ふみの世界樹 / 第84話

第七十二話 星結函

 |星結函《ステラ・アルカ》。  聖夜祭で、贈り物を入れて渡す小さな飾り箱。それは、感謝や友情、親愛といった相手に届いてほしい気持ちも入れるのだと、店員さんは教えてくれた。  ミコトちゃんは、さっきから同じ棚の前で、その箱に入れる贈り物で悩んでいた。  冬用の手袋が並んでいる棚だ。厚手の毛糸で編まれたもの。革でできたもの。内側に柔らかい毛皮を張ったもの。指先だけを出せるもの。飾り紐が付いたもの。色も形も、思ったよりずっと多い。  私とオーレリアは、その少し後ろで待っていた。両手には、買物袋を提げている。そこには|聖輪樹《セイント・リース》の材料が入っている。 「うーん……」  ミコトちゃんは、真剣だった。  それはもう、すごく真剣だった。 「ヴァンには、こういう厚手のものの方がいいでしょうか。でも、剣を持つなら邪魔になりますよね。だけど、薄すぎると寒いですし……」 「ミコトちゃん、ヴァン君にあげるの?」 「はい。|星結函《ステラ・アルカ》に入れようと思って」  家族に渡す人もいる。友達に渡す人もいる。先生やお世話になった人に渡すこともある。だから、ヴァン君にあげること自体は別に変なことではない。  でも、ミコトちゃんの悩み方は、どう見てもただのお礼ではなかった。 「アルフォンス先生と、つばめ先生にも手袋を贈ろうと思っているんです。冬ですし、実用的ですから」 「うん。いいと思うよ」 「それと、ヴァルク先生と、エイデン神父さまにも。前線は寒いかもしれませんし」 「うん。それも、いいと思う」 「だから、ヴァンだけ特別というわけではなく……」  ミコトちゃんは、そこで一度言葉を切った。 「みんなに、です」  私は頷いた。隣でオーレリアも頷いた。目が合った。頷き合った。私達はたぶん、同じことを考えていた。  ミコトちゃん。  それは、もう完全に惚れてるやつだと思うよ。  先生達への手袋は、すぐに決まった。  アルフォンス先生には、落ち着いた色の上等な手袋。  つばめ先生には、手首のところに小さな刺繍が入った可愛い手袋。  ヴァルク先生には、丈夫そうな革手袋。  エイデン神父様には、飾り気の少ない厚手の手袋。  どれもちゃんと考えて選んでいる。ミコトちゃんらしい、丁寧な選び方だった。  けれど、ヴァン君の手袋だけは違った。 「これは丈夫そうですけど、少し硬いでしょうか。ヴァンは手をよく使いますし、馴染むまでは嫌がるかもしれません」 「じゃあ、こっちの柔らかいのは?」 「わぁ、柔らかいです。でも、すぐ傷んじゃうかも……」 「これはどうかしらぁ。指先が動かしやすそうなのよぅ」 「いいですね。けど、寒かったりしませんかね?」 「ミコトちゃん、ヴァン君はそんなに寒がりなの?」 「それはわかりませんが、きっとヴァンは寒いのを我慢するので」  言い切った。  私は、思わずオーレリアを見た。オーレリアも私を見た。また目が合った。  記録帳を取り出したそうな顔をしていたので、私は小さく首を横に振った。  今は駄目。  今それを記録したら、たぶんミコトちゃんは真っ赤になって、手袋を棚に戻してしまう。オーレリアは、とても残念そうに眉を下げた。でも、記録帳は出さなかった。あれは後で記録しておこうの顔だ。 「ヴァン君なら、実用的なものが一番喜ぶと思うよ」 「そうですよね。わたしも、そう思います」 「でも、少しぐらい飾りがあってもいいんじゃないかな。|星結函《ステラ・アルカ》に入れるんだし」 「飾り……」  ミコトちゃんは、また悩み始めた。  棚の端に、黒い革手袋があった。手の甲のところに、流れ星の刺繍があった。派手ではない。けれど、近くで見るときちんと綺麗だった。  ミコトちゃんの視線が、そこで止まった。 「これ……」 「いいんじゃない?」 「うん。ただ、ちょっと高いなって」 「予算は大丈夫?」 「大丈夫です。大丈夫なんですけど……」  ミコトちゃんは、手袋を両手で持ったまま、真剣に見つめた。 「ヴァンは、こういうのを貰ったら困りますかね」 「困らないと思うよ」 「本当? 大丈夫かな?」 「うん。ヴァン君、ちゃんと使うと思う」 「使ってくれますかね」 「使うと思う」 「でも、もし邪魔だったら」 「邪魔だったら、最初から持ち歩かないと思う」  ヴァンが面倒くさそうなものを持ち歩かずに、置きっぱなしにする姿を想像したのか、ミコトちゃんは少し笑って。 「たしかに」  ちょっと安心したように息を吐いた。それから、手袋を胸の近くに抱いた。大事そうに。 「それにしますか?」 「うん」  ミコトちゃんは、少し照れたように笑った。 「決めました。これにします」  その笑顔が、とても柔らかかった。私は何も言わなかった。言わない方がいいと思った。ミコトちゃんは、まだ自分の気持ちに名前を付けていない。たぶん、付けようともしていない。ただ、ヴァン君に似合うものを選びたい。寒くないようにしてほしい。邪魔にならないものを持っていてほしい。  それだけだと思っている。でも、その気持ちの名前を、私はたぶん知っている。店員さんに包んでもらった手袋を、それぞれ小さな箱に入れてもらう。  星の印が刻まれた箱。それが、|星結函《ステラ・アルカ》だった。ミコトちゃんは、ヴァン君用の箱だけ、何度も向きを確認していた。 「どうかしたの?」 「いえ。星の向きが、こっちの方が綺麗かなと思って」 「そっか」 「はい」  うん。  これはもう、完全に惚れてるやつだ。  私は心の中だけでそう思った。口には出さなかった。オーレリアも、きっと同じ考えだと思う。  店を出ると、冬の空気が頬に触れた。  聖夜祭前の街は、どこも少し浮き立っている。店先には緑の輪飾りが並び、窓辺には星形の灯りが吊るされていた。通りを歩く人達も、どこか楽しそうに見える。  ミコトちゃんは、包みを大事そうに抱えていた。 「落とさないようにしないと」 「大丈夫だよ。そんなにしっかり持ってるなら」 「はい。でも、大事なものなので」  その時だった。 「また会ったな、嬢ちゃん」  知らない人の声がした。  足が止まる。  通りの先に、二人組が立っていた。 「今日は、あの怖いガキはいねぇな」  片方が、にやりと笑った。  怖いガキ。  たぶん、ヴァン君のことだ。だとすれば、この二人は、前にミコトちゃんから聞いた人達だ。  したっぱ兄弟。 「あにき、また買い物袋を持ってますぜ」 「ちょっと、何を買ったか見せてもらおうか」  ミコトちゃんが、包みを抱く手に力を込めた。  オーレリアが、一歩だけ前に出る。  私も自然とミコトちゃんの横に立っていた。 「えっと……、見せる理由がないです」  ミコトちゃんの声は、思ったよりはっきりしていた。  兄弟の笑みが、少しだけ歪む。  その時、私は気づいた。  二人の背後に、もう一人いる。  背の高い男だった。  まさか。  したっぱ三兄弟だったの⁉

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