Sakusaku / 第93話

1: 少女の願いと、50万円。プロローグ

   001  正直に言えば、これまでの人生で、未来の自分の時間について考えることに膨大な時間を費やしてきた。  どのくらいかと言えば、二十五年という人生の中で、少年時代も青春時代も十歳のところで止まったままになっているほどだ。  もうすぐ三十路に差し掛かろうとしているのに、将来について迷っている若者たちのプレッシャーを、一部の親御さんたちよりもずっとよく理解できる。  まあ、似たようなことを経験してきたからだろう。  大人である自分たちの考えが間違っていると言いたいわけじゃない。自分たちの世代には自分たちの世代の考え方があるし、新しい世代には新しい世代の考え方がある。  俺はどちらの味方もしないタイプだ。ただ、選べるなら勝ち組の側につく。  青山アキトという人間がどんな人間かと聞かれても、うまく答えられない。しかし、  俺は自分がどんな人間で、どんな考えを持っているか、知っている。  そして、周りの人間にどうやって嘘をつくかも。  002 「今日はなんでそんなしょんぼりしてんの」  体に悪いアルコールを注いでいるバーテンダーがそう言った。  今の俺は六本木のあるバーのカウンターで、犬みたいにぼんやり座り込んでいる。  次々と数を減らしていく歓楽街の中で、今俺が利用しているミッドナイト・ポリゴンは、日本の経済状況に真っ向から逆らうかのように開店してまだ数ヶ月しか経っていない店だ。しかし店内の雰囲気とここの飲み物は客を惹きつける魅力に溢れており、俺のように決まったものが好きな人間も例外ではない。  社会人になって二年が過ぎた俺にとって、仕事のストレスとプレッシャーは少しずつ積み重なっていき、気づけばいつも酒で終わっていた。  知り合いの中で、ほとんどの友人はとっくに出世している。大企業の役員になった奴もいれば、お坊っちゃん学校の校長になった奴もいるし、海外で働いている奴もいる。いつまでもパッとしない会社員でいるのは俺くらいだ。  変わりたいと思ったことは何度もある。しかしそのたびに、「お前には無理だ」という現実に顔面を叩かれてきた。  諦めているわけじゃない。ただ、こうのんびりだらだらした生き方も悪くないかと思うことがある。朝起きて、飯を食って、タクシーで会社に行って、夕方に帰る。たまに会社で寝ることもある。毎日そんな繰り返しだ。  そのうち俺も少しずつ大人になっていった。そして、一日中コンピューターにデータを打ち込みながら会議ばかりこなして、月給たった十万円しかもらえないことが、おじさんおばさんの言う「明るい未来のある良い生活」とはほど遠いものだと骨身に沁みてわかった。しかも、まったく楽しくない。  十万円が多く聞こえる人もいるかもしれないが、必要以上の規則で縛りつけてくる会社に軽いノイローゼになるほど追い詰められながらこなす仕事としては、正直もう限界だ。続けたい奴だけ続ければいい。俺はもうごめんだ。  しかし実際のところ、退職の手続きはできないままでいる。それは妹のせいだ。今ちょうど高校三年生として勉強に打ち込んでいる妹のことを思うと、踏み切れない。  俺より八歳年下のその妹は、深冬という名前だ。物静かで、あまり人と話さない。たいていは大事なことだけを口にする。  もう一つ気がかりなのも、やはり家族のことだ。俺と妹は二人暮らしで、俺が働いて妹の学費を一円残らず出している。しかし妹が中学に上がってから、性格がまるで別人のように変わってしまった。  かつての明るくて活発な子が、引きこもりがちで人と話さない子になってしまった。おまけに、俺たちが本当の兄妹かどうかさえわかっていない。  そう、十年来の付き合いでありながら、お互いが本当の兄妹かどうかを知らないのだ。俺が十六歳、妹が八歳のとき、おそらく母親であろう女性が、かわいらしい顔をした女の子を連れてきた。ちょうどおじさんとおばさんを亡くしたばかりだった俺に、その子を紹介したのだ。  