お前は今日も死んでいる / 第17話

16話 『剣聖の血』

銀色に輝く真剣を持つ相手とは対に、俺は丸腰。 それでも、俺は怯まない。 片膝を地面につき、両手を同じく地べたにつける。 そして──── 教室に向けての全力ダッシュ。 「おい、逃げるんじゃねぇ!!」 戦略的撤退を選んだ俺に向かって捨て台詞を吐くレオンを背に、俺は必死に走り続けた。 ──甘いな、童よ。時には撤退を選ぶのも勝利への道というものよ 俺は死ぬ気で走り続け、校舎の扉をくぐり抜ける。 そしてしばらく進んでいると、ようやく教室に辿り着いた。 ── ふう……3回連続肉弾戦とかご勘弁だっつーの ■ ■ ■ ■ ■ 広間ほどの小さな教室には、俺以外にも数名、制服姿の生徒がいた。 上下灰色のスウェットという、街中ですら浮くような服装の俺がなんだか異質に見えてくる。 「おお、ユウリ君!来てくれたのか!」 嬉しそうに笑みを浮かべるその男は、俺を無理矢理この学校に入学させた張本人だ。 「いやぁ、いきなり連れて来ちゃって悪かったね」 謝るなら最初からするな──と文句を付けたくもなるが、今更抗議をした所でもう遅い。 俺の様子にご満悦な男は、教壇の方へと歩いていった。 「さてみんな。今日でようやくこの特待クラスの席が埋まった」 『ユウリ君、前に』そう誘われると、俺は教壇の前へと移動した。 「彼が今年最後の特待生だ。みんなも噂には聞いているだろう」 そんな男の紹介を退屈そうに聞き流す生徒たちを尻目に、話を続ける。 「とにかく、このユウリ君はとても有望な生徒だ。 みんなも仲良くしてやってくれ」 男に背を押され、先程の席へと戻る。 「では改めて。 このクラスを担当するアレクシス・ヴァルターだ。 以後、覚えておくように」 アレクシスと名乗る美形の教師は、服のほこりをはらいながら教壇を降りる。 そして俺達に向かって手招きをすると、外の庭へと歩いていった。 夕日が照り指す中庭には、訓練用の人形や、障害物のコースなどが置いてある。 壁際に立てかけられたラックには、数本の木剣が刺されていた。 「さて、早速だが実技テストを行っていく」 両腕を広げ、俺達に向かって口を開くアレクシスの後ろにあったのは、古びた機械人形。 所々に錆が見られ、その歴史が垣間見える。 「ヴェルナー君、前に」 アレクシスが口にしたその名前に、俺は思わず身を固める。 ヴェルナーとは、今朝激闘を交わしたばかり。 優秀な生徒であるとは聞いていたが、まさか同じ特待生だとは……。 つくづく不運である。 「この人形を起動させるから、戦闘不能にしてみてくれ。 それにかかった時間で、成績を決める」 そう言うアレクシスは、機械人形の後ろを弄り、小さな赤いゼンマイを巻く。 アレクシスが赤いゼンマイを巻き終えると、機械人形の目が淡い青色に光り始めた。 ──ギギ……ギギギ……。 金属の擦れる不快な音が響き、機械人形の体がゆっくりと動き出す。 古びた関節が軋みながら、まるで長い眠りから覚めるかのように震えた。 そして、次の瞬間。 ガシャン!! 機械人形の背中から突如として蒸気が噴き出し、その場にいた全員の空気が張り詰める。 鋼鉄の手足が完全に可動域を取り戻したのか、一度、大きく腕を広げた。 ──ブンッ!! 鉄の拳が空を裂き、重厚な風圧を生み出す。 ヴェルナーが一歩前に進み出ると、機械人形はまるで待っていたかのように動きを変えた。 青い目が一瞬赤く明滅し、今度はヴェルナーに向かって拳を振りかぶる。 ──ガシャン!! 鋼の足が地面を踏み鳴らし、突進する機械人形。 しかし、ヴェルナーは動じない。 「……面白い」 小さく呟くと、彼は懐から一本の短剣を抜いた。