遥 / 第34話

34話 初めての出動

 土曜日の朝、午前八時半頃。  青空が広がる駅前の広場には、碧羽がすでに到着して待っていた。  しばらくすると、私服姿の蒼太が軽快な足取りで歩いてくる。 「碧羽、おはよう」 「蒼太、おはよう」  蒼太は周囲をキョロキョロと見回した。 「橙真はまだ来てないみたいだな」 「うん、まだみたい」  その直後。  人混みを抜けて、俺――橙真が二人のもとへ歩いていく。  二人の姿に気づくと、左耳のイヤホンをすっと外し、ポケットへ収めた。 「悪い、待たせた?」  蒼太は笑みを浮かべて首を横に振る。 「いや、俺たちも今来たところだ」  碧羽も優しく微笑みながら頷いた。 「じゃあ、そろそろ行こうか」  俺たち三人は並んで歩き出し、防災対策課へ向かった。 ***  午前九時。  俺たちは防災対策課に到着した。  ガラス張りのエントランスへ足を踏み入れる。 「おはようございます!」  三人が一斉に深く頭を下げる。  正面で待っていた風宮さんが静かに頷いた。 「時間通りだな」  隣に立つ花江さんが、優しく微笑みかける。 「とりあえず、更衣室で着替えてきてね」 「「「わかりました!」」」 ***  俺たちは一度分かれ、それぞれの更衣室へ向かった。  男子更衣室に入ると、蒼太は黒い訓練服へ素早く着替えながら笑う。 「なんだか、この服にも少しずつ慣れてきたな!」  俺は脱いだ私服を畳みながら返事をする。 「着るのは二回目だけどな」 「あはは、たしかにそうだな!」  一方、女子更衣室では碧羽も黒い訓練服へ着替え、鏡の前で髪をしっかりと結び直していた。 「よし、今日も頑張ろう」 ***  着替えを終えた俺たちは、広大な第一訓練場へ集まった。  前に出た風宮さんが、重々しい声で告げる。 「基礎トレーニングを開始する。メニューは水曜日と同じだ。始めろ!」 「「「はい!」」」  俺たちは一斉にトラックコースへ駆け出した。  十キロのランニングから始まり、腹筋、腕立て伏せ、スクワットを休む間もなくこなしていく。  基礎トレーニングを終える頃には、すでに全身から大量の汗が噴き出していた。  蒼太は大きく息を吐き出す。 「ふぅ……前よりは少しだけ楽に感じるな!」  碧羽もタオルで汗を拭いながら深呼吸する。 「うん、少しだけ身体が慣れてきました」  俺も肩で荒い息をつきながら、なんとか立っていた。 「でも、相当きついけどな」  風宮さんが俺たちの様子を見て、満足そうに頷いた。 「よし。ここから個別訓練に移る」 ***  俺は前回と同様、静かな会議室へ移動した。  椅子へ深々と腰を下ろすと、花江さんが周辺地域の地図や作戦資料を机の上へ広げていく。  ふと、花江さんの視線が俺の右耳へ向けられた。 「橙真くん」 「……はい?」 「初めて会った時から思ってたんだけど、右耳にずっとイヤホンをつけているよね?」 「……そうですね。昔からの癖みたいなものなんです」 「そうだったんだね。ずっと気になってたの。あっ、外しなさいって意味じゃないからね?」 「気遣いありがとうございます」 「それじゃあ、始めよっか」 「はい」  花江さんは立体地図の上に指を置いた。 「それじゃあ、今日は水曜日の続きから始めるよ」 「はい、よろしくお願いします」  花江さんは複雑な地形が描かれた地図を指差した。 「最前線で味方が孤立しているこの状況なら、橙真くんはどこへ移動する?」  俺は地図上の仲間の位置、想定される邪神体の出現地点、避難経路を冷静に確認した。 「……ここです」 「理由は?」 「ここなら、全員の動きを把握しつつ、どの場所にもすぐに支援へ入れるからです」  花江さんは嬉しそうに頷いた。 「正解! 私も同じ場所を選ぶよ。こういう風に、そのときの状況に応じて対応を変えていけるようにね」 「はい」 ***  広大な訓練場では、風宮さんが複数の硬質なボールを手にしていた。 「水沢、能力は水曜日と同じく使用禁止だ。今日はボールの数を増やし、速度も上げる」 「はい!」  風宮さんのしなるような腕から、猛烈な勢いでボールが次々と放たれていく。  俺――蒼太は身体を捻り、最小限の動きで避ける。  受け止めるべき攻撃と、避けるべき攻撃を瞬時に見極める。  どうしても回避できない一球だけを、拳で的確に叩き返した。  風宮さんは、それを見て小さく頷いた。 「……判断が早くなったな」  俺は汗を拭いながらニッと笑う。 「はい! 風宮さんが言っていたこと、少しずつ分かってきました!」 ***  照明が落とされた薄暗い訓練場の一角。  月影さんの静かな声が暗闇に響く。 「風間、能力の使用は前回に引き続き禁止だ。始めるぞ」 「はい!」  薄闇の中に、移動する標的が現れた。  水曜日のときよりも、はるかに動きが速く、不規則だ。  私――碧羽は深く息を整え、弓を限界まで引き絞る。  放たれた一射目が、移動する標的の中心を見事に射抜いた。  間髪入れずに放たれた二射目も、吸い込まれるように命中する。  だが、さらに標的の速度が上がった。  三射目は、わずかに的を外れて空を切る。  私は再び息を整え、心を研ぎ澄ませる。  暗闇の中。  敵の動きの先を、空間全体で捉える。  次の瞬間――弦が快音を奏でた。  放たれた矢は、高速で不規則に動く標的の中心へ深々と突き刺さる。  月影さんは暗闇の中で静かに頷いた。 「いい感覚だ」 「ありがとうございます」 ***  まさに、そのときだった。  キィィィン――!! ビィィィッ――!!  突如として、施設全体に激しい警告音が鳴り響いた。  赤い緊急ランプが廊下や訓練場を照らし、スピーカーから張り詰めた館内放送が流れる。 『災害情報室より緊急連絡! 地区内に邪神体の反応を確認! 現地対応班は至急出動してください! 繰り返します、至急、出動準備を整えてください――』  会議室で花江さんが手元の資料を素早く閉じた。 「……来たね。橙真くん、エントランスへ行こうか!」 「はい!」  訓練場では、風宮さんが飛んできたボールをガシッと受け止めた。 「訓練終了だ! エントランスへ向かうぞ!」 「はい!」  月影さんも動く標的のシステムを停止させた。 「終わりだ。エントランスへ来い」 「はい!」 ***  緊張感が漂う広いエントランス。  そこに、全員が集合した。  風宮さんが俺たち三人を鋭い眼差しで見渡した。 「これがお前たちにとって、初めての『任務』となる。これから現場へ向かう」  その言葉に、俺たち三人の表情が一瞬で引き締まった。  蒼太がグッと力強く拳を握りしめる。 「はい!」  碧羽も真剣な眼差しで静かに頷いた。 「よろしくお願いします!」  俺も風宮さんの目を真っ直ぐに見つめ返し、力強く答える。 「よろしくお願いします!」  風宮さんは短く応じた。 「よし、地下の専用車両へ向かうぞ!」  俺たち三人は高まる緊張感を胸に抱きながら、風宮さんの背中を追って走り出した。  覚醒者としての、戦いが――いよいよ始まる。

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