そのとき彼女は妹にこう言った。「この人がいつも話してた、あなたのお兄ちゃんよ」。そして俺に荷物を預けて、「ちょっと仕事に行ってくるから、この子を一日だけ預かっててね」と言い残して出ていった。  あの「一日」は、もう十年が過ぎた。彼女が娘か息子(?)のところへ戻ってくる気配は、今もまったくない。当時まだただの子供だった俺は、その妹を引き取って育て、今では立派な若い女性になっている。  大人になってからやっとわかった。なぜあのとき母親が妹を俺に預けにきたのか。おじさんとおばさんが亡くなった後、子供のいなかった二人の遺産はすべて俺のものになっていた。家も、保険金も、土地も。そして青山の血筋の者たちはお互いに関わり合わないという取り決めがあったため、孫にあたる俺がその遺産を受け取ることになったのだ。  ただ、これはあくまで俺の推測に過ぎない。鵜呑みにしすぎないでほしい。現実はそこまで残酷じゃないかもしれないから。 「今日はクビになったんだよ。最悪」  俺は冴えない顔でそう言った。相手は店主でもあり俺の友人でもあるバーテンダー、康彦だ。同い年の友人の中では、俺を除けば社会的地位が一番低い部類に入る奴だ。もっとも「低い」といっても、商業地区で酒場を開いて一日の売り上げが五十万近くにはなるだろうが。 「次の仕事はどうするの」  相手はまるで俺の話を聞きたくないかのように淡々と聞いてきた。 「わかんない。こんなクビのされ方じゃ履歴書も使えないし」  日本でクビになるのは非常に恥ずかしいことだ。経歴に傷がつけば、家でゴロゴロするしかなくなる。 「フリーランスの仕事なら、お前にだってできるじゃないか。前に更屋敷のお嬢さんのところで働いてたじゃないか?」 「双葉のお嬢さんに頼り続けるのは嫌なんだよ。自分で何かやってみたい」  俺は人付き合いが広くて、気軽にどこにでも溶け込めるタイプだ。ある日、お坊っちゃん・お嬢さん学校に通っていた中学時代に、一人のお嬢さんと知り合った。更屋敷双葉という名前で、きちんとした雰囲気の愛らしい少女だった。彼女にとって、見返りを求めず自然に近づいてきた普通の人間としての初めての友人は、間違いなく俺だと断言できる。  仲が深まるにつれて、彼女はしょっちゅう俺に手伝いを頼むようになった。そのたびにいつも報酬をくれた。最初は何度もそれは友情とは違うと伝えたが、最終的には仕事と割り切って素直にお金を受け取るようにした。 「自分で何かって、あのパッとしない会社員のことか。たいしたもんだな」  康彦が皮肉っぽく言った。 「お前、バーテンダーになれたのになんでそんな口が悪いんだ」 「だってお前が、丁寧な言葉使われると鳥肌立つって言ったんじゃないか」  ……それは確かに言った。 「それより、仕事を紹介してくれたりしないか?」 「何、俺の手下になりたいの?」 「それで食っていけるならいいぞ」  康彦はわずかに驚いた顔をしてから言った。 「お前みたいなレベルの人間が、こんな雇われ仕事に就くべきじゃないと思うけど」  俺が口を開く間もなく、相手は続けた。 「お前はさ……才能もあるし、人付き合いもうまいし、賢いし、物わかりも早いし……」 「ちょっと待て、何の話……」 「だから……みじめな顔すんなよ。本当のことを聞くけどさ、毎日腰を曲げて背中を固めて仕事するのが良いと思ってるの? お前、昔、VTuberの会社の社長になるって言ってなかったっけ?」 「よく中学のときの夢みたいなこと、まだ覚えてるな」
読者の皆さん、こんにちは!今後は2つの異なるシリーズを交互に書いていこうと考えています。実は、この作品のプロットを思いついたのは、もう高校生の頃のことでした。それから、主人公の「アキト」という本名が気になっている方もいらっしゃるかもしれませんが……二人が互いを知る仲であることだけは、お伝えしておきますね。

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