ひよりの / 第5話

流れ

 火《ひ》がひとつ、小《ちい》さく爆《は》ぜた。  その音《おと》に紛《まぎ》れて、低《ひく》く柔《やわ》らかい声《こえ》が響《ひび》く。 「それ、面白《おもしろ》い飾《かざ》りだな」  顔《かお》を上《あ》げると、いつの間《ま》にか輪《わ》から離《はな》れたミナギがアサの前《まえ》に立《た》っていた。  ミナギの視線《しせん》をたどると、|そ《・》|れ《・》とは、どうやらアサの耳飾《みみかざ》りを指《さ》しているようだった。 「自分《じぶん》で作《つく》ったのか?」  アサは、こくりと頷《うなず》く。 「よければ、見《み》せてもらってもいいか?」  そのひと声《こえ》に、アサの胸《むね》は小《ちい》さく跳《は》ね、手《て》は耳飾《みみかざ》りに触《ふ》れたまま固《かた》まる。 「うん」  なんとかそう絞《しぼ》り出《だ》すと、ミナギは軽《かる》く笑《え》みを浮《う》かべ、アサの隣《となり》に自然《しぜん》に腰《こし》を下《お》ろした。  身《み》を乗《の》り出《だ》してアサの耳飾《みみかざ》りを覗《のぞ》き込《こ》む。  ――距離《きょり》が近《ちか》い。  耳元《みみもと》を覗《のぞ》き込《こ》まれる感覚《かんかく》が、アサの胸《むね》を高鳴《たかな》らせる。  ミナギはそれを意《い》に介《かい》さぬように、真剣《しんけん》に飾《かざ》りを見《み》つめている。   「細《こま》かいところまで丁寧《ていねい》に作《つく》ってある。器用《きよう》だな」  微《かす》かに笑《わら》う吐息《といき》が耳元《みみもと》に届《とど》き、アサは思《おも》わず息《いき》を呑《の》む。 「この彫《ほ》りの紋様《もんよう》には、どういう意味《いみ》がある?」   耳飾《みみかざ》りの小《ちい》さな紋様《もんよう》、それは―――― 「……村《むら》のはずれにある岩《いわ》に刻《きざ》まれてる。意味《いみ》はよく知《し》らないけど、昔《むかし》から魔《ま》よけになるって教《おそ》わってる」  ミナギは黙《だま》って、耳飾《みみかざ》りを見《み》つめたまま、少《すこ》し傾《かし》ぐ。 「――なるほど」  声《こえ》は静《しず》かだが、微《かす》かに含《ふく》みがあるように感《かん》じられた。    いつの間《ま》にか、宴《うたげ》の喧騒《けんそう》は遠《とお》ざかっていた。  目《め》の前《まえ》の焚《た》き火《び》は、小《ちい》さく、低《ひく》く燃《も》えている。  煙《けむり》はほとんど立《た》たず、闇《やみ》の中《なか》に溶《と》けていた。  ミナギは背負《せお》っていた籠《かご》を下《お》ろすと、その中《なか》からいくつかのものを取《と》り出《だ》した。  石《いし》。    骨《ほね》。    乾《かわ》いた枝《えだ》。  どれも形《かたち》は不揃《ふぞろ》いで、何《なん》の変哲《へんてつ》もないものであった。  だが彼《かれ》は、それらをひとつひとつ、確《たし》かめるように指先《ゆびさき》でなぞった。  アサは、その手元《てもと》をじっと見《み》ていた。 「それで、何《なに》をするの?」  ミナギは答《こた》えず、まず地面《じめん》をならした。  掌《てのひら》で土《つち》を押《お》し、円《えん》を描《えが》くようにして、表面《ひょうめん》の凹凸《おうとつ》を消《け》していく。  やがてそこには、滑《なめ》らかな土《つち》の面《めん》が現《あらわ》れた。  彼《かれ》は指《ゆび》で、その上《うえ》に線《せん》を引《ひ》いた。  十字《じゅうじ》。  さらに斜《なな》めの線《せん》を重《かさ》ねる。 「これは、何《なに》」 「|場《・》だ」  ミナギは短《みじか》く言《い》った。  石《いし》を三《みっ》つ、円《えん》の外《そと》へ。  