陽の光を反射し、その刃は一瞬だけ銀色に輝く。 そして── ヴェルナーの姿が掻き消えた。 次の瞬間、機械人形の背後に立つヴェルナーの姿があった。 「終わりだ」 刃が閃き、機械人形の首元に深く突き刺さる。 ──ガガッ!! 機械人形は一瞬、痙攣するように動きを止めると、そのままガクンと膝をついた。 そして、目の光がふっと消え、完全に沈黙する。 その場にいた生徒たちは、誰もが息を呑んでいた。 「……見事だ、ヴェルナー君」 アレクシスが満足そうに微笑む。 ヴェルナーは短剣を鞘に戻し、無表情のままゆっくりと後ろを振り返った。 「記録は……24秒。素晴らしいじゃないか」 その言葉に、ヴェルナーが自慢げに鼻を鳴らす。 懐中時計の針を戻すと、アレクシスが再び口を開いた。 「次は、ミーナ君。前に」 ミーナと呼ばれる少女は、名前を聞いて前に出る。 長い青髪をたなびかせ、背には弓矢を背負っている。 腰にさされた矢の束が、時折白い光を反射する。 「では行くよ。よーい、はじめ」 アレクシスの合図とともに、人形が再び動き出す。 先の重剣を受けてもなお、機敏な動きを保つ人形の作りに、俺は少し感激を覚えた。 ミーナは震える機械人形に向けて、弓矢を放つ。 颯爽と風を切る矢だが、鋼鉄の肌を前に弾き返される。 「チっ……」 不満げな表情で舌打ちをするミーナは、再び弓を構える。 次に彼女が矢を放ったのは、関節の間のスペース。 蒸気を通す管が通るその場所は、機械人形にとっての急所。 その急所を貫かれた人形は、再び目の光を消し動きを止めた。 「記録は……43秒。まずまずだね」 記録を聞き、再び怪訝そうな表情を浮かべながらも、ミーナは後ろへ下がった。 「ではユウリ─── 君の番だ」 遂に呼ばれた俺の名前。 緊張に肩を揺らしながら、一歩一歩と前へ出る。 「それでは、よーい、はじめ」 アレクシスがゼンマイを巻き直すと、機械人形が再び牙をむく。 固い鋼鉄の身体で俺の方へと打撃を放つ。 すぐに手で受け止めようとするが、その力強い打撃を前に俺の手はズキズキと痛む。 その痛みを噛み締めながらも、俺は人形の腰を掴み背中に乗せた。 そうして腕を取り、豪快に投げる。 「大腰っ!」 まるで漫画の主人公かのように技名を叫びながら、重厚な機械人形を叩き落とすと、その動きが完全に止まった。 痛みに遅れを取ってしまったが、中々に良い戦いっぷりだった。 「記録は……23秒。流石だね」 ─── チッ 機械人形を豪快に投げ飛ばし、俺は勝利の余韻に浸っていた。 ヴェルナーの舌打ちが耳に心地よい。 「やはり見込んだだけあるね。僕の目は間違って無かったみたいだ」 アレクシスが満足そうに頷いたその時── 「……先生、私も」 小さく、しかし確かに響く声がした。 庭の隅、夕日の届かない薄暗がりに、一人の少女が立っていた。 その存在に気づいていた者は、どれほどいただろう。 まるで影のように静かに佇む彼女は、俺の目にもぼんやりとしか映らなかった。 紅色の髪。長い前髪に隠れた赤い瞳。 目が合った気がしたが、その表情はまるで読めない。 制服の上から黒いケープを羽織り、細身の剣を腰に下げている。 誰だ、こいつ……? 「……エリーゼ?」 アレクシスが彼女の名を呼ぶと、少女は無言のまま前へ出た。 その仕草すら、どこか現実感がない。 何者なんだ、この子……? 生徒たちがざわめく中、エリーゼは静かに機械人形の前に立つ。 その姿は、ひどく儚げで、しかしどこか恐ろしくもあった。 「……先生、あれ、もっと強くして」 ぼそりと囁くような声。 アレクシスは小さくため息をつき、機械人形の背中に手を伸ばす。 