遥 / 第85話

85話 共闘開始

 神社の深い森の中。  三組は、それぞれの戦場へ向かって走り出していた。  北の広場では、ガブリエルとウリエルが巨大な獅子のような邪神体の正面へ向かう。  南西の斜面では、蒼太とラグエルが、巨大な蜘蛛と牛を混ぜたような邪神体へ突き進んでいた。  南東の空では、碧羽とサリエルが大きな翼を生やした邪神体を見据えている。  三組が一斉に走り出した、その瞬間。 「橙真、上から全体を見張るよ。あ、ここからは私も敬語なしでいくね。橙真も気を遣わないで」 「あ……うん、分かった」  隣に立つラファエルが、優しく声をかけてくれた。  彼女は神杖を静かに掲げる。  すると、杖の先から温かな光が溢れ出し、俺の身体を包み込んだ。 「……うわ」  ふわりと足元が軽くなる。  次の瞬間、俺――橙真の身体は、そのまま宙へ浮かび上がっていた。 「自力では飛べないんだよね。ガブリエルから聞いてるよ」 「はい」 「じゃあ、私が空まで運ぶよ」 「ありがとうございます」 「だから、気を遣わなくていいよ」  足元から神社の境内がどんどん遠ざかっていく。  全身を夜風が撫で、普段とは違う高さから森を見下ろす。  自分の身体が宙に浮いている感覚に少し緊張しながらも、俺はすぐに眼下の状況へ意識を集中させた。 ***  上空から見下ろすと、三体の邪神体が、それぞれ周囲へ被害をもたらしているのが一目で分かる。  獅子のような怪物は、大地を震わせている。  牛と蜘蛛を混ぜたような怪物は、山肌を削り落としている。  そして翼を持つ怪物は、空中で巨大な竜巻を発生させていた。  ラファエルは俺の隣で宙に浮いたまま、神杖を掲げる。 「みんな、邪神体の近くまで行って」  三組が、それぞれ敵の目の前まで到達した。  その瞬間――。 「結界――展開」  ラファエルの杖から、白く神聖な光が一気に解き放たれた。  光の波動は神社全体へ広がり、森も、大地も、空までも包み込んでいく。  美しい光景だった。  思わず見とれてしまいそうになるほどに。  しかし、その効果は見た目以上だった。  大地を揺らしていた振動が弱まる。  崩れ落ちていた土砂の勢いが落ちる。  空を吹き荒れていた激しい風も、少しずつ落ち着きを取り戻していく。  俺は上空からその光景を見届け、小さく頷いた。 「……これなら、みんなも戦いやすい」  そして、俺は三つの戦場へ視線を走らせる。 「……いよいよ始まるのか」 ***  まずは北の戦場。  獅子のような邪神体は、低い唸り声を上げながら力強く踏み込んだ。  ドォンッ!!  地響きとともに地面が激しく持ち上がり、大きな岩が周囲へ吹き飛ぶ。  ガブリエルは大剣を構えた。 「ウリエル」 「ああ」  二人は同時に地面を蹴った。  左右へ素早く分かれる。  直後、邪神体の太い脚が振り下ろされた。  地面が大きく陥没する。  だが、二人はすでにその場から離れていた。  隙を突くように、ガブリエルが邪神体の横腹へ大剣を叩きつける。  ――ガキィンッ!  金属同士がぶつかり合ったような音が、森の中に響いた。 「硬いな」  邪神体は怒りの咆哮を上げる。  再び地面が大きく揺れた。  だが、ラファエルの結界によって、その揺れは最小限に抑えられている。  ウリエルが長槍を振り回し、邪神体の注意を自分へ引きつける。 「こちらだ!」  獅子の口が大きく開いた。  鋭い牙がウリエルへ迫る。  ウリエルは紙一重で攻撃をかわした。  その瞬間、ガブリエルが邪神体の背後へ回り込む。  大剣を振り下ろす。  斬撃が装甲を捉える。  だが――。 「……硬いな」  何度、大剣を叩き込んでも、分厚い装甲はほとんど傷つかなかった。  ガブリエルは一度距離を取る。  そして、邪神体の動きをじっと観察した。  脚、腕、腹部、頭部。  攻撃を繰り返すたびに、その身体の動きが微妙に変化している。 「……」  ガブリエルの視線が、邪神体の背中へ移った。  その直後だった。 「見えた」  ほぼ同時に、ウリエルも静かに口を開く。 「ああ。背中の中央だ」  二人の視線が一点へ集中する。  俺も上空から目を凝らした。  しかし、俺には何も見えない。  それでも二人には、確かに見えているようだった。  ガブリエルの動きを見ると多分、背中の中央に核が埋め込まれているのだろう。  ラファエルも二人の立ち回りを静かに見守っている。  ガブリエルは大剣を握り直した。 「ウリエル、タイミングを合わせろ」  ウリエルも長槍を構える。 「了解」  邪神体が再び咆哮を上げた。  その瞬間――二人は同時に空へ跳んだ。  ガブリエルは上空から一直線に大剣を振り下ろす。  ウリエルは地面から真上へ向かって槍を突き上げた。  二つの刃が、寸分違わず赤い核へ迫る。  そして――。  ――パキン!  乾いた音が響き渡った。  核は一瞬で細かく砕け散った。  邪神体は声を上げることもできないまま、その巨体を光の粒子へと変えていった。  やがて光は、夜空へ溶けるように消えていく。 「……倒した」  俺は思わず呟いた。  しかし――地面の揺れは、完全には収まっていなかった。  ウリエルが周囲を見渡す。 「揺れがまだ残っているな」  ガブリエルも地面へ視線を落とした。 「ああ」  そして、静かに呟く。 「邪神体は倒した。だが……自然災害がまだ残っているようだな」  俺はその言葉を聞いて、眉を寄せた。  今回も、邪神体を倒しただけでは自然災害が収まらない。 「……自然災害が起きるのって、どういうことなんだ?」  俺の疑問に答えるように、ラファエルが小さく口を開く。 「まだ、終わってないのかもしれないね」  その視線は、北の戦場ではなく――残る二つの戦場へ向けられていた。  南西。  そして南東。  結界の中で、まだ戦いが続いている。 「……みんな」  俺は二つの戦場を見つめた。  残る邪神体は、あと二体。  そして――今回の戦いには、今までとは違う何かが起きているような、そんな予感が胸の奥に引っかかっていた。

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