遥 / 第151話

105話 扉の完成

 日本へ集まった神々と天使たちを見て、私――ミカエルは息を呑んだ。  ゼウス。  スカディ。  インドラ。  オオクニヌシ。  そして、世界中から集まった数え切れないほどの神々と天使たち。  これほど多くの神々が、一つの場所へ集まる光景を、私は見たことがない。  けれど――誰も喜んではいなかった。  私たちの目の前には、世界中で災害を引き起こしている存在――カタストロフがいる。  巨大な黒い身体。  その周囲には、雷、暴風、地震、津波――あらゆる災害の力が渦巻いている。 「来る!」  ガブリエルの声と同時に、巨大な雷が落ちた。  私は盾を構え、そこへ炎を纏わせる。  次の瞬間、雷が盾を直撃した。  ――バリィィン!  凄まじい衝撃が腕へ伝わってくる。 「くっ……!」  私は歯を食いしばりながら、雷の勢いを受け流した。  その隙を狙い、ガブリエルが大剣を振り抜く。  黒い身体が大きく裂ける。  続けてウリエルの槍が突き刺さり、サリエルの矢がカタストロフを貫く。  ラグエルの斧が、大地ごと叩き割った。  私も剣へ炎を纏わせる。 「はあっ!」  振り抜いた剣から、赤い炎の斬撃が走る。  炎がカタストロフの身体を焼き尽くした。  けれど――倒れない。  傷口から黒い煙が噴き出し、裂けた身体が再び形を取り戻していく。 「……強すぎる」  思わず声が漏れた。  神々も必死に戦っている。  けれど、今の神々は以前ほどの力を持っていない。  人々の信仰が失われたことで、神々自身の力も弱まっている。 「ミカエル!」  ガブリエルの声が飛んでくる。 「分かってる!」  私は盾を構え直す。  カタストロフが巨大な腕を振り下ろした。  盾へ炎を纏わせ、正面から受け止める。  ――ドンッ!  身体が後ろへ押し込まれる。  足元の大地が砕けた。 「このくらい……!」  私は歯を食いしばり、踏みとどまる。  そして盾を押し返し、カタストロフの腕を弾き飛ばした。  その隙に、ガブリエルたちが一斉に攻撃を仕掛ける。  けれど――傷をつけることすらできなかった。  私たちは、少しずつ理解し始めていた。  これは――普通に戦って勝てる相手ではない。  そのときだった。 「全員、下がれ!」  ゼウスの声が響く。  私たちは一斉に距離を取った。  ゼウスを中心に、スカディ、インドラ、オオクニヌシ。  さらに世界各地から集まった神々が、それぞれに残された力を解放していく。  神々の様々な力が重なり合い、地面へ流れ込んでいく。 「何をするの?」  私は空中から降りながら、ラファエルへ尋ねた。 「カタストロフを閉じ込めるための世界を作るの」 「閉じ込める……?」 「ええ。ここにいる神々の力を使って、新しい空間と扉を作るの」  私は目の前を見つめた。  何もなかった空間が、ゆっくりと歪んでいく。  やがて光が広がり、その奥に別の世界が生まれ始めた。  静かな世界だった。  災害もない。  風もない。  ただ、どこまでも続く静寂だけが広がっている。  そして、その入口に――巨大な扉が現れた。 「……これが、扉」  私は呟く。  けれど、完成したように見える扉は、まだ激しく揺れていた。  表面には細かな亀裂が走っている。 「まだ安定していない」  ラファエルが扉へ近づく。 「カタストロフを閉じ込めるには、この扉を完全に安定させる必要があるわ」 「どうすればいいの?」  ラファエルは答えなかった。  代わりに、プロメテウスが前へ出る。 「まずは、鍵を作ろう」  そう言って、両手を掲げた。  淡い光が集まっていく。  光は次第に細長くなり、一本の鍵へと姿を変えていった。  その瞬間――プロメテウスの身体から、力が抜ける。 「プロメテウス!」  私は慌てて駆け寄った。 「大丈夫だ」  彼は笑っている。  けれど、私には分かった。  もう、彼から神の力を感じない。 「……力を全部使ったの?」 「ああ」  プロメテウスは完成した鍵を見つめる。 「この鍵がなければ、最後に扉を閉じることはできない」  そして、カマエルへ鍵を差し出した。 