降矢 菖蒲 / 第6話

6.ギャル聖女の野望

「おい、どこまで行く気だよ」 「いいから、黙ってついてきて」 エステラは|躊躇《ちゅうちょ》なく奥へ奥へと進んでいく。 俺はそんなエステラを前に、内心『すげえな』と感心していた。 むわりと漂う生活臭。 石造りの建物に囲まれたこの空間は、朝とは思えないぐらい暗くじめじめとしている。 細く狭い空は見ているだけで気が滅入りそうだ。 叶うなら一秒でも早く立ち去りたい。 こんな所に何の用があるっていうんだ? 「ちょっとくらい説明してくれたって――」 「ゴホッ! ゲホッ!!」 角の向こうから激しく咳込む声が聞こえてきた。 呆気に取られる俺を置いて、エステラが素早く駆け出す。 「大丈夫ですよ。落ち着いてゆっくりと呼吸を整えてください」 一足遅れて角を曲がると、エステラが男性を診ていた。 患者は四十代ぐらいか。顔は土色で酷く痩せ細っている。 「っ! いっ、いけねえ!」 男性は焦点の合わない目でエステラを見るなり、慌てて身を縮めた。 あれは何だ? 体を隠してるのか……? 「あっしには払う金が」 「お代は結構ですよ。さあ、楽にしてください」 「ああ……ありがてえ……」 エステラは控えめに首を左右に振ると、金色の魔法陣を展開し始めた。 かと思えば、ものの一分でふっと消してしまう。 『もう終わったのか……?』戸惑う患者と俺を余所に、エステラが問いかける。 「いかがですか?」 「おぉ! 喉も頭も痛まねえ。体も軽いです!! あっ、ありがとうございます!!」 エステラは穏やかに微笑んで応える。 やたらと堂々として見えるのは、安堵感が伝わってこないから。 これを《《当然の結果》》として受け止めているように見えるからだろう。 この世界において、回復魔法を扱えるのは『治癒術師』と『聖女/聖者』だけ。 その違いを端的にまとめるとこんな感じだ。 治癒術師:『治癒魔法』…患者の生命力を活性化させて回復を促す。 聖者/聖女:『治癒魔法』+『聖光』…生命力そのものを生成して患者に与える。 聖者/聖女は患者の生命力に依存しない分、より多くの人を救える。 言ってしまえば『救命の最後の砦』というわけだ。 ……もっとも何でも治せるわけじゃないけど。 「先生! 妹を助けてください!」 女の人が助けを求めてきた。俺らと同じ十八歳ぐらいか。 灰色のボロボロなワンピースの裾を握り締めながら、懇願するような目でエステラを見ている。 「勿論です。案内してください」 「ありがとうございます! こっちです」 エステラの後に続いて現場に向かう。 奥に進めば進むほど傷病者の数は増えていった。 一体どれだけの数の人が倒れているんだろう。 「サリーナ! もう大丈夫よ! 先生が来てくれたから」 「……先生が……?」 案内された先には、十歳ぐらいの女の子の姿があった。 壁にもたれかかるようにして倒れている。 スカートに広がる血の痕は、おそらく吐血によってついたものだろう。 あまりにも痛々しいその姿に、思わず目を背けかけて――ふと気づく。 「っ! 何だよ、これ……」 「…………」 女の子の体がゆるく明滅している。 まさか消えかけてるのか? 「……モアナ……ねえちゃん、あり……がと……」 「サリーナ……?」 エステラがサリーナちゃんに向かって手を伸ばす。 けれど、魔法陣は――展開させなかった。 代わりにモアナさんに向かって深々と頭を下げる。 「先生……?」 「治せません。もう手遅れです」 「そんな……っ、アンタ、治癒術師でしょ!? 何とかしてよ!!」 「すみません。他の患者さんもいるので」 エステラはもう一度深く頭を下げると、別の患者のところに向かって行った。 あとには俺とモアナさんだけが残る。 「そんな……っ、そんなのって……」 モアナさんが泣き出す。両手でぐっと顔を覆うようにして。 俺もこんなだったな。 病室の外でひたすら泣いて、看取ってやることすら出来なかった。 結衣、あの時のお前はやっぱ呆れてたのか? それとも……少しは寂しいと思ってくれてたのかな。 「看取ってあげてください」 「……っ、何よ」 「お気持ちは分かります。でも、今はサリーナちゃんの気持ちを優先してあげてください」 「っ!」 俺の意図を汲んでくれたみたいだ。 モアナさんは今にも消えてしまいそうなサリーナちゃんの手を取り、そっと語りかけていく。 楽しい思い出や、天国での再会の約束を。 そうしてサリーナちゃんは、あどけない笑顔と共に朝の光の中に消えていった。 誰もいなくなった壁の前で、モアナさんが小さく口を開く。 「……ありがと」 「いえ。俺は何も」 「あの先生に謝っといて」 「分かりました」 俺はモアナさんに一礼して、エステラと合流する。 エステラは緑の魔法陣――治癒魔法を使って女性の治療にあたっていた。 