遥 / 第58話

58話 咲、初めての防災対策課

 土曜日の朝。  駅前の待ち合わせ場所に到着した俺――蒼太は、すでに立っていた碧羽に向かって手を挙げた。 「碧羽、おはよう」 「おはよう……ていうか、蒼太がこんなに早く来るなんて珍しいね」 「まあ……たしかにな。今日はたまたま、目覚ましより早く起きれたからな」  そんな会話を交わしていると、遠くから元気な足音が近づいてきた。 「蒼太先輩! 碧羽先輩!」  咲が息を弾ませながら、こちらへ駆け寄ってくる。 「おはようございます!」 「咲、おはよう」  咲は少し周囲を気にするように見回してから、小さな声で尋ねてきた。 「あの、蒼太先輩……今日も、橙真先輩は来ないんですか?」  俺は少しだけ言葉を選び、穏やかに答える。 「橙真なら大丈夫だ。心配ないさ」  その言葉を聞いて、咲は心から安堵したように、ぱっと表情を輝かせた。 「よかったです! 安心しました!」 「でも、たぶんもうすぐ会えると思うぞ」 「……え? 今日ってどこへ行くんですか?」 「防災対策課だ」 「えっ?」  咲は目を丸くした。 「それって、前に橙真先輩が言ってた……先輩たちが仮所属しているっていう場所ですよね! そんな場所に、どうして私が呼ばれたんですか?」 「それはな、俺たちも詳しく聞かされていないんだけど、『特別ミーティング』に必要なことなんだって」 「そうだったんですね! 分かりました。私、防災対策課へ行きます!」 「咲ならそう言ってくれると思ってたよ」 「ふふ、なんだか前に橙真先輩から、同じようなことを言われた気がしますね」 「あいつなら言いそうだな」 「橙真なら言いかねないかもね」 「……ていうか、そろそろ行こうぜ」 「そうだね、行こっか」 「はい!」  俺たち三人は一緒に、防災対策課へ向かって歩いていった。  その途中、咲が碧羽の顔を覗き込むようにして尋ねる。 「そういえば、碧羽先輩、眼鏡をかけるようになったんですね!」 「そうなの。最近かけ始めたんだよ」 「そうだったんですね! とても似合ってます!」 「ありがとう、咲」  そんな穏やかな会話を交わしながら、俺たちは目的地へ向かった。 ***  防災対策課の建物へ到着し、扉を開けてエントランスへ入ると、風宮さんと花江さんが待っていた。 「みんな、待っていたよ」  花江さんが笑顔で温かく迎えてくれる。  咲は一歩前へ出て、丁寧に頭を下げた。 「初めまして。白石咲です!」  風宮さんは静かに頷いた。 「防災対策課の隊長、風宮颯斗だ。今日は水沢たちが座学を行っている間、施設内を案内しよう」 「よろしくお願いします、風宮さん!」  花江さんが俺と碧羽へ向き直る。 「蒼太くん、碧羽さん。私たちは会議室へ向かうね。あ、今日は着替えしなくていいからね」 「「わかりました」」  俺は隣にいる咲を見る。 「じゃあ、また後で」 「はい!」  咲は笑顔で手を振った。  俺たちはエントランスでいったん別れ、それぞれの目的地へ足を向けた。 ***  風宮さんの案内に続いて、私――咲は緊張しながら防災対策課の施設内を歩いていた。 「ここは指令室だ」  案内された広い室内。  壁一面に設置された大きなモニターには、絶えず情報が目まぐるしく流れている。  その前では、多くの隊員たちが働いていた。 「……すごい」  私は思わず声を漏らした。  風宮さんは歩きながら説明してくれる。 「災害情報の管理を、すべてここで行っている」 「毎日こんなに忙しいんですか?」 「ああ。毎日こんな感じだ」  短いけれど、重みのある返事だった。  続いて第二訓練場へ行くと、たくさんの隊員たちが真剣な表情で訓練を行っていた。 「みなさん……すごいですね」 「日々の積み重ねが、人を守る力になると俺は思っている」  風宮さんの言葉が深く胸に刻まれ、私は力強く頷いた。 ***  一方その頃、俺――蒼太と碧羽は、花江さんと共に会議室に座っていた。 「今日は特別ミーティングの前に、少し座学をやるよ」  花江さんはホワイトボードの前へ向かう。 「最近の戦闘を振り返ると、それぞれの戦い方にも、少しずつ変化が出てきたよね。蒼太くんは近距離と遠距離、どっちもできるようになってきたし」  花江さんは続けて碧羽を見る。 「碧羽さんも、同時に放てる矢の数が増えてきたみたいだね」 「はい」 「これからは、できることが増えるほど、その分だけ身体への負担も考えていかないといけないよ」  俺と碧羽は真剣な表情で頷いた。  しばらくして――。  ――コン、コン、コン。  扉を叩くノックの音が響いた。  扉が開くと、風宮さんと咲が入ってきた。 「失礼します」  咲は少し緊張した様子で、会議室をぐるりと見渡す。 「少し待っていてくれ」  風宮さんはそう言い残し、会議室を出ていった。 ***  医務室で待機していた俺――橙真の元へ、風宮さんが入ってきた。 「日向」  俺は風宮さんを見つめる。 「会議室まで行けそうか?」 「はい……!」  俺はゆっくりと立ち上がり、風宮さんと共に会議室へ向かった。  静かに会議室の扉を開ける。  中に入ると、待っていた碧羽が思わず椅子から立ち上がった。 「橙真!」  咲も嬉しそうに目を輝かせる。 「……橙真先輩!」  蒼太も、心底安心したような笑みを浮かべていた。 「思ったより元気そうだな。でも、まだ無理はするなよ」  俺は少し照れくさそうに頭を掻きながら笑う。 「ごめん、心配させた!」  咲が安堵したように胸を撫で下ろす。 「……元気そうで、本当に良かったです!」  俺は自分の席へ座る。  風宮さんも静かに着席し、全員を見渡した。 「――これより、特別ミーティングを開始する!」  風宮さんの声が響き、一瞬で会議室が静まり返る。  これから語られるのは、邪神体との戦いとは、また違う深いもの。  俺たちがこれまで抱えてきた過去と、誰にも話せなかった真実。  それが今、少しずつ明かされようとしていた――。

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