井氷鹿 / 第6話

ギュンターって誰

 チビになった俺は殿下と呼ばれるチビ王子に手を引かれ、このバカでかい建物の階段を上っていく。  入り口も、入った先のホールも、全てがデカかった。  何が起きてるのか、全く分からんが。  分からんがこうなったらとにかく、状況を把握しない事には始まらない。  とりあえず、この死後の世界を観察することからスタートする事にした。  ここの屋敷の天井は高い、俺が元のサイズだとしても、それはもうバカみたいに高い。  装飾を施された壁も、床に敷かれている織物も、飾られている陶器や絵画も、どこかの富裕層の屋敷の中みたいだ。 「ギュンター、何を見てる?」  手をつないだチビ王子が、俺の顔を見て笑いかけた。  その顔は、絵に描いたような王子さまだな、こりゃ。  透き通るような白い肌。金髪で青い目。その髪の色が、今まで見た金髪とは大違いのマジ物の黄金色だ、これ。  ほっぺなんてマシュマロみたいだよ。。  俺はその手の趣味は無いが、無いけどもちょっとだけ。  と、空いてる方の手でチビ王子のほっぺを指で突いてみた。  うほっ!  すげー柔らかいっ。ぷにゅぷにゅだ。 「くすぐったいぞ、ギュンター。何をするっ」  こいつ笑ったら、めっちゃ可愛いなぁ。言葉遣いも威厳もたせようとしてんだろうが、所詮子供だからなぁ。 「かーわいい」  そう言ったとたん、チビの顔が真っ赤になった。  あら~? 照れちゃったのかもしかして。 「ギュンター、君はもうっ」  そう言って今度は抱き着いてきた。  何か分かんねーけど、子供ってかわいいなぁ。  その趣味は無いハズなんだが、目覚めてしまいそうじゃん、俺。  しかも抱き慣れたら、野郎とは違って子供って触り心地が超柔らけぇ。  うっはぁ、これはヤバいね。  「オスカー殿下、もうすぐお部屋です。婚約者のギュンター様が元気になられて、良かったですね」  後ろをついて来てたあのオッサンが、嬉しそうに笑ってやがる。 「うん」   う……ん? 今婚約者って言ったよな、あのおっさん。 「ささ、どうぞお入りください。ギュンター様もどうぞごゆるりとお過ごしくださいませ。直ぐにお茶とお菓子をお持ちいたします」   おっさんは自分の身の丈の二倍はある重厚なドアを開け、俺たちを部屋の中へと促した。  そこは一面がガラス窓で外界と仕切られた、とても明るい部屋だった。  窓の外は色とりどりの花が咲き乱れた、ボタニックガーデンが広がっていた。 「ギュンター、今まで逢いに行けなかった事、許せ。動くと危ないと、城から出してもらえなかったのだ」  ふむ。さっぱり何を言ってるのか、分からん。  この俺が化けたガキは、やはり具合が悪かったのか。  現状、至って元気だしどこも痛くなければ痒くも、怠くもないが。 「はぁ。それは、ええ」  数日は寝たきりだったが、今は元気だぞ。 「うん」  頷きながら、王子は俺の手を引き、広い室内を歩いて行く。  右手の壁には、小鹿くらいなら焼けそうな暖炉があった。こんなデカいのは初めて見たぞ。  マントルピースには、何か分からない細工の施された置物に、陶器で作られた動物が子供部屋らしく並べてあった。  暖炉は綺麗に手入れされていて、いつでも火を入れる準備ができている。  今のところ気温は春か秋のような過ごしやすい適温だが、これから寒くなるのか?  きょろきょろと部屋を見回してる俺を王子は楽しそうに見ながら、手を引いて歩いてる。  着いた先は、窓際に置かれたジャガード織の豪勢なソファーだった。  ソファーの前のテーブルは、多分マーブルの一枚岩で作られたローテーブルだろう。  この大きさなら値段も相当張るんだろうが、王族だからな、当然か。  王子は俺の隣に座ると、ぴたりと体を付けてきた。  そして膝に手を置き、顔を寄せて耳元でささやく。 「ありがとう、付き合ってくれて。もう少し我慢してね」 「え?」  意外な言葉に驚き、王子に顔を向けたら。   うわぁ~、なんて綺麗な青い瞳。それにまつ毛。金色のまつ毛がながっ、めっちゃながっ。  肌は肌で、透き通るような肌ってこういうのを言うだろうなぁ。すべすべで、シミ一つ無い。  って感動してどうするよ。  見とれててどうするよ、おい。 「あの……」  と言いかけたところで、ノックが響く。 「入っていいぞ」  「失礼いたします。殿下、そしてギュンター様」  さっきのおっさんがメイドを引き連れ、茶菓子と紅茶セット一式を載せた豪勢なワゴンを押して入って来た。  何やら聞き覚えのある様なないような、そんな長ったらしい紅茶の説明の後、上品な細工物のティーカップに赤茶色の液体が注がれる。  何とも言えないいい香りが、数メートルは離れたここまで漂ってきた。  マーブルのテーブルにティーセットと焼き菓子、ケーキ類をメイド三人で飾り付け、所謂アフタヌーンティーセットが完成したようだ。 「では、ごゆるりと」  また、おっさんが胸に手を当てメイドともども恭しく首を垂れた。  王子が彼らが出て行くのを確認するように、スッと目で追っている。  顔は笑顔のままだ。 「さぁ、ギュンター好きな物取って食べて」 「うん。ありがとう」  紅茶を一口。おお、いい香り。ダージリンか?  と横の王子を見たら、真剣な顔つきで俺を見ている。 「元気になって良かった。戻って来てくれて、ありがとう」  は?  「ギュンター、ボクとの婚約で君を守れると思っていたのに」  そう言って俺の手を両手で握り締める。 「逆に、君の命を危うくしてしまったね」  「え? 俺死にかけたの?」  と聞いたのがまずかったか。王子の顔色が変わる。 「ギュンターがボクの代わりに毒入りの菓子を……覚えてないのかい」   毒だって? もしかして、本物のギュンターって…… 「あの、どう言えばいいのか、その、覚えてないというか、記憶がないんだ」 「記憶がないって、ちょっと待って。ボクの事も覚えてないって事かい」  顔色をなくした王子が、俺の両肩を掴み真剣なまなざしで見つめてきた。  何か、まずい事を言ったのか、俺。  彼の心配げな眼差しに、動揺してしまう。  こんな顔する子供相手に、嘘なんかつけるか?  そりゃ無理な話だ。 「自分の名前も、実は、分からないんだ。ギ、ギュンターって誰?」

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