遥 / 第45話

45話 撤収完了

 地下通路の奥から、複数の慌ただしい足音が響いてくる。  風宮さんのすぐ後ろから、蒼太と碧羽も俺――橙真と咲のもとへ必死に駆けてきていた。  焼け焦げた匂いが充満する地下施設へ足を踏み入れた三人は、その光景を目にし、思わず足を止めた。  床一面に深く残る黒い焦げ跡。  ゆらゆらと立ち上る白い煙。  まるで事故現場のように静まり返った空間には、あれほどいた邪神体の姿が一体も残っていなかった。 「……なんだこれ」  蒼太が呆然とつぶやいた。  碧羽も信じられないといった表情で周囲を見回し、息を呑んだ。 「ここで……一体何があったの?」  その凄惨な光景の先には、咲に身体を必死に支えられている俺の姿があった。  風宮さんは、すぐに俺たちのもとへ歩み寄ってくる。 「無事か」  俺は小さく頷いてみせた。 「はい、なんとか無事です」  短く、それだけを返した。  蒼太も慌てて駆け寄ってきたが、その途中で俺の口元に残った赤い血の跡に気づき、ピタリと足を止める。 「お前、その血! どうしたんだよ」  俺は口元を服の袖で何気なく拭った。 「大丈夫、大丈夫」  そう言って、静かに笑う。  蒼太は納得がいかないといった険しい表情を浮かべたが、それ以上は追及せず、何も言わなかった。  風宮さんは地下施設全体を、ゆっくりと鋭い眼差しで見渡す。  黒く焼け焦げた壁。  派手に崩れ落ちた瓦礫。  そして、静まり返った不気味な空間。  数秒ほど思考を巡らせた後、静かに口を開いた。 「お前たちは先に上に上がり、光莉と合流しろ」  俺たちは風宮さんへ視線を向ける。 「この施設の詳細な調査は、俺が行う」 「分かりました」  風宮さんは、俺の隣に立つ咲にも穏やかな目を向けた。 「君も一緒に地上へ向かってくれ」 「はい!」  咲ははっきりと返事をした。  蒼太が俺のすぐ隣へ歩み寄り、肩を貸そうと手を伸ばしてくる。 「咲、俺が代わるぜ」 「蒼太先輩、ありがとうございます!」  咲が俺から離れようとした瞬間、蒼太が俺へ声をかけてきた。 「橙真、自力で歩けるか?」  俺は苦笑いを浮かべながら、軽く首を振った。 「これくらいなら、平気だって」  自力で立とうとしたとき、足がふらつく。 「おいおい橙真、無理すんなよ」  碧羽も本当に心配そうな眼差しで俺を見つめてくる。 「本当に、大丈夫?」 「大丈夫」  俺は短く答え、地上へ向かって一歩前へ踏み出した。  咲も再びその隣に寄り添うように歩き始める。  俺たち四人は、暗く長い地下通路をゆっくりと歩き、地上へ続く階段へ向かっていった。 ***  日向たちの背中を静かに見送り、俺――風宮は一人、地下施設の奥深くへ視線を向けた。 「月影、そこにいるんだろ」  闇の中から、静かな足音が聞こえてくる。 「ああ。それで、どうした」 「この地下施設内の調査だが、お前の課に任せたい。いいか?」 「了解した。情報通信管理室長の月影旭陽が、この場の解析を引き受けよう」 「ああ、任せた。俺は一旦上に戻る」 「任せてください」 ***  石造りの重い階段を上がり切ると、夕暮れの光が俺たち四人を柔らかく包み込んだ。  教会の広大な敷地内は、静まり返っている。  そこには信者たちの姿はすでになく、待機していた花江さんが立っていた。 「みなさん、お疲れ様です。橙真くんに言われた通り、信者の方々は安全に避難させておきました」 「花江さん、ありがとうございます」  やがて、地下施設から風宮さんも上がってきた。  俺たちの前まで歩いてくると、全員の顔を順番に見回す。 「施設内の確認は引き続き行うが、今日の調査はここまでだ」  蒼太が手を挙げて尋ねる。 「何か分かりましたか?」  風宮さんは静かに首を横へ振った。 「詳しい解析は明日からだ。俺たちは報告を優先する」  そう言うと、風宮さんは全員へ鋭い視線を向けた。 「今回の作戦報告は明日、防災対策課の会議室で行う。今日は各自帰宅して、しっかり休め」 「「「了解しました!」」」 ***  俺たちはそれぞれ頷き、不気味な教会を後にした。  教会から静かな住宅街へ向かう道は、休日の夕方ということもあり、平日よりも静かな空気が流れていた。  そして、いつもの住宅街の分かれ道にたどり着いた時。 「俺、こっちだから。じゃ、また明日な!」 「おう、また明日」  蒼太が手を振って去っていく。  そして――。 「私もこっちだから。気をつけてね」 「じゃあな、碧羽」  碧羽も坂道を下っていった。 ***  残されたのは、俺と咲の二人だけになった。  並んでしばらく静かに歩いた後、咲がふっと口を開いた。 「橙真先輩……今日、私を頼ってくれて本当に嬉しかったです」  俺はその言葉を聞いて、口元を小さく緩めた。 「こっちこそ、咲が来てくれて本当に助かったよ」  咲も嬉しそうな笑みを浮かべる。 「橙真先輩の役に立てたのなら、私すごく幸せです!」 「そう言ってくれて、ありがとう、咲」 「はい!」 「それじゃあ、また月曜日、学校で」 「はい!」  咲は軽く一礼すると、自分の家へ続く道を軽やかな足取りで歩き始めた。  俺は小さくなっていく後ろ姿を、静かに見送った。 ***  あの教会の地下で一体何が起きたのか――その全貌を知る者は、まだほとんどいなかった。  だが確実に、大きな歯車が静かに動き始めていた。  そのすべてが明らかになるのは、まだ、少し先のことだった。

運営おすすめ

週間ランキング

全ランキング

反応スコアランキング

もっと見る

PV・ブックマークランキング

もっと見る

更新された連載作品

すべて見る
読み込み中…

新着短編

すべて見る
読み込み中…

作品一覧

読み込み中…

作品ダッシュボード

作品全体の公開状況と、読者からの反応をひと目で確認できます。

作品パフォーマンス

選択期間のPVが多い順

上位5作品
ライブラリ

作品の公開状況と構成

最近の更新

最後に編集した作品

要チェック

公開前に確認したい項目

プレビュー
読者に表示される見た目

表示設定

文字サイズ
100%
背景色
縦書き表示
リッチモード
目次
読み込み中…

キーワードを入力して作品を探しましょう

アクセス解析
アクセス解析データは 5分おき に自動更新されます
読み込み中…
ランクイン記録
通知
通知はありません
地形ブラシ
25
スタンプ
ツール
装飾
表示
100%

世界地図

100%

REACTION SCORE

反応スコアの内訳