遥 / 第30話

30話 3人の選択

 月曜日の朝。  朝の光が、教室へ静かに差し込んでいた。  すべてがいつも通りだった。  それなのに、俺たち三人にとって、いつもとは少しだけ景色が違って見えていた。  隣の席で、蒼太が机にガバッと突っ伏す。 「……昨日の情報量が多すぎるだろ」  後ろの席の碧羽も、苦笑いを浮かべながら息を吐いた。 「ふふっ、そうだね。まさか、防災対策課と本格的に関わることになるなんてね……」  俺――橙真は、黙って窓の外を眺めていた。  防災対策課で聞いた邪神体の真実。  覚醒者に課せられる、恐ろしい『代償』。  そして――『仮所属にならないか』という風宮さんからの提案。  様々な言葉や思いが、頭の中を渦巻いていた。  そんな俺たちの葛藤を置き去りにするように、学校の授業はいつも通り淡々と進んでいく。  昼休みが過ぎ、放課後になる。  何も変わらない、いつもの日常。  だが俺たち三人は、それぞれ胸の奥で『仮所属』について考えていた。  火曜日、水曜日と、時間だけが過ぎていく。 ***  木曜日、放課後。  終業を告げるチャイムが校内に鳴り響いた。  蒼太が勢いよく立ち上がる。 「部活行ってくるわ!」  碧羽も静かに自分のカバンを持ち上げた。 「私もそろそろ弓道場に行かないと」 「それじゃあ、途中まで一緒に行くか」 「うん」 「おう!」  三人は揃って教室を出た。  賑やかな廊下を歩き、階段を下りて昇降口へ向かう。  そこには、すでに咲がぬいぐるみを抱えて待っていた。 「橙真先輩」  俺は軽く片手を上げる。 「咲」  蒼太がいつものようにニッと笑った。 「今日も橙真と一緒に帰るのか?」  咲も少しだけ笑みを浮かべて頷く。 「はい」  碧羽が柔らかく微笑んだ。 「それじゃ、私たちはここで分かれるね。橙真、咲。また明日」  蒼太もカバンを肩にかけ直す。 「じゃあな、また明日!」 「おう、また明日」  蒼太はグラウンドへ、碧羽は弓道場へ向かっていった。  俺と咲は並んで校門を出る。  五月の終わり。  初夏の明るい日差しが、住宅街の道を照らしていた。  しばらく無言で歩いた後、咲がふと口を開く。 「……橙真先輩たち、最近ずっと難しそうな顔で考え事してますよね」  俺は苦笑いを浮かべた。 「……そんなに分かりやすいか?」 「はい。かなり分かりやすいですよ」 「咲に言われるって相当だな……」 「そうですね」  穏やかな沈黙が流れる。  初夏の爽やかな風が、二人の間を吹き抜けていった。  咲はまっすぐ前を見つめたまま、静かな声で言う。 「日曜日の、あの戦いの後に何があったか、今はまだ詳しく聞きません。……でも、無理だけはしないでくださいね」  俺は思わず足を止めた。  咲も足を止め、振り返る。 「橙真先輩が、苦しそうな顔をしているのは嫌ですから」  傾き始めた日差しが、俺たち二人を優しく包み込んでいた。  咲のまっすぐな瞳と温かい言葉。  その瞬間、胸の奥に引っかかっていた重い迷いが、少しずつほどけていくのを感じた。  俺は、ほんの少しだけ笑みを浮かべる。 「……ありがとうな、咲。おかげで、決心がついたよ」  咲も心から安心したように、笑顔を見せた。 「それなら、よかったです」 ***  金曜日の昼休み。  雲一つない青空が広がる屋上で、蒼太がジュースを片手に口を開いた。 「俺、仮所属の話は決めたわ」 「……俺は?」  思わず聞き返すと、蒼太がニッと笑う。 「俺は、だよ!」  碧羽がクスッと笑った。 「ふふっ、私も決めたよ」  蒼太が不敵に笑う。 「風宮さんに手も足も出ず負けたまんまなんて、絶対に嫌だからな!」  碧羽も力強く頷いた。 「私も、今のままじゃダメだと思う。もっと強くなりたい」  二人の熱い視線が俺へと向けられる。  俺は静かに空を見上げた。 