遥 / 第176話
130話 あの日の真実
風が吹いていた。
戦いが終わったばかりの場所には、焼け焦げた地面と砕けた岩が残っている。
俺たちの前には、カマエルが立っていた。
蒼太は拳を握り、碧羽は弓を構えている。
風宮さんも剣に手をかけ、花江さんはいつでも光を放てるよう身構えていた。
咲は俺のすぐ隣にいる。
俺は右腕へ視線を落とした。
戦いが終わり、指先から始まった灰化は、手の甲を越えて手首まで広がっている。
まだ、痛みはない。
けれど、このまま進めばどうなるのかは分かっていた。
「カマエル」
「はい」
「全部、話してくれ」
カマエルは黙って俺を見つめる。
「十一年前のことも」
左耳に触れる。
そこにはもう、イヤホンはない。
「俺にプロメテウスの力が宿った理由も。お前が俺を生かした理由も」
そして、灰になり始めた右腕を見る。
「この灰が必要な理由も」
「……分かりました」
カマエルは静かに答えた。
「あなたは十一年前、火災の中で一度、命を失いました」
咲が息を呑む。
俺は黙って聞く。
「その死の直前、あなたの中でプロメテウスの力が目覚めたのです」
「……俺が死んだから?」
「正確には、死の境界で力が反応したのです」
あの日の記憶が蘇る。
燃え上がる炎。
黒い煙。
崩れた梁。
父さんと母さんの声。
そして――何も聞こえなくなった瞬間。
「プロメテウスの力は、古代に完全に消滅したわけではありません。その力の一部は、この世界に残っていました」
「それが……俺の中で目覚めた」
「はい」
「どうして俺だったんだ」
「あなたが炎の中で命を失ったからです」
その言葉に、俺は拳を握った。
あの炎が。
俺の死が。
すべての始まりだった。
「ですが、当時のあなたの力は不完全でした」
カマエルの視線が、俺の左耳へ向く。
「目覚めたばかりの力を、あなたの身体は受け止められなかった」
「だから、イヤホンを付けたのか」
「はい」
「力を抑えるために」
「それだけではありません」
カマエルは淡々と答えた。
「あなたの身体を安定させるためです」
俺は目を伏せる。
十一年前。
俺が再び生きられたのは、あのイヤホンがあったからだった。
「……俺を助けたわけじゃなかったんだな」
「あなたを生かしておく必要がありました」
蒼太が眉をひそめる。
「それって、結局利用したってことだろ」
「否定はしません」
カマエルの声に迷いはない。
「私は、あなたの力が完全に定着するのを待っていました」
その言葉が胸に刺さる。
「……ずっと?」
「はい」
右手首に、また違和感が走った。
「……っ」
灰化が少し進む。
手首から前腕へ。
灰が地面へ落ちた。
「橙真先輩!」
咲が声を上げる。
「大丈夫」
そう言ったものの、声に力が入らない。
カマエルは落ちた灰へ視線を向けた。
「そして今、あなたの力は完成しました」
「……今回、イヤホンを外したからか」
「はい」
「プロメテウスの力を、完全に解放した」
「その結果、代償が現れたのです」
俺は右腕を見る。
「この灰が……その代償か」
「そうです」
カマエルは頷く。
「完全に定着した力を限界まで使ったことで、あなたの身体は少しずつ灰へ変わっています」
碧羽が不安そうに尋ねる。
「止める方法はないの?」
「ありません」
花江さんがカマエルを見る。
「治癒の力でも?」
「戻りません」
「どうして……」
「これは傷ではないからです」
カマエルは静かに言う。
「力を使ったことで支払った代償です」
「……代償は、治らない」
「はい」
「お前でも?」
「私でもです」
その答えを聞いた瞬間、咲が俯いた。
「……嫌です」
小さな声だった。
「咲……」
「そんなの、嫌です」
咲は顔を上げる。
「橙真先輩が、このままいなくなるなんて……」
俺は何も言えなかった。
カマエルは咲を一瞬だけ見つめる。
けれど、それ以上は何も言わず、俺へ視線を戻した。
「あなたの身体が灰になることは、止められません」
「……だったら」
俺はカマエルを見る。
「お前がずっと待っていたっていう、その灰は……何のために必要なんだ」
カマエルは答えるまで、少しだけ間を置いた。
「私に必要だからです」
「答えになってない」
「今は、それ以上を話すことはできません」
蒼太が怒鳴る。
「橙真の命を使っておいて、それだけか!」
カマエルは何も言わない。
俺は右腕を見る。
灰化は前腕の途中まで進んでいた。
そして――
「……っ」
左手の指先にも、灰色の変化が現れた。
碧羽が息を呑む。
「左手まで……」
花江さんが光を当てる。
しかし、変化は止まらない。
俺は自分の両手を見つめた。
少しずつ。
本当に少しずつ。
俺は失われていく。
そのとき、カマエルが懐から小さな瓶を取り出した。
「……何だ、それ」
「あなたの灰を回収するためのものです」
カマエルは俺たちの前へ歩き、その瓶を地面に置いた。
「あなたから落ちた灰は、この瓶へ集まります」
「自動で?」
「はい」
蒼太が瓶を睨む。
「そんなもの、置いていくつもりか」
「そうです。そして私は、一度ここを離れます」
「待てよ」
俺が呼び止める。
カマエルは振り返った。
「俺がどうなるまで待つつもりだ」
「あなたが完全に灰になるまでです」
背筋が冷たくなる。
「そのあと、また来ます」
「……灰を取りに?」
「はい」
「何のために使うのかは……」
「まだ、あなたが知る必要はありません」
白い光がカマエルの身体を包み始める。
咲が一歩前へ出る。
「待ってください!」
カマエルは咲を見る。
ほんの一瞬だけ、その表情が変わった。
けれど、何も言わない。
次の瞬間、白い光が強くなる。
「では、また会いましょう」
カマエルの姿が消えた。
あとには、俺たちと小さな瓶だけが残された。
風が吹く。
右腕から、灰が一粒落ちた。
地面へ触れる前に、灰がふわりと浮かび上がる。
そして、瓶の中へ吸い込まれていった。
俺はその光景を黙って見つめる。
カマエルは、俺が完全に灰になるのを待っている。
その灰で何をするのか。
それだけは、まだ分からなかった。