言うまでもなく、病気や怪我の程度によって魔法を使い分けているんだろう。 「モアナさんが『悪かった』って」 「……そう」 エステラが笑みを浮かべることはなかった。 怒ってるわけじゃない。たぶん、静かに受け止めているんだろう。 サリーナちゃんの死を。そして、モアナさんの思いを。 それから後も救って、看取って、また救って……計十五人の傷病者の処置を終えたところで路地裏を後にした。 完治に至れたのは、最初のおじさんを含めて四人。 あとは小康状態が五人、サリーナちゃんみたく看取ることしか出来なかった患者が六人という結果だった。 壊死切断された四肢や臓器は、エステラでも治すことが出来ないからだ。 器の創造はあくまで不可侵の――神のみに許された領域ということなんだろう。 「ん~……あ~~、疲れた」 「……お疲れ」 エステラは意外にもさっぱりとした顔をしていた。 てっきり落ち込んでいるものとばかり思っていたが。 立場上、人の死には慣れているのかな。 「あの患者さん達が、どうしてあんなところにいるのか分かる?」 「金がないから?」 「そうよ。|天赦符《てんしゃふ》ってふざけた札があってね。それを聖教から買わないと、治療を受けることが出来ないの」 「国の治癒術師達に診てもらうことは出来ないのか?」 「バカね。出払ってるに決まってるでしょ。どこもかしこも紙一重で魔物の侵攻を食い止めてるんだから」 「なっ……」 邪神優勢とは聞いていたが、まさかそんなギリギリな状態だったとは。 マズいな。早く何とかしないと。 「というわけで、とっとと邪神を倒してあのエセ宗教もぶっ潰すわよ!」 「せっ、聖教も!? 流石にそれは無理ゲーなんじゃ……」 「そんなことないわよ! 邪神を倒せば、きっと女王陛下も後ろ盾になってくれる。そうしたら、あのエセ宗教の罪を白日の下に晒すことも、お抱えの治癒術師達を引き抜くことも出来るはずよ!」 「? 治癒術師達を引き抜いてどうする気だよ?」 「決まってるでしょ! 無料の病院を作るのよ!」 そう語るエステラの目は子供みたいに無邪気に輝いていた。 色々と極端過ぎる気もするけど、気持ちは分からなくもない。 あんなふうに苦しむ人達を前にした後だと余計にな。 「返事は?」 「ああ。頑張るよ、マジで」 ――平和だったら、失われることのない命だったのかもしれない。 そう思うと罪悪感から自然と力が湧いてくる。 俺は結衣の『悪の心』に……アイツが抱えている何かに気付いてやることが出来なかった。 元凶である邪神誕生に加担してしまっているんだ。この罪は重い。 「ねえ、今何考えてたの?」 「え? あっ、いや……『頑張るぞー!』的な。そんな大したことじゃねえよ」 「……言わぬが華ってやつ? アンタ、何かそういうところあるわよね」 仰る通り。これは俺の悪癖。|異世界転移《これを機に》絶対に治さなきゃいけないところだ。 何せ俺はこのやっっすいプライドでカッコつけまくったせいで、人生詰んじまったんだからな。 「~~っ、そういうのナヨナヨしてて超ムカツクのよ! だから、その……思ったことはちゃんと言いなさい! いいわね!?」 「…………」 「…………」 「…………………………ふっ」 俺は思わず笑ってしまった。 笑いはどんどん大きくなって、目尻から涙が溢れ出す。 「何笑ってんのよ!」 「ごめん。そのビックリ? して」 「……何よそれ」 「ありがとう。何っつか……すげえ楽になった」 そうだよな。思えばもうエステラには、とことんダサい姿を見られちまってるんだ。 カッコつける必要なんてない。 エステラから始めていこう。 等身大の自分で、人と向き合う練習を。 「っ!」 急に腕に抱き付いてきた。 見ればエステラが悪戯な笑みを浮かべている。 「聖騎士対策よ! 勘違いしないでよね、《《ハル》》!」 「へいへい」 アンタ呼び卒業。アンタ呼び卒業……。 そっちの喜びに意識を向けつつ、この後の予定を確認することで、《《魅惑の柔肌》》から意識を逸らしていく。 宿に着いたら仮眠を取って、夕方になったら学校に潜り込む。 一番の目的はエステラの知人であるバルダスさんに会うことだけど、叶うことなら仲間候補のゼノスにも接触しておきたい。 ヤツは金髪碧眼で甘く爽やかな風貌をしているが、そのジョブはなんと重騎士。 パーティーに加われば戦略の幅が大きく広がるのは勿論のこと、俺の稽古相手にもなってくれる。 一石二鳥どころの騒ぎじゃない……んだけど、仲間にするのはクソほど難しいんだろうな。 エステラがこうなんだ。ゼノスにも何かあるに違いない。 心してかからないとな。改めて襟を正して進んでいく。 目当ての宿屋まではあと数歩だ。

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