ぽて / 第2話

第2話

 魔法少女にも、集会というものがある。  世界の危機について話し合ったり、恐ろしい敵への対策を考えたり、魔法少女にしか分からない秘密の情報を交換したりする――のだと、私は最初に聞いていた。  だから初めて参加したときは、ちょっとだけ緊張した。  九人の魔法少女が大きな円卓を囲み、重苦しい空気の中で重大な決断を下す――そんな光景を想像しながら扉を開けたのを覚えている。  実際は、だいぶ違ったのだけど。 「私のクッキー!」 「名前書いてなかったじゃん!」 「書いたよ! 箱に!」 「箱もう捨てちゃった!」 「証拠隠滅じゃん!」  今日も違った。 「澪ちゃん、帰ろっか」 「まだ来たばっかり」 「でも事件が起きてる」 「いつものことだから」 「まぁそうだけど……」  私と一緒にやってきた澪(みお)ちゃんは、驚きもせず部屋の中へ入っていったので、私もその後ろから顔を覗かせる。  長い机の上にはティーカップとお菓子が並び、その中央では星羅(せいら)ちゃんと紅緒(べにお)ちゃんが、クッキーの箱を挟んで向かい合っていた。 「紅緒ちゃんが食べた!」 「だから名前がなかったって言ってるでしょ」 「書いたもん!」 「どこに」 「箱の裏!」 「そんなところ見るわけないでしょ!」 「見るよ!」 「見ない!」 「見る!」 「見ない!」  どうやら魔法少女同士の戦いが始まるところらしい。 「二人とも、そのへんにしてね」  奥から穏やかな声が飛んでくる。  淡い桃色の髪を揺らしながらティーポットを運んできた芙花(ふうか)さんは、言い争う二人の前にも当然のようにカップを置いた。 「紅緒ちゃんも、次から確認してから食べようね」 「はーい」 「星羅ちゃんも、お菓子に名前を書くなら見えるところにね」 「はーい……」  数秒前まで喧嘩していた二人が、揃って同じような返事をする。  たぶん今日この部屋にいる誰よりも、芙花さんが一番強い。 「ことはちゃんも紅茶飲む?」 「飲む!」 「澪ちゃんは?」 「もらいます」 「はい。少し待っててね」  芙花さんが微笑む。  私が空いている椅子を探していると、向こうから大きく手を振る人がいた。 「ことはー! こっち空いてるよ!」  声の主は奏(かなで)ちゃんだった。 「ありがとう」 「今日ね、来る途中ですっごい変な犬見たの。犬だと思うんだけど、毛がこう、もっふもふでさ。顔がほとんど見えなくて、歩く毛玉みたいになってて」 「犬だったの?」 「たぶん!」 「たぶんなんだ」 「鳴かなかったから分かんない」 「じゃあ犬じゃないかもしれないよ」 「えっ」  奏ちゃんはそこで真剣な顔になった。 「私、犬じゃないものに手振ってた可能性ある?」 「あるかも」 「どうしよう」 「別にいいんじゃない?」 「そっか!」  ずいぶん立ち直りが早い。  私が隣に座ると、奏ちゃんは今度は紅茶に入れる砂糖の数について話し始めた。一個では足りない。でも三個だと甘すぎる。だから二個が完璧なのだという。  たぶん今日の集会には必要のない情報だった。 「あと二分」  低い声が聞こえて、そちらを見ると、千歳(ちとせ)さんが壁の時計を睨んでいた。 「何が?」 「集合時間」 「まだ二分前じゃん」 「そう。だからあと二分」  千歳さんは腕を組み、その隣では紫苑(しおん)さんが楽しそうに紅茶を飲んでいる。 「今日も来ないと思うわよ」 「来る。昨日、時間は伝えた」 「場所も?」 「伝えた」 「地図は?」 「送った」 「じゃあ無理ね」 「なんで!?」  千歳さんが勢いよく紫苑さんを見ると、紫苑さんはおかしそうに笑った。 「凪ちゃんだもの」  その一言で千歳さんは黙り、私も妙に納得してしまった。 「あと一分……」  千歳さんの顔が険しくなっていく間にも、部屋には少しずつ人が集まっていた。  透華(とうか)さんは窓際で何かの資料を読んでいる。私が手を振ると気づいて、小さく微笑んでくれた。  これで八人。私を入れれば九人だから、足りないのは一人だけだ。  時計の長い針が進み、とうとう集合時間になった。 「…………」  千歳さんは時計を見て、それから扉を見て、もう一度時計へ視線を戻す。 「遅刻」  その瞬間、ばたばたばた、と廊下の向こうから大きな足音が聞こえてきた。 「あ」  私と千歳さんが同時に扉を見る。  勢いよく扉が開き、凪(なぎ)ちゃんが飛び込んできた。 「ごめん! 