Tihoo / 第32話

第三十二話 「ポチが『家出』したので探しに行ったら、世界最難関ダンジョンが『ドッグラン』になっていた」

朝。 エリス(元サダコ)が作る朝食の香ばしい匂いで、俺は目を覚ました。 「ご主人様、おはようございます! 今朝は特製のエッグベネディクトと、ふわふわパンケーキです!」 ダイニングに行くと、エリスが満面の笑みで料理を並べていた。 彼女が正式にメイドとして働き始めてから、我が家の食卓レベルは三ツ星レストランを超えていた。 「おはよう。……ん? ポチはどうした?」 いつもなら、匂いにつられて一番乗りで待機しているはずのポチがいない。 彼の専用皿(巨大ボウル)は空っぽのままだ。 「あ……それが……」 エリスが困った顔で一枚の紙を差し出した。 そこには、泥のついた肉球スタンプ(特大)と、爪で引っ掻いたような跡があった。 「……なんだこれ? 暗号か?」 「師匠、貸してください」 アリアが紙を受け取り、冷静に解析を始めた。 「ふむ……肉球の角度と爪の深さから推測するに……『探さないでください』『自分探しの旅に出ます』『野生を取り戻す』……だそうです」 「なんで読めるんだ」 「そして最後に……『最近、お腹のたるみが気になるので、痩せるまで帰りません』と」 俺たちは顔を見合わせた。 そして視線を落とした先には、昨日ポチが寝転がっていた床板が、彼の重みでバキッと割れている跡があった。 「……私のせいですぅぅぅ!」 エリスがその場に泣き崩れた。 「私が張り切って美味しいご飯を作りすぎたせいで……ポチ様を肥満体にしてしまうなんて……! 私、メイド失格です……また鏡の中に引きこもります……」 「待て待て、早まるな」 俺はエリスを止めた。 確かに最近のポチは、食っちゃ寝の生活で少し丸くなっていた。「災厄竜」というより「ゆるキャラ」に近いフォルムだった。 「で、行き先は?」 「ワン(西)」 紙の隅に、小さく方向が示されていた。 西。王都の西にあるものといえば――。 「……あそこか」 俺は頭を抱えた。 そこは、人類未踏の地。 Sランク冒険者ですら生きて帰れないと言われる、世界最深の大迷宮『奈落(アビス)』だ。 ◇ 俺たちは即座に『奈落』の入り口へ転移した。 メンバーは俺、アリア、エリス(責任を感じて同行)、そしてミリムだ。 「ここが『奈落』……? なんか静かすぎない?」 ミリムが不思議そうに周囲を見渡す。 本来なら、入り口付近でも凶悪な魔獣の咆哮が聞こえるはずだが、今日は墓場のように静まり返っている。 「……師匠。見てください」 アリアが地面を指差した。 そこには、巨大な足跡が一直線にダンジョンの奥へと続いていた。 そしてその道中には、無残に踏み潰された『キマイラ』や、壁にめり込んだ『サイクロプス』が転がっていた。 「……これ、ポチの仕業か」 「ひぃぃぃ! 生態系が! ダンジョンの生態系が崩壊していますぅ!」 エリスが青ざめる。 俺たちは足跡を追って、ダンジョンの最深部へと進んだ。 道中、襲ってくる魔物は皆無だった。 すれ違う魔物たちは皆、岩陰に隠れてガタガタ震え、「もう嫌だ……あんな化け物……」と涙目で訴えていた。 そして、最深部『絶望の底』。 そこに到着した俺たちが見たものは――。 「ワンッ! ワンッ!(脂肪燃焼!)」 ドゴォォォォォン!! そこは、地獄のトレーニングジムと化していた。 体長20メートルを超えるダンジョンボス『古の魔神(エンシェント・デモン)』が、涙を流しながらポチに追いかけ回されていた。 