遥 / 第71話

71話 燃える山

 山間部では、木々が烈火に包まれ、立ち昇る不気味な黒煙が空一面を覆い尽くしていた。  足元には熱せられた赤黒い溶岩がドロドロと流れ、焼けた岩石が至るところに転がっている。  そんな惨状の中、俺――橙真は荒い息を吐きながら、邪神体と正面から向き合っていた。 「……お前が、この異常の原因ってことで間違いないよな」  邪神体は地響きのような低い唸り声を上げた。  問いかけに返事をする代わりとばかりに、足元に転がる赤く燃え上がった大岩を金棒で力任せに振り抜き、こちらへ弾き飛ばしてくる!  ――ドゴォォン……!!  二発、三発、四発……!  次々と灼熱の炎を纏った大岩が、流星のような勢いで俺へ容赦なく襲いかかってくる。  俺は無理に前へ出て突撃せず、前後左右へ最小限の動きで回避を続けていた。  そして、邪神体の繰り出す攻撃の軌道と癖を、鋭い眼光で見つめ続ける。 (……金棒で岩石を打ち飛ばす。それが、こいつの基本攻撃パターンになるのかな)  飛んでくる岩石の数が増えるほど、逃げ場は少しずつ狭められていく。  ――ドォォォン……!!  さらに邪神体は咆哮とともに、金棒を地面へ豪快に叩きつけた!  激しい振動が大地を揺らし、地面に深々とした地割れが走る。  その亀裂から、真っ赤な溶岩が勢いよく噴き上がった。 「くっ……!」  焼けた岩石、噴き出す溶岩、そして間近に迫る金棒の一撃。  三つの攻撃が組み合わされ、俺は次第に追い詰められていった。  それでも、焦りはない。  俺はただ、目の前の邪神体を観察し続けていた。 ***  邪神体は大きく一歩踏み込み、凶暴な金棒を全力で振り抜いた。  ――ブォォンッ……!!  空気を爆砕する横薙ぎの一撃。  俺は咄嗟に後ろへ跳んでかわそうとした。  だが――着地しようとした場所には、もうすでにドロドロとした溶岩が流れ込んでいた。 (やばい、これ以上逃げ場がない!)  ――ドゴッ……!!!  その瞬間、弾かれた燃える岩石が俺の腹部へ一直線に突き刺さった! 「ぐっ……!!」  衝撃で身体が宙へ大きく吹き飛ばされる。  そのまま木へ激突し、熱く焼けた地面を何度も無様に転がった。  最後には大きな岩へ身体を叩きつけられ、ようやく止まる。 「がはっ……!!」  激痛に耐えながら、ゆっくりと手をついて立ち上がる。  服は煤と土で真っ黒に汚れ、腹部には痛々しく赤く灼けた跡が残っていた。  呼吸するたびに腹部へ鋭い痛みが走る。  それでも、俺の表情が変わることはなかった。  ただ眼前の邪神体だけを、冷たく見据え続ける。  その瞳の奥では、静かに、けれど激しく何かが揺らぎ始めていた。 (……こいつの動きは、だいたい分かった)  何度も見た。  何度も避けた。  そして今、こいつの攻撃には一つの明確な癖がある。 ***  邪神体はトドメを刺そうと咆哮を上げ、巨大な金棒を頭上高く振り上げた。  その瞬間、俺は右耳に装着しているイヤホンへ、静かに指先を伸ばす。  ――カチッ。  右耳のイヤホンを、静かに外した。  ――その瞬間、周囲を支配していたすべての音が、一瞬で完全に途絶えた。  吹き荒れる風の音も。  木々を焼き尽くす炎の爆ぜる音も。  邪神体の激しい咆哮さえも。  何もかもが聞こえなくなった。  次の瞬間――俺の姿が、その場からかき消えた。 「……!?」  邪神体が驚愕する。  だが、そのときにはもう遅かった。  気づいたときには、俺は邪神体の目と鼻の先まで肉薄していた。  ――ドゴォォォン……!!  邪神体は咄嗟に金棒を叩き落としてくる。  しかし――俺は右手だけを突き出し、その超重量の一撃を片手で受け止めてみせた。  凄まじい衝撃が周囲へ弾け飛ぶ。  それだけで足元の地面が蜘蛛の巣状に砕け散った。  それでも――俺の足元は、一歩たりとも揺るがない。 「……」  冷酷な眼差しで金棒をゆっくりと押し返す。  次の瞬間、邪神体の巨体が大きく傾き、完全に体勢を崩した。  俺は、その隙を逃さなかった。  右拳を限界まで強く握り締める。  拳の周囲に赤い炎が渦巻いた。  ――ドゴォォォッ……!!  炎を纏った拳が、邪神体の腹部中央へ深々とめり込む! 「……」  俺は迷うことなく、左右の拳を交互に何度も叩き込んでいった。  ――ドガッ!!  ――ドゴッ!!  ――バキィィィン……!!  邪神体の腹部、その奥深く。  そこに存在していた真っ赤な核――まるで赤い宝珠のような物体が、拳の衝撃によって砕け散った。  ――ガァァァァァァァァッ!!  邪神体は天を仰ぎ、悲痛な断末魔の咆哮を轟かせる。  全身へ無数の光の亀裂が走り、巨大な身体が崩れ始めた。  ――ゴゴゴゴゴゴゴ……!!  その瞬間だった。  邪神体が崩れ去った場所を中心に、山全体が激しく鳴動した。  巨大な噴火口のような穴から炎と黒煙が立ち昇り、溶岩が空高く爆ぜる。  だが、その激しい噴火も長くは続かなかった。  やがて炎は徐々に弱まり、溶岩の勢いも少しずつ落ちていく。  そして――山間部は、ゆっくりと穏やかな静けさを取り戻していった。 「……」  ただ俺は、山肌を流れる溶岩の赤を静かに見つめ続けていた。  黒く燃え続ける山。  夕焼けのように赤く染まる情景。  異様な溶岩に包まれた世界の中心で、俺はただ一人、静かに立ち尽くしていた。  それと同時に――右耳からイヤホンを外した代償が、再び、そして静かに、俺の身体を蝕み始めていた――。

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