「君がこれを使ってくれ」 「私が?」 「ああ。最後まで失くさないでくれ」  カマエルは静かに頷いた。 「分かった。私が守る」  鍵がカマエルの手へ渡る。  その直後――扉が大きく揺れた。 「まだ足りない……!」  ラファエルが叫ぶ。  扉を安定させるには、もっと力が必要だった。  すると、一人の天使が扉へ歩いていく。 「私が行く」 「待って!」  私はその腕を掴んだ。 「何するつもり?」  天使は、穏やかな顔で私を見る。 「この扉を安定させる」 「でも……」 「大丈夫」  天使は私の手をそっと外した。 「私は、自分で決めたんだ」  次の瞬間――その身体が白い光に包まれた。 「……!」  光は無数の粒子へと変わり、扉へ吸い込まれていく。  扉が少し安定する。  その光景を見て、私は動けなかった。  仲間が消えた。  そう思った。  けれど――扉の中には、確かに彼の力が残っている。 「……私も行く」  別の天使が前へ出た。 「待って!」  私は叫ぶ。 「一人で十分じゃないの!?」 「まだ扉は安定していない」  そう言って、その天使も光へと変わった。  また、少し安定する。  そして、さらに一人。 「私も」 「僕も行こう」 「この世界を守るためなら」  一人ずつ。  本当に、一人ずつだった。  誰かが光になり、その姿を見た別の誰かが、自分も行くと決める。  私は拳を握りしめた。 「……やめてよ」  涙が頬を伝う。 「みんながいなくなる必要なんて、ないでしょ……」  けれど、誰も止まらない。  強制されているわけではない。  命令されているわけでもない。  みんな、自分自身で選んでいる。 「ミカエル」  ラファエルが私の肩へ手を置く。 「みんな、同じ気持ちなの」 「……」 「世界を守りたい。だから、自分にできることをやってる」  私は扉を見る。  そこには、消えていった仲間たちの力が宿っている。 「……分かった」  私は涙を拭った。 「だったら、絶対に無駄にしない」  そのときだった。 「来るぞ!」  ガブリエルの声が響く。  振り返る。  カタストロフが、こちらへ迫ってきている。 「まだ戦いは終わっていない!」  私は剣と盾を構え、両方へ炎を纏わせた。 「行くよ!」  ガブリエルが大剣を構える。  ウリエルが槍を握る。  ラグエルが斧を振り上げる。  サリエルが弓を引く。  私たちは一斉に飛び出した。  剣を振り抜く。  炎を纏った斬撃が、カタストロフの身体を焼く。  盾で攻撃を受け止め、その勢いを利用して押し返す。  ガブリエルたちも、次々と攻撃を重ねていく。  私たちは一歩ずつ前へ進む。  一歩。  また一歩。  カタストロフの巨体が、少しずつ後退していく。  その先にあるのは――仲間たちが命を懸けて作った扉。  カタストロフが、さらに一歩後ろへ下がる。  扉との距離が、少しずつ縮まっていく。 「あと少し……!」  私は剣を握り直した。  カタストロフが咆哮する。  大地が揺れる。  空が震える。  それでも、私たちは退かない。  扉は、もうほとんど安定している。  カマエルは鍵を握りしめている。  プロメテウスは力を失いながらも、扉を見つめていた。  そして――私たちはカタストロフを、扉の目の前まで追い詰めた。 「……ここまで来た」  私は息を切らしながら呟く。  カマエルが、鍵を握る手に力を込めた。  扉が、静かに開く。  その先には、何もない静かな世界が広がっている。  あと一歩。  あと一歩、押し込めば、カタストロフを閉じ込めることができる。  私は剣を構え直した。 「みんな……後もう少しだけ」  カタストロフが、最後の抵抗を見せるように巨大な身体を震わせた。  凄まじい力が、周囲へ放たれる。 「――来る!!」  私たちは身構えた。  封印は、まだ始まっていない。  けれど――その瞬間は、もう目の前まで来ていた。

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