お前は今日も死んでいる / 第16話

15話 『王宮暮らしの転生凡者』

「離せよ……」 見知らぬ男に騎士学校へ強制連行されている俺。 この状況は、俗にいう”誘拐”だが俺を助けてくれる警官は居ないようだ。 というかそもそも、この国にそういった公安組織があるかすら怪しい。 要するに詰み。一貫の終わりだ。 騎士学校の門をくぐると、校内の生徒たちがざわめき出す。 俺を視界に入れるやいなや、そっと顔を逸らす者も居る。 とんだ場違い感を醸し出している俺の存在だが、俺の手を引く男の足は止まらない。 突き当りの廊下を曲がり、とある部屋の前で止まると男は俺を中に入れた。 「いやぁ、いきなり悪かったね」 「……俺に何の用だ」 それでは手短に───と、言葉を添えると、男は話を続けた。 「騎士学校に興味はないかい?」 「無い」 俺はきっぱりと断った。 ただでさえ学校という場所が嫌いなのに、騎士学校だなんてもっての他。 むしろ永遠と宿屋に引きこもっていたいくらいだ。 「よし、決まりだね。じゃあこの契約証にサインしてもらおうか」 「……は?」 俺は確かに『無い』と答えたのだが、男は無視して話を進めている。 耳が聞こえないのか、ただ単にバカなのか。 そんな思考を巡らせながら彼の事を睨んでいると、いきなり手を掴まれた。 男は俺の手を動かし、書類に文字を書き記していく。 抵抗しようともするが、あまりの怪力に歯が立たない。 なんとか抜け出そうと試行錯誤している間に、サインは書き終わってしまった。 「アスタリオン王国 騎士養成学校へようこそ。歓迎するよ、ユウリ君」 「いやいやいや、俺は入らねぇからな!」 「あれぇ?でもこの契約書に書いてある名前、君のだよね?」 いやらしい笑みを浮かべて、顔の前に契約書を突き出す男。 今すぐにでも顔面に右ストレートを食らわしたかったが、先程の怪力を前に手がすくむ。 「そういう訳だから、よろしくね」 再び俺を部屋の外へと締め出すと、男は扉を勢いよく閉めた。 ── まったく……なんなんだよ 最高に理不尽な状況に腹をたてつつも、俺は騎士学校を後にした。 道中、生徒たちが不審げにこちらを睨んでいたのは言わずもがなだろう。 ■ ■ ■ ■ ■ ──災難だった。 「ユウリ様、何があったんですか?」 心配そうに俺の顔を覗き込むリュナ。大きな瞳が揺れている。 俺は小さく息をつき、肩を落として口を開いた。 「……契約書に無理矢理サインさせられて、騎士学校に入れられたよ」 その瞬間、リュナの目が大きく見開かれる。 「そんなのいいんですかっ!? 断ればいいのに!」 ──断れたなら、そうしたかった。 けれど、もうすでにサインをしてしまった以上、後戻りはできない。 しかも、それが強要されたものだったと証明する術も、証人もいない。 まさに詰み。最悪な状況だ。 そんな俺の内心を知ってか知らずか、不意に後ろから大きな声が響いた。 「ユウリ君!! 待ってくれー!」 騎士学校の門から飛び出してきたのは、先ほどの男。 彼は荒い息をつきながら駆け寄ると、何かを俺に差し出した。 「これ着けて!」 手渡されたのは二つの布製の目隠し。 俺は思わず困惑の表情を浮かべたが、それも束の間。 「おい、ちょっ──」 抵抗する間もなく、視界が真っ暗になる。 目隠しを無理矢理つけられ、完全に光を奪われた。 状況がわからないまま、手を引かれる感覚。 隣ではリュナも同じ目隠しをされているらしく、不安げに身を寄せてきた。 「どこ行くんだよ……」 「まあまあ、楽しみにしてなって」 男の声は妙に楽しげだった。 軽快な鼻歌を口ずさみながら、俺たちをぐいぐいと前へ進ませる。 足元に意識を向けると、石畳を踏みしめる音が響いていた。 少なくとも、土の道ではない。 それでもどこを歩いているのか、まるで見当がつかない。 手を引かれ、視界を奪われたまま歩かされるこの状況は、どう考えても怪しすぎる。 「なあ……もうそろそろ目的地に着いてもいいんじゃないか?」 「もうすぐだよ。ほら、あとちょっとで──はい、到着!」 その声と同時に、目隠しが勢いよく剥がされた。 「っ……!」 突然の光に、思わず目を細める。 ゆっくりと視界を調整しながら、目を開くと── そこに広がっていたのは、見覚えのある光景だった。 正面に堂々と掲げられた巨大な肖像画。 眩い火を灯すシャンデリア。 奥の階段へと続く、深紅のカーペット。 間違いない。 ──昨日、俺が訪れた宮殿だ。 「今日からユウリ君にはここに住んでもらいまーす。はーい、パチパチ」 無邪気に言い放つ男を睨みつける。 不本意。実に不本意だ。 ──リズエルの予言が、当たってしまった。 「もちろん、お連れさんの分の部屋も用意しました〜!」 彼が「お連れさん」と呼んだのは、恐らくリュナのことだろう。 ちらりと横を見ると、リュナは目を輝かせていた。 