ふみの世界樹 / 第80話

第六十八話 考えた結論

「ちょっと考える」  おれは、そう答えるのが精一杯だった。  ミコトが、おれを見ている。何を考えているのか、その表情からは読めない。  いや。今はそれより先に、ちょっと考えよう。ちょっとだけ。  つまり、おれもミコトも、アルフォンス先生の家に行く。ということは、冬の間ずっと、おれはミコトと一緒の家で暮らすという話だ。家族でもないのに、同じ屋根の下で寝て起きる。先生の家は、広いのだろうか。部屋は幾つあるんだろう。もし兄貴の家みたいに部屋が一つしかなくて、ベッドが一つしかなかったら、もう一人は床かソファで寝ることになる。それなら、おれは床で寝よう。ミコトが床で寝たら、きっと背中が痛いと言うだろう。ごはんはどうしよう。つばめ先生がいるから、ごはんは作ってくれそうだ。でもおれだって料理ぐらいできる。もしかして、ミコトも料理ができるのかな。林間学校では、みんなで作ったけれど。待て待て、問題はそこじゃない。着替えはどうする。お風呂はどうする。洗濯は。トイレは。一緒に暮らすって、大変だな。  考えること、気にすることが多すぎる。ダメだ。分からない。分からないことばかりだ。ミコトはおれと一緒だと嫌がったりしないだろうか。迷惑に思われるのは避けたいな。アルフォンス先生は、どういう意図でこんな提案をしたんだろう。いっそのこと、兄貴の部屋で、おれ一人で暮らしても構わないじゃないか。大抵のことは、おれ一人で何とかなる。それとも家賃が払えなくて、おれの知らない間に追い出されているのか。それとも戦争に行くから、あの部屋はもう引き払ったのかもしれない。だから兄貴のやつ、アルフォンス先生に頼んだのか。とりあえず兄貴だ。召集のこともあるし、兄貴に聞いて確かめないと。そうだ、それが先だ。答えはその後でも問題ない。  そうだ。先ずは兄貴と話そう。  なんて考え事をしている間に、いつの間にか一時間目の授業が終わっていた。 「え。それ本当ですか?」  ミコトの声が聞こえた。おれは顔を上げる。ハリエット、オーレリア、三人で話しているようだった。 「本当なのよぅ。マナ殿下とマギ殿下に、誘われたのよぅ」  なんの話だ? 「それは寂しくなりますね」  ハリエットの呟きに、ハリスが教室の向こう側から反応して、やって来る。 「どうしたの、姉さん」 「あ。ハリス、聞いて。オーレリアが、転校するかもしれないって」 「転校? ラヴェニカへ行くのか?」  おれは黙って、ぼんやり聞いている。 「そうなのよぅ。マナ殿下とマギ殿下は、|陽級《ソルネ・クラス》に進級しないで、|皇立学園《ティーア》の中等部に入るから、一緒に来ないかって」 「どうして、オーレリアさんが誘われるんですか?」  ミコトの問いはもっともに聞こえるが、確かあそこは親戚だったはず。 「キルシュ家だから、ですよね?」  ハリエットの指摘。うなずきを返すオーレリア。首を傾げるミコト。あの傾げ具合は何かに似ている気がする。 「キルシュ家? オーレリアの家名ですよね?」 「マナ様とマギ様、二人のお母様の家名でもあるのよぅ」 「オーレリアは、あの二人と|再従姉妹《はとこ》の関係にあるんだ。つまり、ちょっと遠い親戚同士」  ハリスの説明で、ミコトは納得したようだ。ハリエットが尋ねる。 「それでオーレリアは、どうするの?」 「お誘いは嬉しいけれど、直ぐには決められないわよぅ」 「学園には、マッケンロー教授もいるんだろ?」  教授。ハリスは知っているようだが、おれは知らない名前だ。  「そうなのよぅ。魔導工学の権威なのよぅ。マッケンロー教授から学べたら、ロイ様の助けになれるのよぅ」  オーレリアは、誰が見てもロイ一筋だ。ロイの方も、暑苦しいぐらいにオーレリア一筋だ。そういう風に誰かのことを思うのって、どんな感じなのだろう。  待て。おれは何を考えてる。やっぱり変だぞ。ミコトのせいだ。いや、ミコトが何かしたわけじゃない。でも、魔法を掛けられたみたいに変だ。 「ヴァン?」  ん。ミコトに呼ばれた。見られている。 「|聖輪樹《セイント・リース》は飾りますか?」  いきなり何の話だ。だめだ。思考が分散している。周りの状況が見えていない。 「なんの話だ?」 「だから|聖夜祭《アポカルダ》です。今年、ヴァンがどこで過ごすにしろ、必要じゃないですか」  不要だ。  と、いつもなら答えていた。 「ミコトは、飾るのか?」 「はい。初めてなので、少し楽しみです」  |聖輪樹《セイント・リース》。悪いものから守ってくれる魔除けで、門や扉に飾る風習がある。おれは自分で作ることにも飾ることにも、あまり興味がない。魔法の力がある魔道具でもないし、そんなものよりは剣の方が魔除けになると思っている。  だけど。 「おれも飾りを作る」  ミコトが飾りたいなら、おれも作って飾りたい。 「うそ」  ハリエットが驚く。 「おい、ヴァン。おまえ、熱があるんじゃないのか?」  ハリスが余計なことを言う。 「これは前代未聞なのよぅ。早速、記録するのよぅ」  オーレリアが筆を走らせる。こいつらの中で、おれの評価はどうなってるんだ。 「いや、おれだって作るぞ。いつも爺ちゃんや兄貴が作ってたから、自分ではやらないだけで、きちんと作り方は知ってる」 「それなら良かったな、ミコト」 「はい」 「そうなのよぅ。ヴァンに教えて貰って、一緒に作ればいいのよぅ」  いつの間に、そういう話に。いや、おれが考え事をしている間にか。 「わかった。手伝う」 「ありがとうございます。ヴァン」  ミコトが微笑む。花が咲くほど華やかではないのに、朝露が陽の光で淡く光るような微笑み。おれは、こんな微笑みを、どこかで見たような気がする。思い出せないけれども、懐かしい感じがする。 「でもその前に、兄貴に会ってくる」  おれは席を立った。 「ヴァン、どうした」  ハリスの問いに、おれは結論だけ返す。 「喧嘩してくる」

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