の量も半分で済むわよ?」 「ご飯減らすのやだ! お前、やなやつ!」 ミリムが威嚇する。 クロエの毒舌が止まらない。 的確すぎる指摘(アドバイス)なのだが、言い方が最悪だ。このままでは屋敷の空気が崩壊する。 俺はどうにかしてこいつを黙らせる方法がないか考えた。 物理攻撃は効かない(アリアが悲しむ)。 魔法勝負も分が悪い。 その時。 静かな足音が、廊下から響いてきた。 コツ、コツ、コツ。 「……あら? リビングが散らかっていますね」 現れたのは、最強のメイド・エリスだった。 彼女の手には、キラリと光る「ハタキ」が握られている。 「……ッ!」 クロエの顔色が、一瞬で変わった。 あの王都決戦で、「世界改変」を「汚れ」として拭き取られたトラウマが蘇ったのだろう。 「お、お掃除ババア……」 「……おや。今、なんと?」 エリスの笑顔が深まった。背後に般若が見える。 「い、いや……なんでも……」 「クロエ様。……ソファの上でお菓子を食べるのは禁止と申し上げましたよね? 粉が落ちますので」 エリスが一歩近づく。 「ひっ!」 「それに、ヴィクトル様のシャツをパジャマにするのも感心しません。……洗濯物が増えます」 エリスがもう一歩近づく。 「ご、ごめんなさい! もうしません!」 クロエがソファの隅に縮こまる。 ……勝負あったな。 師匠の記憶を持つクロエでも、この屋敷のヒエラルキーの頂点(エリス)には勝てないらしい。 「罰として、今日は廊下の雑巾掛け100往復です。……魔法使用禁止で」 「ええええ!? 私が!? 偉大なる魔女の継承者が雑巾掛け!?」 「やりますか? それとも……『漂白』されたいですか?」 エリスが洗剤のスプレーを構える。 「やります! やらせていただきますぅぅ!!」 クロエは脱兎のごとく廊下へ飛び出していった。 その後ろ姿を見送りながら、俺たちは顔を見合わせた。 「……平和ですね、マスター」 アリアが微笑む。 「……そうだな」 俺は苦笑した。 師匠の遺産、最強のホムンクルス、クロエ。 彼女の今の仕事は、廊下の雑巾掛けだ。 まあ、これくらいがちょうどいいのかもしれない。 俺は、クロエが修正してくれた数式を見つめ直した。 悔しいが、確かに美しい。 ……雑巾掛けが終わったら、少しだけ褒めてやって、プリンでも奢ってやるか。 俺は小さく息を吐き、再び研究へと戻った。
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