俺の袖を引き、小刻みに飛び跳ねる。 「ユウリ様、お城に住めるんですよ!」 「……そうだけどな……」 たしかに、この豪勢な宮殿に住めるのは魅力的だ。 だが、それ以上に、すべてがリズエルの思惑通りに進んでいるのが気に食わない。 まるで、最初からこうなる運命だったかのように。 「さて、じゃあ部屋に案内するから着いてきて」 「はい!」 リュナは嬉しそうに返事をする。 俺のプライドがズタボロになっているのをよそに、彼女は一人で盛り上がっていた。 ──本当に、不本意だ。 ■ ■ ■ ■ ■ 俺達二人が案内されたのは、宮殿の西側にある二つの小部屋だった。 それぞれ自分の部屋に入り、荷解きを進める。 一人用のベッドに、古ぼけた物置。 天井には小さなシャンデリアが吊り下げられ、窓にはレースカーテンがかかっている。 謁見の間などと比べると、かなり簡素だが、それでも十分贅沢な部屋だ。 「あーあ……」 荷解きを適当に済ませ、ベッドへ倒れ込む。 金色の刺繍が施されたその布団は、見た目以上に柔らかい。 そんな至福の一時を過ごしていると、部屋の扉が開かれた。 「私だよ」 開け放たれた扉の前に立っていたのは、明示の魔女リズエル。 そしてその横に、メイド姿の女性が立っていた。 「今日からこの子を君の使用人に付けるから、何かあれば頼ってあげてくれ」 リズエルに背中を押され、前へと出た彼女は深々と頭を下げて自己紹介を始めた。 「はじめまして。リズエル様直属の侍女をしておりますサラと申します」 彼女は黒髪を左右で結んだツインテールの少女だった。 絹のような髪が光を受けて輝き、リボンで結ばれた毛先がふわりと揺れる。 大きな瞳は漆黒の宝石のように澄んでおり、白い肌に浮かぶ上気した頬が愛らしい。 清潔な白い手袋をはめ、小さな足元には艶やかなローファー。 歩くたびに軽やかな足音が響き、どこか品のある雰囲気を醸し出していた。 要するに美少女。超絶美少女。 「お気に召したようだね、ユウリ」 「お、おう……」 リズエルによる思わぬ出会いに、俺は思わず赤面していた。 そんな俺の様子を見兼ねてか、サラが口を開く。 「ご主人様、ご用意が済みましたら騎士学校の授業に向かわれて下さい」 サラは今、俺のことを『ご主人様』と呼んだ。 ご・しゅ・じ・ん・さ・ま・♡ まるで夢のような呼称に、俺は思わず歓喜する。 思春期の男子が超絶美少女にご主人様だなんて呼ばれたら……もう、あれだ。 最高だ。 「ご主人様……?」 「あ、ああ。すまない。今すぐ準備するよ」 まずい。我を忘れていた。 ── えっと、準備って言っても別に持ち物がある訳でも無いよな? 心の準備の方はというと──大丈夫そうだ。 「よし、じゃあ行くか」 「気を付けて来てね。ユウリ」 「おう!」 上機嫌にリズエルへ返事を返すと、俺は宮殿を後にした。 ■ ■ ■ ■ ■ 俺とサラは共に宮殿を出て、騎士学校へ向かった。 途中、サラは軽やかに歩きながらも、時折こちらを気にするように視線を向けてくる。 「ご主人様、学校は初めてですか?」 「……まあ、この学校にはな」 俺は苦々しく答えた。 そもそも騎士学校に通うつもりなど微塵も無かったのだが、サインを書かされた以上、すっぽかす訳にもいかない。 ── はあ……めんどくせぇ そんなことを考えているうちに、騎士学校の門が見えてきた。 「では、私はここで失礼しますね。何かございましたら、いつでもお呼びください」 「……お、おう」 深々とお辞儀をするサラに、俺は気まずく頷いた。 門をくぐると、すでに校内は生徒たちで賑わっていた。 俺が足を踏み入れるや否や、周囲の視線が集まり、一瞬空気が凍る。 『おい、あいつ……』 『なんで一般人がここに?』 『もしかして、例のヴェルナー様を倒した奴か?』 ひそひそと囁かれる声が耳に入る。明らかに歓迎ムードではない。 ──最悪だ…… 「よお、新入り!」 突然、目の前に立ちはだかったのは、がっしりした体格の金髪の少年だった。 「お前があの、ヴェルナーをぶっ倒したって噂のやつか?」 俺は軽く睨み返しながら答える。 「……だったら?」 「ははっ、面白え奴だな! 俺はレオン・ヴァルト。騎士団長の息子だ」 「へえ……それで?」 「俺と勝負しろ!」 周囲が一気にざわめく。 どうやら、騎士学校では新入生に対する実力試しが恒例行事らしい。 「いや、俺は騎士になる気は──」 「そんなこと言っても、逃げられねえぞ? ここでは実力こそがすべてだ」 レオンは自信満々に剣を抜き、俺の目の前に突きつけた。 ──はあ……本当に最悪だな 「……分かったよ。やればいいんだろ」 俺は嫌々ながらも、再び構えの姿勢を取った。

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