降矢 菖蒲 / 第8話

8.負けて、負けて、負けて、負けまくってやる!

石造りの正門は、見る者を圧倒するほどの威容を放っていた。 高さはたぶん……八~十メートル。 アーチの中央には深紅×剣の巨大な紋章が嵌め込まれていて、その両脇には同じく深紅で縦長の旗がたなびいている。 開かれた門扉は黒い鋼鉄製で、よく見ると唐草模様が施されていた。 流石は国の威信がかかった施設だ。威厳が半端ない。 見ているだけで体がガチガチになっていく……のに。 「ヒッ……!」 門番を目にしたことで、緊張は恐怖に変わった。 まさか、生徒全員の顔を覚えてるなんてことはないだろうな……? バレたらあのご立派な槍でめった刺しにされるんじゃ……? そんな最悪の想像を振り払いながら、何とか門を通過した。 「ふぅ~……」 「やったー! 潜入成功★」 「ばっ、バカ! 騒ぐなって」 「バカはどっちよ。ビビり過ぎ。堂々としてなさいっ!」 「あひっ……!」 バシッと勢いよく背中を叩かれた。 メチャ痛い。手形付いたんじゃないか? 「っていうかさ……いるでしょ?」 「? 何が?」 「仲間よ! 仲間!!」 「ああ、やっぱお前も分かるんだな」 原作のエステラは『女神の導き』というスキルで、パーティーに勧誘可能なキャラか判別することが出来た。 この物言いから察するに、現実のエステラにも似たようなことが出来るんだろう。 「どんなヤツよ? 女の子? それともイケメン?」 「……男はイケメンしか認めないんかい」 「勿体付けてないで、さっさと言いなさいよ!」 「ゼノス・オブ・ヴァレンティだよ。王弟の次男の」 「っ!!!!!! マジ!? あの超絶イケメンの!!?」 エステラの青緑色の瞳が爛々と輝き出す。 俺が頷いて応えると、ウサギみたいにぴょんぴょんと跳ね出した。 自分の頬がひくひくと引き攣っていくのが分かる。 現金なヤツだ。俺のことは『これ』呼ばわりした挙句蹴とばしたくせに。 「はぁ~♡ いい旅になりそうね♡♡」 「……良かったな」 「ん? ……ほぉ~ん?」 くるっと回り込むようにして顔を覗き込んでくる。 おまけに口元に手をあてて、ニヒヒ笑いときたもんだ。 「……何だよ」 「ヤキモチ?」 「はぁ!? 何でそうなるんだよ!」 「どう見たってヤキモチじゃない」 「自惚れんなよ! 俺はむしろ清々して――」 「うるさいわね。メッチャ目立ってるわよ~?」 「うぐっ……」 周囲を見回してみると、確かに俺達の方に目を向けている生徒がいた。 これは良くない。よくよく見られたらアウトだ。 間違いなく『あんなヤツらいたっけ?』ってなる。 少なくともバルダスさんに接触するまでは、目立たないようにしないと。 「ふんふんふん♪」 エステラの体が左右に揺れ出す。 最初はおちょくっているのかと思ったけど、ニコニコで……すごく喜んでいるように見えた。 この自分大好きっ子め。 秒で可能性の芽を摘んで、ほんのり薄暗い石造りの校舎の中を進んでいく。 目指しているのは中庭にある訓練場だ。 中庭に続く扉はまだずっと先に……七~八十メートルは先にあるのに、金属と金属、掛け声と掛け声とが激しくぶつかり合う音が聞こえてくる。 「……っ」 不意に金属音が――ゴム玉を打つ音に変わった。 ポコンッ……ポコンッ……。 クレーコートの上を必死に走り続けた。 なのに、俺のラケットはボールに届かない。 相手の方にばかり点が重なっていく。 ――通じなかったんだ。高校では何もかも。 『土曜も朝練することにしたんだ。谷口も良かったら来ない? お前がいてくれると正直メッチャ助かるんだけど』 腐りかけていた俺にも、二軍のヤツ等は声を掛けてくれた。 なのに、俺は――。 「いたいた! アイツよ、アイツ!」 「?」 中庭に出るなりエステラが正面を指さす。 そこには、黒い甲冑に白いマントを身に纏った老齢の騎士の姿があった。 「うおぉお!! すげえ!! マジモンの老騎士じゃんか!!」 あのなりから察するに重騎士だろうな。 背筋は当たり前のようにピンとしてるのに、髪の色はすっかり抜けて白くなってしまっている。 ロマンだよな。 技巧型の老戦士も好きだけど、ああいうパワー型の老戦士はもっと好きだ。 純粋に憧れる。俺もあんな爺ちゃんになれたらな。 「老騎士? ははっ! 違う違う! アイツはただの老け顔。あれは白髪じゃなくて地毛よ」 「はぁ!? まっ、まままっ、マジ!?」 あまりの衝撃に開いた口が塞がらない。 そんな俺を前に、エステラは得意になって続けていく。 「実際は三十そこらよ。バリバリ現役。舐めてかかると痛い目見るわよ」 「あれは老け顔ってだけで出せる貫禄じゃねえだろ」 「まあ、腕は確かよ。二十五そこそこでアタシの護衛隊長を任せられてたぐらいだから」 「……そんなの俺ぜってー相手にされねえじゃん」 「大丈夫よ。