Tihoo / 第75話

第七十五話 「血液の沸点を下げる物理的尋問。『アームストロング限界』に震える狂気の技術者」

完全に沈黙し、メルトダウンの余熱で鉄がパキパキと鳴る廃工場。 その中央で、俺たちは捕縛した幹部・ザイードを、残骸の鉄骨にロープ(ミリムが力任せに結んだため絶対に解けない)で縛り付けていた。 「さあ、ザイードとか言ったな。お前たち『結社』の目的と、ボスの居場所を吐いてもらおうか」 俺が腕を組んで見下ろすと、ザイードは油と煤にまみれた顔を歪め、不敵に笑った。 「フン……誰が喋るか。私のような偉大なる頭脳を持った結社の幹部が、お前らのような田舎の三流魔術師どもに屈するとでも――」 「がおー! ししょー、こいつの指、一本ずつ反対側に折っていい?」 ミリムが満面の笑みで、ザイードの小指をガシッと掴んだ。 「ヒッ!?」 「ミリム、それでは野蛮すぎますよ。……師匠、わたくしに任せていただけますか? こやつの末端組織から順番に【絶対零度】で凍結させ、細胞壁を物理的に破壊してから解凍します。一生治らない激痛を伴う『凍傷』を味わってもらいましょう」 アリアが、一切の感情を排した冷酷な瞳で、手のひらに極低温の冷気を立ち昇らせた。 「キキッ、二人とも物理的すぎるわよ。私なら【事象改変】で、こいつの『脳の痛覚信号』だけを無限ループさせるわ。外傷はゼロなのに、永遠に全身を刃物で刻まれる錯覚に陥るの。……ねえ、試してみる?」 クロエがザイードの耳元で、甘く、そして悍ましい悪魔の囁きを落とした。 「ひぃぃぃっ……!? な、なんだお前ら! 魔女か! 悪魔か!」 ザイードの顔面から一瞬にして血の気が引き、ガチガチと歯の根を鳴らして震え始めた。 一番弟子(ヤンデレ気味)と恩師(マッドサイエンティスト)の結託は、尋問においても最悪のシナジーを発揮している。 「おいおい、お前ら。少し落ち着け。そんなことをしたらショック死するか、精神が崩壊して情報が聞き出せなくなるだろうが」 俺はため息をつきながら、三人を制止した。 「……よかった。お前が一番まともな――」 ザイードが安堵の表情を浮かべた、その瞬間。 「俺は、外傷も後遺症も残さず、かつ『最高に絶望できる』物理的なアプローチを好む」 俺はザイードの頭部だけを覆うように、見えない球状の魔法陣を展開した。 ――【物理干渉:局所気圧操作(プレッシャー・コントロール)】。 「な、なんだこれは……? 息が……」 「人間の体温は約37度だ。お前ら文系の魔法使いは、水は『100度』で沸騰すると思い込んでいる。だが、沸点というのは周囲の気圧に依存するんだよ」 俺はクラウジウス・クラペイロンの式を脳内で展開し、飽和蒸気圧と温度の関係を計算した。 液体の蒸気圧が外圧(気圧)と等しくなった時、沸騰は起こる。 「気圧()を下げていけば、当然、沸騰する温度()も下がっていく。……もし、お前の頭の周りの気圧が、高度19,000メートルと同じ『約0.06気圧(アームストロング限界)』まで下がったらどうなると思う?」 「……え?」 ザイードの顔が、恐怖で引き攣った。 「答えは簡単だ。『37度の体温のまま、体液が沸騰し始める』んだよ」 俺が指先を僅かに下げると、ザイードの頭部を覆う結界内の気圧が急激に低下した。 「あ、あばば……!? ぐ、がぁぁっ!?」 ザイードが白目を剥いて暴れ始めた。 当然だ。彼の口の中の唾液が、そして眼球を潤す涙が、常温のままシュワシュワとサイダーのように『沸騰(気化)』し始めたのだから。 「い、息が……血が……熱くないのに、沸騰して……!!」 「血液中の水分が気化すれば、お前の血管は蒸気で膨れ上がり、最後には内側から破裂する。だが安心していい、気圧を戻せばすぐに元通りだ。……さて、俺の指が完全に下がる前に、喋る気になったか?」 俺は冷徹な声で告げながら、さらに数ミリ、指を下げた。 「ひぎぃぃぃぃ!! しゃ、喋る!! 喋りますぅぅ!! なんでも言いますから気圧を戻してぇぇぇ!!」 ザイードは完全にプライドをへし折られ、涙と鼻水(それらも沸騰して泡立っている)を撒き散らしながら絶叫した。 「よし、賢明な判断だ」 俺が指を弾くと、結界内の気圧が一瞬で元に戻った。 「ゲホッ、ゴホッ……! はぁ、はぁ、はぁ……っ」 ザイードは酸欠の金魚のように口をパクパクさせ、全身をガクガクと震わせている。 「……師匠。わたくしたちの脅しより、よっぽどエグいじゃないですか」 「ボウヤ、本気で怒らせると一番怖いのね……」 背後で、アリアとクロエが少しだけ引いたような顔で俺を見ていた。心外だ、俺は一番安全でクリーンな物理法則を用いたというのに。 「さあ、喋れ。お前たちの組織の名と、目的はなんだ」 俺が杖の先をザイードの鼻先に突きつけると、彼は涙声で全てを吐露し始めた。 「わ、我々は秘密結社『ラプラスの悪魔』! この世界の魔力法則を完全に解明し、全ての因果と未来を演算・支配しようとする崇高なる組織だ……っ!」 「ラプラスの悪魔、ね。古典物理学の極致みたいな名前をつけやがって」 俺は鼻で笑った。 「あ、あのフラクタル術式を刻んだ生体兵器は、王国の主要都市を同時多発的に襲撃するためのテストだったんだ! 辺境のこんな村に、お前らみたいなバケモノが揃っているなんて聞いてないぞ……!」 「なるほど、王国へのテロ行為の実験場に、俺の領地(スローライフ空間)を選んだわけか」 俺の杖を持つ手に、ギリッと力が入る。 「ボ、ボスは王都の地下深くにある『大魔力晶窟』に潜んでいる! そこで、国中の魔脈を吸い上げて、巨大な演算機関(マクスウェルの悪魔)を起動させるつもりなんだ!」 ザイードの自白に、俺たちは顔を見合わせた。 単なる魔物騒動かと思えば、王国の存亡に関わる巨大な陰謀だったらしい。 「……やれやれ。俺はただ、屋敷で静かにお茶を飲んで、たまに可愛い弟子たちとイチャイチャしたかっただけなのにな」 俺は深くため息をつき、気絶したザイードの首根っこを掴み上げた。 平穏な日常を取り戻すためには、王都の地下に潜むという『ラプラスの悪魔』とかいうふざけた物理学オタク(?)の黒幕を、俺の真の物理魔法で分からせてやるしかないらしい。
「ヴィクトルが一番サイコパスw」「気圧の拷問エグすぎる」 と思っていただけたら、 【ブックマーク】と【☆☆☆☆☆】評価をお願いします!

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