ポチは魔神を「走るランニングマシン」だと思っているらしく、魔神の背中に飛び乗ったり、尻尾を噛んで引きずり回したりしている。 『た、助けてくれぇぇぇ! なんだこの犬はぁぁぁ! 我は魔神ぞ!? 威厳がぁぁぁ!』 「ワンッ!(もっと速く走れ! 有酸素運動だ!)」 ポチの動きはキレッキレだった。 丸くなっていた体も、激しい運動のおかげか引き締まり、黒光りする鱗が筋肉の隆起を強調している。 「……痩せたな」 俺が感心していると、ポチがこちらに気づいた。 「ワンッ!?(ご主人様!?)」 ポチは魔神をゴミのように投げ捨て(魔神は壁に激突して気絶した)、俺たちの元へ駆け寄ってきた。 そしてお座りをする。 「ワン!(見て! スリムになったよ!)」 ドヤ顔で腹を見せるポチ。 確かに、以前のような「災厄竜」としての威厳を取り戻している。 「……ポチ様ぁぁぁ! ご無事でよかったぁぁぁ!」 エリスが泣きながらポチに抱きついた。 「もう家出しようなんて言わないでください! ご飯の量は減らしませんから! その代わり、ヘルシーで美味しい『おからハンバーグ』とか『こんにゃくステーキ』を開発しますからぁ!」 「ワン?(……なにそれ美味しそう)」 ポチの尻尾がブンブン振られた。 どうやら「野生」よりも「エリスの飯」の方が魅力的だったらしい。 「よし、帰るぞ。これ以上ここにいると、魔神が絶滅危惧種になってしまう」 俺は気絶している魔神に、こっそり回復魔法をかけてやった。 ◇ その夜。 屋敷のダイニングには、山盛りの「低カロリー魔物料理」が並んだ。 「はい、ポチ様! 今日は『奈落産ドラゴン肉のササミステーキ・野菜添え』です!」 「ワンッ!(いただきまぁぁぁす!)」 ポチは嬉しそうにがっついた。 あれだけ運動したのだ。今日くらいは腹一杯食べてもいいだろう。 「……でも師匠。ポチがあんなに強くなっているとは思いませんでした。魔神をボール遊びの道具にしていましたよ」 アリアがステーキを切り分けながら呟く。 「まあな。あいつは元々、世界を滅ぼす災厄だ。俺が『お手』で封じているだけだからな」 俺は苦笑した。 その時。 玄関のチャイムが鳴った。 「こんな時間に誰だ?」 エリスが「はーい!」と玄関に向かう。 戻ってきた彼女の顔は、なぜか真っ青だった。 「ご、ご主人様……! お客様です……いえ、お客様というか……」 彼女の後ろから入ってきた人物を見て、俺はステーキを喉に詰まらせそうになった。 豪奢なマント。頭には王冠。 そして、お忍びのつもりなのか、サングラス(似合っていない)をかけた初老の男性。 「やあ、ヴィクトル殿。夜分にすまないね」 この国の国王、その人だった。 「……陛下? なぜここに?」 「うむ。実はな……『西の奈落から、魔神の悲鳴が聞こえる』という報告が入ってな。世界が終わるのかと思って、最強の貴殿に助けを求めに来たのだよ」 国王が冷や汗を拭う。 俺とアリア、そして口の周りを肉汁で汚したポチは、一斉に目を逸らした。 「……さあ? 何のことでしょうね」 「ワン(知らない)」 ポチがすっとぼけて、再び肉にかぶりついた。 どうやら、俺たちの隠居生活に「国家権力」という新たな面倒事が絡んできそうだ。
ポチのダイエット騒動、完結。 奈落の魔神さん(被害者)には同情します。 そして、ついに国王陛下まで登場してしまいました。 「ポチ最強すぎるw」「魔神がランニングマシン扱いw」 と思っていただけたら、 【ブックマーク】と【☆☆☆☆☆】評価をお願いします!

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