降矢 菖蒲 / 第2話

2.クソみたいな人生をやり直すために

「ハルと私の世界の狭間ってとこかな」 俺の問いかけに結衣が静かに答える。 ああ、これが所謂――。 「『異世界転生』ってやつか」 「《《転移》》だよ。ハルは死んでない。向こうでちゃんと生きてるよ」 「何だよ……」と、言いかけて慌てて呑み込む。 結衣にだけは気取られちゃいけない。 コイツは生きたくても生きられなかったんだからな。 「お前は何だ? 天使にでも転生したのか?」 「女神だよ! 今じゃ世界の創造主★」 「はえ~、ご立派ご立派」 小さく息をついて座ると、結衣も翼を畳んで隣に腰掛けてくる。 その拍子に腕がぶつかった――はずなのに、何も感じなかった。 衝撃も体温さえも。 通り抜けたんだ。俺の体をすっ……と。 ああ。 ホントに神様になっちまったんだな。 「…………」 「でもね、やらかしちゃったの」 「……何を?」 「邪神にね、力取られちゃったの」 「誰の?」と問いかける間もなく、結衣は自分の胸をぽんぽんと叩いた。 「邪神はお前が創造したものじゃないってことか?」 「うん。簡単に言うと私の『悪の心』ってところかな。神様は持ってちゃダメなもので、それで切り離したんだけど……そしたら、襲い掛かってきて」 「どこの●ッコロ大魔王だよ」 「ははっ、面目ない……」 へこへこと頭を下げながら苦笑いを浮かべている。 イラッとはしなかった。 むしろ、酷く痛々しいというか。 言い訳の一つでもすりゃいいのに、俺なんかにひたすら頭下げて。 正直見ていられなかった。 咳払い一つに目を伏せる。 「で、俺は何をすればいいんだ?」 「ズバリ、勇者になって邪神を倒していただきたいです」 「念のため聞くが、俺以外に選択肢は?」 「ないよ」 「……即答かよ」 「焦らしたってしょうがないでしょ」 「そりゃそうだけど」 結衣には大きな借りがある。 だから、退治役を担うこと自体に異存はない。 ただ、期待に応えられるかどうかは別だ。 便乗するようで悪いけど、今のうちに断りを入れておこう。 「俺はお前に嘘をついてた」 「…………」 「全国区のテニスプレイヤーでもなければ、全国模試でトップクラスの秀才でもない。おまけに女子から告られたこともない。並以下の人間なんだ」 「みたいだね」 「っ! 知ってたのか?」 「今知ったの。ここでならハルの全部を丸裸に出来るからね」 「……そうか」 安いプライドを満たすために、何も知らない結衣を利用した。 《《成れていたはずの自分》》を演じて、逃げてたんだ。 スポーツも、勉強も、何もかもが上手くいかないクソみたいな高校生活から。 「……悪かった」 「ダメ。今はまだ許さない。私の世界を救ってくれたら許してあげる」 「それはいくら何でも割に合わないんじゃないか?」 「そうかな?」 「そうだ……いや……」 なるほど。赦されれば前に進める。そう言いたいんだな。 正直、そんな単純な話ではないような気もする。でも――。 「文字通り勇者になれたら、人生やり直すのも夢じゃないかもな」 「もち!」 「よせよ」 結衣がぐーっと親指を向けてくる。 触れてもすり抜けていくだけだ。 分かっていても、……いや、分かっているからこそ避けてしまう。 そのすり抜けていくのを見たくなくて。 我ながら情けねえな。 「っ!」 全身が白い光に包まれていく。 まさかもう? まだろくに説明も受けてねえってのに……! 「ちょっ、おい! お前が創った世界ってどんな世界なんだよ?」 「ハルと創った『ブレラケ』をベースにした《《現実世界》》だよ」 「所謂、ゲームの中の世界じゃないってことか?」 「うん。そう。人間も動物も自然も全部自分の意思で生きてるよ」 「マジか……」 「まずは仲間を集めて。それから、三つの大水晶を取り戻してほしいの。そうしたら、私の力が地上に届くようになる。魔物も弱くなるし、ハル達のバックアップも出来るようになるから」 「仲間はエステラ、ルゥ、ゼノス、ミレーネさんの四人でいいんだな?」 「うん! そう! 最初は原作通り、まずはエステラちゃんの前に出るからそのつもりでね」 ――聖女・エステラ 原作では正ヒロインを務めることになる《《世間知らずな天然お嬢様》》だ。 水色のウェーブがかった長い髪が特徴的で、白と金の修道服を着ている。 戦うことは出来ないけど、その分回復役としては超優秀。 戦闘経験ゼロな俺としては何とも頼もしいパートナーだ。 「ねえ、ハル」 「何だ?」 「《《私達はあの子達の生みの親》》だよ。でも、あの子達はもう命を持った人間だから――」 「分かってる。間違ってもキャラ扱いなんてしたりしねえよ」 結衣のほっとしたような笑顔を最後に景色が切り替わった。 それと同時に体勢が大きく崩れる。 あれ?  俺……もしかして浮いてる? 「おわっ!?」 うつ伏せの状態で地面に落ちた。 「いて~~っ……」 鼻打った。最悪。 おまけに土煙まで。 ゲホゲホと咳込みながら顔を上げる。 「は? 何よこれ」 「あぐっ!?」 そうしたら直ぐにデコを蹴られた。 なっ、何だ!? 敵か!? 「これが勇者? 女神のヤツ、マジでナメてるわね」 勇者? 女神? まっ、まさか……。 恐る恐る顔を上げてみる。 するとそこには、|蔑《さげす》んだ目で俺を見下ろす青髪の女子の姿があった。

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