「……俺も、決めたよ」 ***  土曜日。  駅前の待ち合わせ場所に、俺たち三人は集まっていた。  蒼太が嬉しそうに笑う。 「結局、全員揃ったな!」  碧羽も小さくクスッと笑った。 「そうだね。橙真は来ないって思ってたんだけど」  俺は前を見据えながら苦笑いする。 「いやいや。俺だって、咲に背中を押されて決心がついたんだよ」 「なんだよそれ! 咲のおかげかよ!」 「ふふっ。咲が橙真の背中を押してくれたんだ。それなら納得だね」  俺は二人を見る。 「それじゃあ……全員の覚悟が決まったところで、防災対策課に向かいますか」 「おう!」 「うん」 ***  俺たち三人は、防災対策課へと向かった。  施設に入り受付を済ませると、丁寧な受付嬢から告げられた。 「風宮室長から、以前お越しいただいた会議室でお待ちいただくよう、伝言をお預かりしております」  俺たちは静かな廊下を通り、あの会議室のドアを開けた。  中に入ると、風宮さん、花江さん、月影さんの三人が、すでに揃って待っていた。  風宮さんが静かに口を開く。 「……答えは決まったようだな」  俺は一歩前へ出る。 「はい」  蒼太と碧羽も、俺の左右に並び立った。 「俺たち三人は、防災対策課に仮所属になります」  風宮さんは力強く頷く。 「……そうか」  花江さんは表情を明るくして微笑んだ。 「これからよろしくね!」  月影さんも短く告げた。 「歓迎する」  風宮さんがゆっくりと立ち上がる。 「これより、日向橙真、水沢蒼太、風間碧羽の三人を、防災対策課・仮所属覚醒者として正式に認める。これに伴い、施設の一部利用を許可する。訓練設備も自由に使って構わない」  蒼太が目を輝かせる。 「本当に、自由に使っていいんですか!?」  花江さんが温かく頷いた。 「もちろん、いいよ!」  風宮さんが言葉を重ねる。 「ただし、俺たちが直接特訓に付き合えるのは、水曜日、土曜日、日曜日の三日間だ。当然だが、邪神体が出現した場合は特訓は即座に中止する」  碧羽が尋ねる。 「特訓では、具体的にどんなことを教えていただけるんですか?」 「俺は、身体の使い方や戦闘の基本など、基礎を徹底的に叩き込む」  続けて、月影さんが口を開いた。 「私は実戦での立ち回りや、瞬間的な状況判断など、戦闘時の応用を教えよう」  花江さんが手を挙げる。 「私は座学を担当するね。邪神体の知識や覚醒者についての講義。それから、戦術の組み立て方を教えてあげる」  風宮さんが俺たち三人をまっすぐに見つめる。 「特訓は基本一対一で行い、担当は週ごとに交代する――俺たち三人から、あらゆる戦い方を学べ」  蒼太が思わず笑ってしまう。 「なんか、本格的な学校みたいですね!」  花江さんも楽しそうに笑った。 「ふふっ、確かにそんな感じかもね」 ***  穏やかな空気が、室内を満たしていた。  今まで、俺たち三人だけで手探りのまま戦ってきた。  誰にも頼れず、誰にも知られることなく、孤独に戦ってきた。  だが今は、もう違う。  目の前には、頼れる大人の強者たちがいる。  強くなるための場所がある。  そして――何としても守りたい、平和な日常がある。  風宮さんが、最後の確認のように俺たちを見つめた。 「これから先、邪神体との戦いはさらに苛烈を極める……それでも、前に進むか?」  俺は迷いなく、深く頷いた。 「はい!!」  蒼太も力強く頷く。 「もちろんだぜ!!」  碧羽も凛とした瞳で頷いた。 「はい!」  窓から暖かな光が差し込み、俺たちを照らし出す。  新しい場所。  新しい指導者たち。  そして、変わらない仲間たち。  俺たちの目の前に、新たな道が広がっていた。  三人は誇らしく、静かに前を見据えていた。

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