先ほどとは違う、蒼いゼンマイを巻いた。 ──ギギ……ギギギ……!! 機械人形の目が赤く燃え上がる。 先ほどのものとは比べ物にならない圧力。 周囲の空気が重くなる。 そして── ドンッッ!! 地面を踏み砕きながら、鋼鉄の拳がエリーゼに向かって突き出された。 その瞬間── 彼女の姿が、消えた。 機械人形の拳が空を切る。 次の瞬間、エリーゼはもうその背後に立っていた。 「……」 何も言わず、ただ静かに剣を抜く。 ──シュンッ!! 剣が一閃。 あまりの速さに、誰も疑問すら抱く事が出来なかった。 ──ガギィンッ!! 機械人形の胴体に、細い赤い線が走る。 そして── ズズ……ッ 音もなく、機械人形が真っ二つに崩れ落ちた。 「……っ!!?」 俺も、ヴェルナーも、ミーナも、その他の生徒も、誰もが息を飲む。 エリーゼは何事もなかったかのように剣を鞘へ戻し、 無言のまま、庭の隅へと戻っていった。 「……記録、2秒」 アレクシスが呆れたように呟く。 エリーゼは何も言わない。ただ、薄暗がりの中で、ゆっくりとこちらを見た。 俺の背筋に、冷たい何かが走る。 ──この子、一体何者なんだ……? 「これ高いのに……」 高級そうな機械人形の損失に顔面を蒼白させるアレクシス。 その様子を見兼ねて、エリーゼが『ごめん』と一言だけ添えた。 ヴェルナーに2度も勝利し舞い上がっていた俺だが、上には上が居た。 こんなにも強い同級生が居るだなんて、正直自信が無くなりそうだ。 「まあ……とにかく。これで成績は付け終わった。 今日はテストだけだから、みんなもう帰っていいよ」 アレクシスの言葉を聞くと、その場の皆がぞろぞろと帰りだす。 しかしその行き先は全員同じ、あの城だ。 一刀両断された機械人形を目の端で眺めながら、俺もその場を後にした。 ■ ■ ■ ■ ■ 城へつくと、俺はすぐさま自分の部屋の扉を開けた。 しかしそこには、ベッドに腰をかける人影があった。 パステルブルーの髪を指先に絡めながらこちらを見つめる女性はリズエル。 嫌味ったらしい魔法大臣だ。 「初日お疲れ様」 「ああ……」 リズエルに誘われるがまま俺もベッドに座ると、あのエリーゼについて質問してみた。 「なあ、リズエル。エリーゼっていう女子生徒のこと知らないか?」 「……エリーゼ・フォン・ローゼンベルク。初代剣聖の曾孫にして、王国上位の実力者。 そっか。君も特待クラスだから、彼女とクラスメイトになるのか」 初代剣聖の曾孫───それなら確かに、あの強さも理解できる。 親の七光りならぬ、曽祖父の七光りではない事は明白だ。 「確かに彼女は強いけど、憧れないのが賢明だよ。 届かぬ夢を抱いても、自分を傷つけるだけだからね」 慰められたような、傷を抉られたような。複雑な気分が俺を襲う。 届かぬ夢を抱くな、か……。 俺にそんなつもりはなかった。 しかし、エリーゼの圧倒的な強さを見た後で、自分の実力が霞んで見えるのも確かだった。 「まあ、気にせずゆっくり休めばいい」 リズエルは立ち上がり、優雅な仕草で部屋を後にした。 残された俺はベッドに寝転がり、天井を見上げる。 ──エリーゼ・フォン・ローゼンベルク。 俺と同級生のはずなのに、まるで別次元の存在だった。 ヴェルナーを超えたことに少し誇らしさを感じていた自分が、急にちっぽけに思えてくる。 「……まあ、いいか」 俺は目を閉じ、深く息を吐いた。 落ち込んでも仕方ない。 今日のところはもう休もう。 明日からまた、新しい一日が始まるのだから。
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