骨《ほね》を二本《にほん》、中央《ちゅうおう》で交差《こうさ》させる。  枝《えだ》を一本《いっぽん》、十字《じゅうじ》に横《よこ》たえる。  その配置《はいち》には、ためらいがなかった。  アサは、その順序《じゅんじょ》を見《み》ていた。  置《お》かれる場所《ばしょ》が、あらかじめ決《き》まっているかのようであった。 「明日《あす》の天気《てんき》を占《うらな》ってやろう」    ミナギはふいに、そう言《い》って口元《くちもと》を緩《ゆる》めた。  ――挑戦的《ちょうせんてき》に笑《わら》うように。  アサがわずかに目《め》を見開《みひら》く。  ミナギは目《め》を閉《と》じた。  火《ひ》の明《あ》かりがまぶたの上《うえ》で揺《ゆ》れる。  しばらく何《なに》も起《お》こらない。   やがて呼吸《こきゅう》が変《か》わる。  吸《す》い。  止《と》め。   吐《は》く。  その間《あいだ》に、言葉《ことば》にならぬ声《こえ》が混《ま》じる。  空気《くうき》が、わずかに重《おも》くなった。   ミナギは目《め》を開《ひら》き、骨《ほね》を弾《はじ》いた。  乾《かわ》いた音《おと》を立《た》てて回《まわ》り、止《と》まる。  石《いし》を押《お》す。  転《ころ》がり、線《せん》に触《ふ》れて止《と》まる。  枝《えだ》は動《うご》かさない。  彼《かれ》は、それらを見《み》た。  長《なが》く――深《ふか》く。 「何《なに》が見《み》えるの」  アサは問《と》うた。 「|流《・》|れ《・》だ」 「流《なが》れ?」 「来《く》るものと、去《さ》るものの道《みち》だ」   ミナギは骨《ほね》をそっと手《て》に取《と》り、火《ひ》の光《ひかり》にかざした。 「これは、折《お》れるものだ」  骨《ほね》の先端《せんたん》を指《ゆび》でなぞりながら、彼《かれ》は静《しず》かに言《い》った。 「折《お》れる……?」  アサは首《くび》をかしげる。 「骨《ほね》が折《お》れるとき、流《なが》れが切《き》れる。つまり、急《きゅう》に変《か》わる。雨《あめ》や風《かぜ》、嵐《あらし》のように不安定《ふあんてい》なものだ」  アサはその言葉《ことば》を胸《むね》に刻《きざ》むように頷《うなず》いた。  次《つぎ》にミナギは石《いし》を押《お》した。   土《つち》の上《うえ》で転《ころ》がり、線《せん》に触《ふ》れて止《と》まる。 「これは残《のこ》る。安定《あんてい》したものだ。日《ひ》が差《さ》す時間《じかん》、晴《は》れ間《ま》、ずっと続《つづ》く穏《おだ》やかさ――そんなものを表《あらわ》す」  最後《さいご》に枝《えだ》を見《み》た。  動《うご》かさず、そっと触《ふ》れるだけである。 「そして枝《えだ》は、呼《よ》ぶもの。流《なが》れを誘《さそ》い、動《うご》きを生《う》む。霧《きり》の立《た》ち方《かた》や風《かぜ》の向《む》き、雲《くも》の流《なが》れのように、天気《てんき》を動《うご》かすものだ」  アサは火《ひ》の揺《ゆ》らめきと森《もり》の静《しず》けさの中《なか》で、骨《ほね》・石《いし》・枝《えだ》が語《かた》る意味《いみ》を思《おも》い描《えが》いた。 「つまり、明日《あす》の天気《てんき》は――明《あ》け方《がた》には急《きゅう》な変化《へんか》があり、昼間《ひるま》には安定《あんてい》した晴《は》れ間《ま》が訪《おとず》れる。その間《あいだ》に、霧《きり》や風《かぜ》がちょっとした変化《へんか》をもたらす……」  ミナギは不敵《ふてき》に笑《わら》う。 「見《み》えたものを理解《りかい》し、流《なが》れを読《よ》む。それが|呪《まじな》いだ」  アサは目《め》を輝《かがや》かせ、思《おも》わず息《いき》を漏《も》らした。  