あれを見て」 エステラに促されるまま目を向けると、バルダスさんが男子学生にフォームを指導しているのが見えた。 俺の目にはコーチと部員に見えて、反射的に喉の奥が震える。 ダメだな。学校だからか、やたらと向こうでのことを思い出しちまう。 「昔っから面倒見がいいのよ。だから、どこに行ってもあんなふうに人が集まって来るんでしょうね」 「え? じゃあ、まさか今中庭にいる学生さん達って……?」 「バルダスの門弟ってところじゃない? 教師っぽいヤツはアイツしかいないし」 今中庭にいるのは三十~五十人ぐらいの学生達だ。 いずれもシャツ+パンツ姿で、熱心に稽古に励んでいる。 でも、ここの学生達って朝から騎士になるための勉強や、トレーニングをしてるんだよな? その上で放課後もって……凄い熱量だな。俺も見習わないと。 「バルダス先生ー!」 唐突にエステラが声をかけた。 バルダスさんは直ぐに気が付いて、ばっと勢いよく振り返る。 「なっ、……なななななっ!!??」 バルダスさんの顔がみるみるうちに青くなっていく。 かと思えば、とんでもないスピードでこっちに向かってきた。 二メートル近い大男なだけに、その姿はさながらバイソンだ。 立ち上がった土煙の中で、俺とエステラは激しく咳込む。 「聖っ……なぜこのようなところに!!?」 「アンタと同じよ。聖教に見切りをつけてきたの」 「何ということを……」 バルダスさんはエステラの脱教を歓迎しなかった。 何でだ? エステラの野望を知らないからか? それともバルダスさんが聖教を抜けたのは、見切りをつけたからじゃなくて何か別の理由で――。 「そんなことよりさ、コイツのこと鍛えてよ」 「? この少年は?」 「勇者よ」 「何ですと!?」 「疑う気? このアタシが言ってるのよ」 「失言でした。ご無礼をお許しください」 ……と、恭しく頭を下げるバルダスさん。 けど、その目からは疑念の色が抜けきれていない。 それもそのはず。 聖教で言い伝えられているであろうオリジナルの勇者は、原作通りなら【黒髪姫カットで、切れ長の目をした儚げな美少年】。 俺とは似ても似つかない。疑われて当然だ。 ……つーか、何だよ【黒髪姫カットで、切れ長の目をした儚げな美少年】って! 性癖詰め込み過ぎなんだよ、あの|女神《腐女子》は!! 「完璧に仕上げろとまでは言わないわ。旅に出られる程度まで育ててくれたら、あとは道中で何とかするから」 「かしこまりました」 二つ返事で了承してくれた。 ありがたい反面、俺の方はまだ心の準備が……。 マンツーマンか? それとも、あの学生達と一緒に稽古することになるのかな? 出来れば前者がいいな。 俺は一応勇者なわけだし、情けない姿を見せ過ぎるのも――って、おい。何考えてんだ。そりゃ建前だろ。《《同じ失敗》》を繰り返す気か? 俺は苦笑しつつ、やれやれと首を左右にふる。 『谷口も良かったら来ない? お前がいてくれると正直メッチャ助かるんだけど――』 『悪い。俺はパス』 未経験からソフトテニスを始めて、シングルスで全中ベスト8まで進んだ。 そんな自分なら名門校でも通用すると思ってた。 ……けど、蓋を開けてみれば、先輩達はおろか同学年の一軍選手にすら歯が立たなかった。 ――この上、二軍のヤツ等にまで負けるようになっちまったら、俺はもう……きっと立ち直れない。 そんなみっともない理由から、アイツ等の誘いを断った。 敗北から学ぶことで強くなってきたはずなのに、敗北することそれ自体を恐れるようになってしまったんだ。 言うまでもなくそれは、賞賛される喜びを知ってしまったから。 積み上げてきた実績に固執してしまっていたからだろう。 一方で、今の俺の実績は真っ新な状態。 多少のアドバンテージこそあるものの、剣術は未経験からのスタートだ。 《《負けて当然の立場》》にあると言っていいだろう。 もしかしたら、俺の実力が露呈することで学生達の士気が下がってしまう……なんてこともあるかもしれないけど、必死に食らいついて挽回していこう。 負けて、負けて、負けて、そこから学んで強くなるんだ。そう。|中学の頃《あのころ》みたいに。 「では、勇者様。早速ではございますが――」 「あっ! 敬語は結構ですよ。名前も谷口で――」 「それは家名でしょ。ややこしくなるから|陽翔《はると》にしなさい」 |女神の導き《鑑定眼》……すげえな。 俺の情報どこまで《《握ってるんだろう》》。 折を見て確認しないとな。 「では、陽翔。早速だが、君の剣を見せてくれるかな?」 言うなりバルダスさんが剣を抜いた。 『模擬戦をしよう』ということなんだろう。よっ……よし! 俺はエステラが離れたのを確認して、勢いよく剣を抜いた。

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