遥 / 第21話

21話 約束

 月曜日の朝。  二年A組の教室では、窓から差し込む柔らかな初夏の日差しが、静かに室内を照らしていた。  碧羽はすでに自分の席に着き、本を読み進めている。  ガラガラ――。  教室のドアが開いた。 「おはよー……」  大きなあくびをしながら入ってきたのは、蒼太だった。 「おはよう、蒼太」 「はぁー……月曜日って、やっぱ眠いなー」 「ふふっ。それ、毎週言ってるよね」  そんな他愛もない会話を交わしていると、再びドアが開いた。  俺――橙真が教室へ入る。  右耳には、いつものようにイヤホンをつけていた。 「おはよう」 「おう、橙真!  「おはよう!」  いつも通りの朝。    いつもの教室。  一昨日の土曜日に起きた、あの恐ろしい怪物との戦い。  身体を焦がすような炎の熱気。  それらが、まるで遠い夢だったのではないかと思えるほど、穏やかな時間が流れていた。  俺は何気なく、右耳のイヤホンに触れた。 (……大丈夫だ)  今は何も問題ない。  そう自分に言い聞かせるように、俺は自分の席へ腰を下ろした。 ***  それから、午前の時間はあっという間に過ぎていった。  待ち望んでいた昼休み開始のチャイムが鳴る。 「あー、やっと昼休みの時間だー!」 「そうだねー」 「やっぱり、月曜日の授業はめんどいよな」 「いや、蒼太はそれ、毎日言ってる気がするけどな」 「うん。たしかに毎日、毎週言ってる気がする」 「え、俺そんなに言ってるのか?」 「ああ」 「うん」 「お前ら、タイミングぴったりかよ!」 「たまたまだよ」 「そうそう、たまたま」 「そうなのか?」 「ああ」 「うん」 「またタイミングぴったりじゃねぇか!」  教室に、俺たちの笑い声が響く。 「ていうか、そんなことより、そろそろ食堂へ行かないと咲が来ちゃうんじゃない?」 「おお、そうだな!」 「それじゃあ、行くか」  俺たちは教室を出て、食堂へ向かった。 ***  俺たち四人は、賑やかな食堂のテーブル席に集まっていた。  蒼太が唐揚げを次々と口へ放り込み、満足そうに顔をほころばせる。 「うひょー! 今日の定食、当たりだな!」 「蒼太、量が多くないの? どんぶり飯に唐揚げって……」 「これくらい楽勝だろ! 成長期だからな!」 「ふふっ、蒼太先輩、本当にすごい量ですね」  そんな穏やかな時間の中。  咲が、ふと箸を置いた。  どこか緊張した面持ちで、俺たちの顔を順番に見つめている。 「……あの、今度の日曜日、みなさんご予定とか空いてますか?」 「ん? どうした、咲?」 「もしよかったら……みなさんと、遊びに行けたらいいなと思ってまして」  蒼太が、ぱっと表情を輝かせた。 「いいじゃん! 遊びに行こうぜ!」 「うん、私も空いてる」 「俺も予定はないな」 「本当ですか!?」  咲の顔が、一気に明るくなる。 「えっ、駅近のショッピングモールとかどうでしょうか?」 「おお! あそこなら何でもあるから、いいな!」  蒼太が身を乗り出す。 「日曜日の朝十時に、駅の改札前集合でいいか?」 「はい!」  咲が満面の笑みで頷いた。 「すごく楽しみです!」  その笑顔を見て、俺も自然と口元が緩んだ。  やがて昼休み終了のチャイムが鳴り、俺たちはそれぞれの教室へ戻っていった。 ***  放課後。  俺たち四人は、校門へ向かって並んで歩いていた。 「じゃ、俺と碧羽は部活行くわ! 日曜の約束、絶対忘れるなよー!」 「橙真、忘れちゃダメだからね」 「わかってるよ」  蒼太と碧羽が部活へ向かい、校門前には、俺と咲の二人だけが残った。  俺たちは、ゆっくりと下校道を歩き出す。 「……日曜日、本当に来てくれるんですよね?」 「まあな。みんなで約束したんだから、行くに決まってるだろ」 「ふふっ、よかったです。私、学校の友達と休日に遊びに行くの、実は初めてなんです」 「俺も……あんまり友達と遊びに行かないからな」 「え、蒼太先輩と遊びに行ったりしないんですか?」 「うーん。たしかにあいつとは昔から遊んでいるけど、自然の中で遊ぶことが多かったからな」 「そうなんですね」  夕風が吹き抜ける。  傾きかけた夕日が、歩道に俺と咲の影を長く伸ばしていた。  やがて、咲の家へ続く分かれ道が見えてくる。 「日曜日……すごく楽しみにしていますね」  咲が笑顔で言った。  俺はそっと、右耳のイヤホンに指先で触れた。 「あれ? 橙真先輩、楽しみじゃないんですか?」 「……」  俺は一瞬だけ視線を落とした。 「……もちろん、楽しみだよ」  そう答えると、咲は笑顔を見せた。 「ふふっ、よかったです!」  そして、何度も手を振りながら帰っていく。 「それじゃあ、また明日、学校で!」 「おう。また明日」  遠ざかっていく咲の背中を、静かに見送った。  心地よい風が吹く。  どこまでも穏やかで、いつも通りの月曜日だった。 ***  ――この時の俺たちは、まだ知らなかった。  楽しみにしていた日曜日。  四人で笑って過ごすはずだった、何気ない休日。  その先に待っている出来事が、俺たちの運命を大きく揺るがすことになるなんて。  そして、この日の約束が、やがて取り返しのつかない出来事へとつながっていくことを。

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