遥 / 第51話

51話 小学校での戦い

 小学校の校庭で、もう一体の邪神体が低く不気味な唸り声を上げていた。  その鋭い眼光は、姿を消した月影さんの行方を必死に探している。  静寂が校庭を包み込んだ。  その次の瞬間――黒き濃霧型の邪神体、その足元に広がる影が、ゆらりと不自然に揺れ動いた。 「――そこだ」  月影さんが影の中から勢いよく飛び出した。  邪神体が慌てて振り返る。  だが、その反応はわずかに遅れた。  月影さんは相手の懐へ深く潜り込み、そのまま腹部へ強烈な掌底を叩き込んだ。 「ガァァァァッ!!」  重い衝撃音が響き、腹部にある核へ一気に無数の亀裂が走る。  黒き邪神体は苦しげな声を漏らし、よろよろと後退した。  月影さんは間髪入れずに踏み込み、無防備になった箇所へさらに拳を叩き込んだ。  ――パリン――!!  ガラスが砕けるような高い音が響き、核が完全に砕け散った。  巨体は不気味な黒い粒子となり、空気中へ崩れ去っていった。 ***  だが、安堵したのも束の間――濃密な白い霧が猛烈な勢いで校庭全体へ広がっていった。 「……っ!」  数秒もしないうちに、周囲の景色は不気味なほど真っ白に染まる。 「月影さん!」  私――碧羽は思わず声を上げた。  しかし、返事はなかった。  湿った濃霧が校庭を包み込み、周囲の視界を完全に奪い去っている。  私は手にした弓を強く構え直し、慎重に歩を進めた。 (この霧で……視界がほとんど利かない……!)  その時だった。  背後で、猛烈に風を切る音が響いた。 「!」  巨大な気配を感じ、振り返った瞬間――視界の悪さも手伝って反応がわずかに遅れた。  邪神体の太い腕が、私の身体を横から掴み上げる。 「……っ!!」  そのまま強力な力で、容赦なく締め上げられた。 「ぁ……っ!」  全身に激痛が走る。  拘束された衝撃で、弓を持つ腕にもまったく力が入らない。  私は弓を地面へ落としてしまった。  胸が強く締め付けられ、満足に息を吸うこともできない。 「はっ……ぁ……っ」  肺の中の空気が押し出され、胸が押し潰されるように苦しい。 「はっ……はっ……っ!」  酸素をうまく取り込めず、呼吸がさらに乱れていく。  死の恐怖と強烈な圧迫感によって、身体がガタガタと震え始めた。  視界がぼやけ、意識が遠のいていく。  邪神体の腕は、さらに押し潰そうと力を込めてくる。  意識が途切れそうになった、その時――霧の向こう側から声が響き渡った。 「風間、大丈夫か……!」  私は霞む視界の中で、かすかに顔を上げた。  白い霧の合間を、黒い影が凄まじい速度で駆け抜けていく。 「はっ……はぁ……っ!」 「風間!!」  月影さんの声が、すぐ近くから再び響いた。  次の瞬間、月影さんが黒い影の中から躍り出る。  その勢いのまま、邪神体の腕へ向けて強烈な蹴りを叩き込んだ。  ――ガンッ!  重い衝撃音が響き渡る。  邪神体の腕が、痛みにわずかに緩んだ。  私はその隙を逃さず、拘束されていた腕から抜け出すと、地面へもつれるように転がり落ちた。 「ゴホッ、ゴホッ……!」  冷たい土の上で激しく咳き込みながら、荒れた胸を押さえる。  何度か深く息を吸い、必死に呼吸を整えた。  月影さんは私の前にすっと立ち、静かに構えている。 「立てるか、風間」  震える手を伸ばし、地面に落ちていた弓を拾い上げる。 「……はいっ! もちろんです」  まだ呼吸は乱れている。  それでも、自分の足で立ち上がれるくらいには回復していた。  その時だった。  嵐型の邪神体が、空へ向かって大きく咆哮する。 「ゴォォォォッ――!!」  邪神体が巻き起こした暴風によって、立ち込めていた濃霧が一気に吹き飛ばされた。  周囲の視界が、急速に開けていく。  月影さんは目の前の敵を鋭い目で見据えた。 「風間、いけるか」 「もちろんです!」 「私があいつを引きつける。その隙に、撃破を任せる」  そう言うと、月影さんは一気に大地を蹴った。  真正面から堂々と邪神体の懐へ飛び込んでいく。  私は大きく深く息を吸い込んだ。  乱れていた呼吸を整え、ゆっくりと弓を構える。  邪神体が、私を握り潰そうと太い腕を大きく振り回した。  だが、月影さんは身を沈め、軽やかに攻撃をかわす。  そのまま相手の懐へ深く潜り込んだ。  邪神体の大きな視線が、月影さんへ完全に引きつけられる。 「っ、今だ!」  月影さんの叫びと同時に、私は弓の弦を極限まで引き絞った。  ここ一か月間の特訓によって、私は風を纏わせた矢を同時に三本まで、狙いを外さず放てるようになっていた。  狙うのは、邪神体の両肩の接続部。  そして、顔面。  三つの弱点を同時に射抜く。 「いけっ――!!」  力強く指が離れ、三本の矢が放たれた。  風を切り裂きながら飛翔する三本の矢は、それぞれ異なる軌道を描きながら弱点へと迫る。  そして――正確に、三つの弱点を射抜いた。  ――パリン――!!  直後、核へ三本の矢が集中し、音を立てて粉々に砕け散った。  嵐型の邪神体は巨大な咆哮を上げ、その身体を粒子へと変えながら崩れ去っていった。 ***  だが、決着がついた直後――空が一気に不気味な黒へと染まった。  猛烈な突風が、校庭を叩きつけるように吹き抜けていった。  ――ゴロゴロ……ドカン!!  大地を震わせる雷鳴が響き渡った。  激しい風が木々を揺らし、黒い雨雲が空全体を瞬く間に覆い尽くしていく。 「嵐!?」  思わず空を見上げた。  月影さんも険しい表情で、静かに空を見つめている。 「これが……邪神体に取り込まれていた自然災害だったのか」  私たちは、吹き荒れる荒々しい風の中に立ち尽くしながら、防災対策課から次の指示を静かに待つのだった。

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