降矢 菖蒲 / 第5話

5.頼もしさとやわらかさと

『こうしてぎゅーっと包むと、あ~ら不思議!』 白い修道服の女子が、俺の傷付いた手を包み込んでいく。 ぶっちゃけ傷が圧迫されて痛いのだが、ここはぐっと我慢だ。 この無垢な笑顔を曇らせるわけにはいかない。 『すっかりピカピカ! 元通りでございます♪』 彼女の言う通り、傷は跡形もなく消えていた。 驚く俺を前に彼女は――エステラは空色の長い髪を揺らしてくすくすと笑う。 そうして|一頻《ひとしき》り笑った後で、エステラは静かに目を伏せた。 『勇者様。一つお願いがございます。せめてわたくしの前では、その肩の荷を下ろしていただけませんでしょうか。……いいえ! 迷惑などではございません。むしろエステラはその……すごく…………嬉しいのです』 エステラはそう言ってはにかんだ。 ああ。守りたい、この笑顔――。 「い゛っ!!?」 思いっきり舌噛んだ。痛い。 今のは……体が跳ねた……のか……? 何だかケツも痛い。 頭の上には白い幌。 周囲には色んなサイズの木箱やら麻袋やらが積まれてて、思わずムズッとしてしまうようなスパイシーな香りが漂っている。 ああ……そっか。 徒歩から馬車に切り替えたんだっけ。 「ちょっと、今アンタ寝てたでしょ」 「いえ。滅相もございませ――ンギギギ!」 「気ぃ抜いてんじゃないわよ! このバカ!!」 マントで顔を隠した《《現実の》》エステラに、思いっきり頬を抓られる。 痛゛い。カムバック俺のエステラ……。 「おーい、嬢ちゃん。そろそろ街に入るぜ」 「ありがと、おじさん! しっかり頼むわよ~!」 木箱と木箱の隙間から褐色肌でふくよかなおじさんの姿が見える。 あの人はエステラが雇った謂わば『協力者』だ。 身分証を持たない俺達を無断で街に入れる――密入国ならぬ《《密入街》》を手伝ってくれている。 まさか勇者になって悪事に手を染めることになるとはな。 ……割とショックだ。 「おお、バックスか。久しいな。積荷は何だ?」 「ご無沙汰しております。本日は香辛料を中心に、日用品をいくつかお持ちしました」 検問が始まったみたいだ。 俺はぐっと息を呑んで、ただひたすらに成功を祈る。 見つかったらやっぱ戦闘か? いや、ダメだ。その時は言葉を尽くして説明を――。 「ご苦労。通っていいぞ」 「えっ……?」 意外なほどあっさりと通過出来た。 何で? まさかおじさん賄賂でも渡したのか? 「スパイスはね、一度開封すると一気に価値が下がっちゃうのよ。だから、よっぽどのことでもない限り荷を改めるようなことはしないの」 「もしかして、それも含めての人選だったのか……?」 「当然でしょ」 「すげぇ……」 「ふふん♪ もっと、も~~っと褒めなさい!」 「よう、もう降りていいぜ」 「あ、はい!」 「何よ! もっとちゃんと褒めなさいよ!!」とガウガウ吠えるエステラを他所に幌馬車を降りる。 すると、革靴の底から硬い感触が伝わってきた。 これはコンクリートじゃない。石畳だ。 ドキドキと逸る鼓動を宥めながら周囲を見回す。 「わぁ……」 朝日を浴びてキラキラと輝く建物は全部石で出来ている。 軒先には文字なしの絵看板。 カンカンカンと金属を叩く音が鳴り響く中で、焼き立てのパンの香りがふわふわと漂ってくる。 中世だ。ファンタジーだ。 ヤバ。マジでテンション上がる……! 「達者でな」 「うん! おじさんも元気でね!」 ぶんぶんぶんと元気に手を振るエステラの横で、俺は静かに一礼をしておじさんを見送る。 「さて、まずは宿屋に――!?」 言いかけたところでエステラに腕を掴まれた。 かと思えば、次の瞬間――腕にとてつもなくやわらかなものが触れる。 こっ……これは……!? 「ちょっ!? なっ、何して」 「バカなカップルのフリよ。あれを見て」 耳打ちされて、目で指された方に目を向ける。 そこには二人組の騎士の姿があった。 白いマントに白い甲冑。 マントには光の輪と翼をモチーフにした紋章が入っている。 間違いない。聖騎士だ。 十中八九、エステラを探しているんだろう。 「ダ~リン、アタシのどんなところが好き?」 「はえっ!!?」 胸をこれでもかと押し付けてくる。 チェリボーイな俺の体は爆発寸前だ。 心臓がうるさい。顔が、全身が熱い。 こんなんで本当に聖騎士の目を掻い潜れるのか? 疑問は尽きないけど……ええい!! ここはエステラを信じよう!! 「かっ、可愛いとこかな~?」 何とか答えを捻り出す。 するとエステラはニィと口角を上げて。 「他には~?」 「うぐっ……!」 ぐにゅぐにゅと一層いやらしくおバスト様を押し付けてくる。 これは誘導。『言え』ってことだな。 だぁ~~くそ……っ!!!! 「~~っ、おっ……ぱい……かな」 「やだ~♡ ダ~リンのエッチ♡♡♡」 「「…………」」 聖騎士達がふいっと目を逸らす。 優しさ……いや、嫌悪だな。 汚らわしい。視界にも入れたくないってところか。 ……泣きたい。 「何してんのよ。さっさと行くわよ」 「……はい」 エステラと駆け足で路地裏に入って、念のため振り返ってみる。 聖騎士達の姿は――なかった。 よし。これで一安心だな。 互いにほっと息をつく。 「このまま裏道から宿屋を目指すか」 「その前にちょっと付き合って」 「?」 エステラは言うなり前へ前へと進み始めた。 この先に何かあるのか? 首を傾げつつエステラの後を追う。

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