ミナギはそんなアサを見《み》つめ、優《やさ》しく微笑《ほほえ》んだ。 「やってみるか?」  その声《こえ》は静《しず》かで、けれど誘《さそ》うように響《ひび》いた。 「……うん、やってみたい」  アサは頷《うなず》いた。  胸《むね》の奥《おく》がざわめき、手《て》が震《ふる》える。  ミナギは場所《ばしょ》を譲《ゆず》った。  アサは、同《おな》じように地面《じめん》に触《ふ》れた。  だが土《つち》はうまくならなかった。  指《ゆび》の跡《あと》が残《のこ》り、線《せん》は歪《ゆが》んだ。  それでも、彼女《かのじょ》は線《せん》を引《ひ》いた。  石《いし》を置《お》いた。  骨《ほね》を置《お》いた。  枝《えだ》を置《お》いた。     順序《じゅんじょ》は、覚《おぼ》えていた。 「目《め》を閉《と》じて」  言《い》われるままに、アサは目《め》を閉《と》じた。  暗闇《くらやみ》の中《なか》で、火《ひ》の赤《あか》が揺《ゆ》れていた。  彼女《かのじょ》は呼吸《こきゅう》を整《ととの》えようとした。  だが、うまくいかなかった。   胸《むね》の奥《おく》がざわつき、何《なに》かが動《うご》いていた。 「言葉《ことば》は、外《そと》へ出《だ》さない」    ミナギの声《こえ》がした。 「内《うち》に置《お》くんだ」  アサは、声《こえ》を出《だ》さずに同《おな》じ言葉《ことば》を繰《く》り返《かえ》した。  内《うち》に置《お》く。  ――そのとき、何《なに》かが静《しず》まった。  骨《ほね》は違《ちが》う向《む》きで止《と》まり。   石《いし》は線《せん》を越《こ》え。  枝《えだ》はわずかに傾《かたむ》いていた。  ただ、見《み》る。  それらは静止《せいし》している。  だが彼女《かのじょ》には、そこに流《なが》れが見《み》えた。  線《せん》に沿《そ》って、何《なに》かが通《とお》っていく。  土《つち》の上《うえ》に置《お》かれた石《いし》や骨《ほね》、枝《えだ》を中心《ちゅうしん》に、微《かす》かな光《ひかり》の線《せん》が浮《う》かび上《あ》がるように見《み》えた。  まるで見《み》えない糸《いと》が風《かぜ》に揺《ゆ》れるように、柔《やわ》らかく、そして確《たし》かに流《なが》れている。  骨《ほね》の先端《せんたん》からは鋭《するど》く切《き》れるような光《ひかり》の矢《や》が跳《は》ね、石《いし》の外側《そとがわ》では散《ち》る粉《こな》のように霧状《きりじょう》の光《ひかり》が漂《ただよ》う。  枝《えだ》の上《うえ》では、淡《あわ》くうねる光《ひかり》の渦《うず》が小《ちい》さく回《まわ》り、周囲《しゅうい》の空気《くうき》を震《ふる》わせているようだ。  それぞれの動《うご》きが、ひとつの秩序《ちつじょ》ある流《なが》れを描《えが》き、夜《よる》の森《もり》の静寂《せいじゃく》の中《なか》で息《いき》づいていた。 「……動《うご》いてる」  思《おも》わず、そう言《い》った。  ミナギは、アサを見《み》た。   「見《み》えたか」  アサは頷《うなず》いた。  自分《じぶん》が何《なに》を見《み》たのかは分《わ》からなかった。  これが彼《かれ》の言《い》う|流《・》|れ《・》なのだろうか。 [[illustration:https://api.kakippa.com/api/covers/illustrations/c72d30c8-feaf-4374-8190-e5d129541aa4/1791200641072-2a5d01d5-01e1-4e66-a2c9-48c992462447.webp]]

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