遥 / 第98話

97話 調査開始

 神社の北側。  俺――橙真は風宮さんと並び、荒れ果てた場所を抜けながら林の中へと進んでいた。  足元には、先日の戦闘で砕けた石や折れた枝がいくつも散らばっている。  少し離れた場所には、邪神体の攻撃によって大きくえぐられた地面も残っていた。 「こっちです」  俺が前を歩きながら、以前に邪神体が現れた場所へ向かって案内する。 「分かった。周囲の状態も確認しながら進もう」 「はい、わかりました」  風宮さんはそう答え、手にした端末へ周辺の状況を記録していく。  しばらく歩いていると、ふと先日のことを思い出した。 「あ、そういえば、ガブリエルは任務の報告に行きましたか?」 「ああ、来たぞ。そのとき、しばらく会えなくなると言っていた」 「……そうですか」 「お前たちにも、そう言っていたんだろ?」 「はい……俺たちにも、そう言って姿を消しました」 「そうか」  それだけの短いやり取りだった。  けれど、あの夜に別れたガブリエルたちの姿が、ふと頭の中に浮かんだ。  また会える。  そう言ってくれていたはずだ。  俺は小さく息を吐き、前を向き直る。 「ここです」  俺の声で、風宮さんは足を止めた。  目の前には、先日の戦闘によって荒れ果てた場所が広がっていた。  地面にはいくつもの亀裂が走り、木々の幹には深い傷が残っている。 「ここです。邪神体が現れたのは」 「かなり荒れているな」 「はい」  俺はしゃがみ込み、地面へ手を伸ばした。  邪神体が移動した跡や、攻撃の爪痕を一つずつ確かめていく。 「……」  けれど、何かがおかしい。  激しい戦闘の痕跡というだけなら、これほど胸の奥がざわつくことはないはずだ。  まるで――この場所そのものに、不吉な何かが残っているような感覚。 「日向?」 「……いえ」  俺は首を横に振った。 「何でもないです」  まだ、この胸の違和感をうまく言葉にできなかった。  俺と風宮さんは、その後もしばらく北側の調査を続けた。 ***  一方、境内中心部。  私――碧羽は、数人の防災対策課の職員とともに荒れた場所を歩いていた。 「この辺りから、先日の戦闘跡ですね」  職員の一人が資料を確認しながら言う。 「はい。邪神体との戦闘は、境内全体へ広がっていました」  私は足元へ視線を落とした。  砕けた石畳。  折れた木の枝。  地面に残る無数の傷。  そして、異様に焼き焦げている地面。  どれも先日の激しい戦いを物語っている。 「……あのときは、周りを見る余裕なんてなかったな」  私は小さく呟いた。 「無理もありません。あの規模の邪神体でしたから」  職員が静かに答える。  私は境内の社殿や石灯籠、参道、そして周囲を取り囲む木々を丁寧に見回した。  戦闘で壊れた場所だけでなく、その周辺まで細かく調べていく。 「こちらは異常ありません」 「分かりました」  別の場所へ移動し、しゃがみ込んで地面を確認する。  特におかしな痕跡が残っているわけでもない。  それでも――。 「……変ですね」 「何かありました?」 「いえ……」  私は困ったように首をかしげた。 「ただ……嫌な感じがするんです」 「なら、もう少し詳しく調べてみましょうか」 「お願いします」  私は再び境内の奥へと歩みを進めた。 ***  同じ頃、神社の南西側。  俺――蒼太と花江さんは、深い林の中を進んでいた。  木々の間から差し込む光は少なく、昼間だというのに辺りは薄暗い。 「この辺りですね」  俺は足を止め、周囲の地形を見渡した。 「以前、ここで邪神体と戦ったの?」 「はい。この辺りで戦いました」  俺は警戒を怠らず、足元や木々を観察する。  踏み荒らされた土。  折れた木。  大きくえぐられた地面。  残された痕跡を一つずつ確認しながら、少しずつ奥へ歩を進めた。  一歩、二歩。  さらに深くへ。  そして――。 「ん?」  俺は足をピタリと止めた。 「どうしたの、蒼太くん?」  後ろを歩いていた花江さんが、不審そうに尋ねる。  俺は無言のまま、前方を見つめていた。 「前に来たとき、こんな木、前からあったかな」  視線の先。  そこには、周囲の雑木林とは明らかに異質な、巨大な一本の大木がそびえ立っていた。  幹は、大人が何人集まっても抱えきれないほど太い。  何本もの枝がねじれるように伸び、まるで空を覆うように広がっている。  樹皮は周囲の木々よりも黒ずんで見え、その圧倒的な存在感だけが、林の中で不気味に浮かび上がっていた。  俺は引き寄せられるように、ゆっくりと近づいていく。 「大きいな、これ……」  さらに距離を詰めた、その瞬間だった。 「……っ」  突如として、俺は足を止めた。 「どうしたの?」 「なんだ、これ?」  うまく言葉にできなかった。  ただ、その巨木からは、不気味な違和感が漂っていた。  近づけば近づくほど、胸の奥底で不吉な予感が激しく騒ぎ立てる。  まるで、目の前の巨木そのものが、何かを訴えかけているようだった。  花江さんも俺の様子に気づき、表情を引き締めた。 「何か感じる?」 「分からないです。でも、普通の木じゃない気がします」  しばらく巨木を見上げていた俺だったが、意を決してポケットへ手を伸ばした。 「花江さん、風宮さんに連絡してもいいですか?」 「すぐに連絡しましょう」  スマホを取り出し、素早く画面を操作する。  風宮さんの名前を選択し、通話ボタンを押した。  呼び出し音が静かな林に響く。  一回、二回……。  俺は異様な大木を見つめたまま、スマホを耳へ当てた。  そして――。 「風宮さん、聞こえてますか? 少し不気味なものを見つけました」  この場所に新たな真実が隠されていることを、俺たちはまだ知らなかった――。

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