うぐいす / 第1話
かたつむりの観光客1
私は戦う為に生まれた……らしい。
これは精神的な話ではなく極めて物理的な話で、私という『ヒト』は戦争にて戦うという役割の為に人工的に造り上げられた。
自分の役割や存在意義というものに対して私は特に何も感じた事はなかったが、私の境遇は世界中で人造人間(キメラ)を使って戦争をしている現在では珍しい事ではなかったし、元々そういう風に造られた所為なのか、現状に不満も無ければ他にやりたい事もなかったので、生まれてから暫くは命じられるままに戦っては、何も感じず考えず敵を殺しながら過ごしていた。
目標になる敵も多分、私と同じ境遇で超人的な能力を有しているであろうキメラ兵だったけど、今まで戦ってきても特に苦戦した事が無いので、誰も記憶には残っていない。
私が敵を殺せば殺す程、所属していた軍の偉いヒトや私を生み出した研究者達が喜んでいたけど……私自身は戦って得た勝利に喜びを感じる事はなかった。
そうして過ごしている内に突然『あの日』は訪れた。
世界中の人間とヒトが避けたがっていた滅びの日、または待ち望んでいた『償いの日』が。
・・・
小柄で精悍な顔付きの女が短めの金髪と自前のネズミ耳を揺らして何者かと戦っていた。
軍でも将官が着るような詰襟のサーコートにズボンという、戦うには少々動きにくそうな出で立ちだったが、女はそれをものともせずに鮮やかな二刀流で敵の攻撃を捌いていた。
ネズミの女は見えない敵が距離を取って仕切り直したのを感じて、親しい友人に話し掛ける様な気さくさで見えない敵に話しかけた。
「……そろそろ姿を現したらどうだい?もう不可視である事に優位性が無い事はわかったろう?」
「…………強いのね、貴女」
少し間を置いてから、不可視だった敵が虚空から滲む様に空間を揺らしながら、その姿を現した。
透明化の特殊能力(アブノーマリティ)を解除して現れたのは、羊の様な巻角が特徴的な淡い金髪のウェーブヘアの女だった。
自身の攻撃がまるで通じていないというのに、まだ余力があるのか、それとも何か隠し玉でも持っているのか……ウェーブヘアの女の態度は冷静沈着そのもので、その雰囲気や存在感には優雅ささえ感じられる。
女の声色は抑揚が無く平坦だったが、素直に感心しているというニュアンスが感じ取れる。
「一撃で仕留められない相手は久しぶりだわ」
「思ってたよりも、ずっと麗しい姿をしているんだね……良かったら少し話をしないか?」
「……敵と話す事なんて無いわ」
取り付く島もない物言いのウェーブヘアの女の態度に、ネズミ耳の女は苦笑しながら言った。
「まぁ、そう言わずに……周りを見てごらんよ?」
ネズミの女は既に剣先を下げて構えを解いたが、ウェーブヘアの女は攻め込もうにも隙を見つけられなかった。
「……こんなに殺しあったんだ、少しサボっても誰も文句は言わない……というか、もう死んでるから言えないんだけどね?」
二人の立っている荒野の大地は一面キメラ兵の死体で埋め尽くされていた。
数え切れない程の蝿が死体の周囲を飛び回り、流れ出した血で乾いた地面がぬかるんでしまう程だ。
物言わぬ死体達は皆、この戦争の為に造られた人造人間、通称『キメラ』だ。
人間の遺伝子を持ってはいるものの、人間の様に人権が無いから戦死者にカウントされず、誰の子供でも無いから死んで居なくなっても誰も悲しまない。
だから人間達にとって人造キメラはとても都合の良い駒であり、あるいは取るに足らない戦争の道具(おもちゃ)でしかない。
「……物好きね」
ウェーブヘアの女も溜息を吐きながら構えを解いたが、相変わらずネズミ女の隙を見つける事が出来なかった。
お互いに相当な手練れなのだろうが……もっとも、もし隙を見つけたとしても、直ぐにどうこうする気は今の彼女達からは失せていた。
ウェーブヘアの女が構えを解いたのをみて、ネズミの女は話を続けた。
「まず始めに自己紹介をしておこうか、私はゴールドマン777……コードネームで申し訳ないが、あいにく名前の様なものは他に持って無くてね」
ゴールドマンというのはネズミの女を所有しているスポンサーの名前だ。
世界有数の証券会社で毎日金融の世界でとんでもない額の金を動かしているグローバル企業。
だからと言ってネズミ女にとって、スポンサーの名前は意味の無い事だ。
だって彼女はスポンサードされて行われた研究の、単なる『成果物』に過ぎないのだから。
続いてウェーブヘアの女が自己紹介した。
「随分おめでたそうな名前ね……私は『インビジブル』と呼ばれているわ」
ゴールドマンが陽気に笑いながら言った。
「いくらなんでもそのまんま過ぎないか?姿が消えるからインビジブル(不可視)……安直だなぁ」
ゴールドマンに笑われても興味が無いようで、インビジブルは素っ気なく言う。
「人間にとってみれば私達なんて戦争の道具だもの、それで十分なんでしょう」
それから暫くの間、二人の会話は続いた。
基本的にゴールドマンが話題を提供してインビジブルがそれに答える形だ。
さっきまで殺しあっていたというのにゴールドマンは本当に楽しそうだったし、インビジブルも満更でも無さそうだった。
ある程度話し込んで会話が途切れた頃、今度はインビジブルがゴールドマンに問いかけた。
「……どうして急に話そうなんて言ったのか、聞かせてもらえるかしら?」
そこで初めてゴールドマンは言葉を濁した。
「あー……こんな事を言うと嫌味に聞こえるかも知れないんだけどさ、退屈だったんだよ」
「……退屈?」
「うん、正直皆弱すぎて戦いにならないんだ、流れ作業でもやってる気分さ……だから強い君と戦ってたら、なんだか無性に嬉しくなってしまってね。一体キミがどんなヒトなのか、単純に興味が湧いたのさ」
ゴールドマンの話を聞いたインビジブルは、意外な事に微笑みを浮かべていた。
「ふふふ……」
てっきり鉄面皮だと思い込んでいたインビジブルの案外可憐な笑顔に、ゴールドマンは驚きを覚えた。
「どうしたんだい?」
「私と貴方、全く違うタイプだと思っていたけど……案外、考えている事は一緒だったのね」
「ハハッ……じゃあ、君も退屈してたのか」
インビジブルに釣られてゴールドマンも笑う、二人は本当に楽しそうだったし、その感情に嘘は無い。
二人はそのままお互いに納めていた武器を抜いて構え直し、いつのまにか臨戦態勢になっていた。
戦争の為に造られたキメラ兵には戦う理由が希薄な者が多いが、しかしその逆もまた然り……戦いを止める理由もまた希薄なのだ。
しかし二人の戦いが決着する事はなかった……その前に世界が滅びてしまったから。