遥 / 第153話

107話 巫女の思い

 ゆっくりと目を開けた。  俺――橙真が最初に目に入ったのは、目の前に立っている、あの巫女だった。  静かな表情で立っている。  まるで、俺たちが見てきたものをすべて知っているかのように、ただこちらを見つめていた。 「……戻ってきたのか」  俺は視線をゆっくりと動かす。  蒼太も、ゆっくりと目を開けていた。  その隣では、碧羽も意識を取り戻している。  風宮さんと花江さんも、周囲を確認していた。  誰も倒れてはいななかった。  俺たちは、過去を見る前と同じように立っていた。  ただ一つ違うのは――全員が、同じものを見ていたことだった。 「みんな……あの過去を見たんだよな?」 「うん。見た!」 「神々と天使たちが共に暮らしていた時代。そして……カタストロフが生まれた経緯も」  風宮さんが静かに続ける。 「扉が作られた理由も……最後に何が起きたのかも見ました」  花江さんが呟くように言った。  俺は再び、目の前の巫女を見る。  俺たちに過去を見せたのは、この人だ。  なぜ、俺たちに見せたのか。  その理由を聞かなければならない。 「……どうして、俺たちにあんな過去を見せたんですか?」  巫女は、少しだけ目を細めた。 「あなたたちには、知っておいてもらう必要があったからです」 「知っておく必要が……?」 「ええ」  巫女は扉へ視線を向ける。 「この扉が何なのか。そして――何がこの世界の奥に眠っているのか」  俺は眉を寄せた。 「それだけですか?」 「……いいえ」  巫女は、静かに俺を見る。 「月影さんのように、知りすぎた者は殺すつもりです」  空気が凍りついた。 「……!」  蒼太が息を呑む。  俺も言葉を失った。  月影さん。  あの人を殺したのは――。 「だから」  巫女は淡々と続ける。 「あなたたちに見せたのです」 「?」 「冥土の土産ですよ」  その言葉に、背筋が冷たくなる。 「これが最期になるかもしれないのなら……せめて、この世界の真実を知ってから逝ってもらおうと思っただけです」 「……あなたは、最初から俺たちを殺すつもりだったんですか?」  巫女は、ほんの少しだけ微笑んだ。 「ええ。そのつもりでした」  迷いのない返事だった。 「ですが――」  一拍置いて、巫女は扉を見る。 「まだ、その時ではありません」 「……どういう意味ですか?」 「いずれ、この扉を開けるつもりです」  俺たちの間に、沈黙が落ちた。 「開ける……?」  俺は扉を見る。  あの向こうには、カタストロフがいる。  そして、過去に神々が閉じ込められた世界がある。 「どうして……?」 「それは、まだ話す必要はありません」  巫女は、それ以上を語ろうとしなかった。  俺は別の疑問を口にする。 「……じゃあ、あなたは何者なんですか?」  巫女は俺を見る。 「もう、お分かりでしょう?」  その瞬間、過去に見た光景が頭をよぎった。  神々と共にいた天使。  扉の守り人。  そして――。 「……あなたは、カマエルなんですか?」  巫女は静かに頷いた。 「はい。そうです。私の名は、カマエルです」  俺は小さく息を吐く。  そして、もう一つの疑問をぶつけた。 「……月影さんを殺したのも、あなたなんですか?」  カマエルは答えなかった。  けれど、その沈黙が、答えのように思えた。 「……そうか」  怒りが込み上げてきた。  けれど、今は感情に任せるわけにはいかない。  俺は一度深呼吸をしてから、右耳のイヤホンに触れた。 「それなら……これを俺に渡したのも、あなたなんですね?」 「ええ」  即答だった。 「どうして、俺に?」  カマエルは、俺の右耳を見る。 「あなたが、炎の力を持っているからです」 「炎……?」 「プロメテウスの覚醒者である可能性があります」  その名前に、俺は目を見開いた。 「プロメテウス……?」  過去に見た、扉の鍵を作った神。 「私は、探しているのです」  カマエルは静かに言った。 「プロメテウスの覚醒者を」 「だから……俺にイヤホンを?」 「ええ。あなたの炎が、その証かもしれませんから」  その言葉が、胸の奥に重く残った。  俺は、そっと右耳のイヤホンに触れる。  これまで何度も俺を守ってきたもの。  同時に、俺自身が恐れているものでもある。  ゆっくりと、イヤホンを外そうとする。  その瞬間――。 「待て」  風宮さんが俺の手を掴んだ。 「今は、まだ耐えろ」  俺は風宮さんを見る。  その表情には、いつもの冷静さとは違う、強い意志が宿っていた。  俺は一度、カマエルへ視線を戻す。  そして、イヤホンから手を離した。 「……分かりました」  今はまだ、この力を使う時じゃない。  そう自分に言い聞かせる。  そのときだった。 「カマエル様」  背後から、男の声が聞こえた。  俺たちは一斉に振り返る。  そこに立っていたのは――鳥山宗一郎。  そして、その隣にはシエリオがいた。 「……鳥山総括官?」  花江さんが驚いたように呟く。  鳥山は答えない。  ただ、カマエルへ向かって歩いていく。  そして、そのまま彼女の隣に立った。  シエリオも続く。  三人が、並んだ。  カマエル。  鳥山。  シエリオ。  俺たちの前に、三人が姿を現した。  俺は思わず息を呑む。  ――戦いが、始まる。

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