迷った!」 「また!?」 「今日はすごいよ!」 「何が!?」 「二時間で着いた!」 「それは記録じゃなくて遭難」  千歳さんの声が部屋中に響いたけれど、凪ちゃんは悪びれる様子もなく笑っている。 「途中までは合ってたんだけどね」 「どこまで?」 「家を出るところ」 「そこだけじゃない!」 「でもちゃんと着いたよ?」 「ここまで十分もかからないでしょう」 「えへへ」 「褒めてない」  奏ちゃんが笑い出し、星羅ちゃんもつられて笑う。紅緒ちゃんは呆れたように肩をすくめていた。  私は凪ちゃんのために椅子をひとつ引いた。 「凪ちゃん、ここ空いてるよ」 「ことは! ありがと!」  凪ちゃんが私の隣へ飛び込んできて、これでようやく全員揃った。 「では、始めましょうか」  透華さんが資料を閉じると、さっきまで好き勝手に喋っていたみんなが少しずつ静かになる。  私も背筋を伸ばした。ここからが、本当の集会だ。 「まず、最近の澱みについてです」  透華さんが机の上に何枚かの紙を広げる。そこには地図と、いくつもの印が描かれていた。 「この二週間で確認された数が増えています。場所に規則性はありませんが、以前より短い間隔で現れているのは間違いありません」 「昨日も出たよ。ことはと一緒にいたとき」  澪ちゃんがそう言った瞬間、なぜかみんなが私を見た。 「……なに?」  九人分の視線を受け――いや、澪ちゃんは隣にいるから八人分だけれど、それでも多い。 「私に何かついてる?」  自分の服を見てみるけれど、特に何もついていない。 「クッキー?」  星羅ちゃんが首を横に振る。 「じゃあ何?」 「ことは」  透華さんに呼ばれて顔を上げると、そこにはいつもの穏やかな顔があった。 「しばらく、一人では出歩かないようにしてください。外出するときは、できるだけ私たちの誰かと一緒に」 「……え? なんで?」  返事はなかった。  私はみんなの顔を順番に見る。紅緒ちゃんは腕を組み、芙花さんは少し困ったように笑っていて、紫苑さんは静かにティーカップを置いた。  いつもなら何かしら喋っている奏ちゃんまで黙っている。 「危ないからです」  やがて透華さんが答えた。 「それは分かるけど……」  魔法を使えない私が澱みに襲われたら危ない。そんなことは前から分かっている。  でも、それなら今までだって同じだったはずだ。 「最近、増えてるから?」 「それもあります」 「それも?」  聞き返すと、透華さんは少しだけ黙った。 「とにかく、今はそうしてください」 「むう」  何か隠している。  でも、九人もいるのに厄介だ。  一人くらい顔に出てもよさそうなのに、誰も教えてくれそうにない。 「じゃあ買い物するときは?」 「誰かと行く」  千歳さんが即答した。 「散歩」 「誰かと」 「コンビニ」 「誰かと」 「ゴミ捨て」 「それも誰かと」 「厳しくない!?」  千歳さんは真顔で頷いた。 「安全第一。何かあってからじゃ遅い」 「ゴミ捨てだよ!? じゃあトイレ」 「それは一人で行って」 「そこはいいんだ」 「当たり前でしょ!」  紅緒ちゃんが吹き出し、それをきっかけに張りつめていた空気が少しだけ緩んだ。 「じゃあさ!」  凪ちゃんが勢いよく手を挙げる。 「私がことはと一緒にいればいいんじゃない?」 「目的地に着けるならね」  紅緒ちゃんが言った。 「着けるよ!」 「今日二時間迷った人が?」 「でも着いた!」 「ことはまで連れて遭難するでしょうが」 「しないって!」 「する」 「しない!」 「する」 「じゃあ今からことはとコンビニ行ってくる!」 「やめなさい」 「なんで!?」 「帰ってこられなくなるから!」  また部屋が騒がしくなり、私はその真ん中で笑っていた。  結局、みんなが何を隠しているのかは分からなかったけれど、私を心配してくれていることだけは分かる。  それなら今は、まあいいか。 *  集会が終わったころには、外はすっかり夕方になっていた。 「ことは、帰る?」  澪ちゃんが聞いてくる。 「うん」 「送るよ」 「一人で帰れるよ?」 「だめ」 「もう始まってるの?」 「始まってる」 「家まで?」 「家まで」  どうやら、さっき決まったことは即日適用らしい。  仕方なく澪ちゃんと一緒に歩き出すと、少し先では凪ちゃんが千歳さんに道を教えてもらっていた。 「だから、ここを右!」 「分かった!」 「本当に分かった?」 「右でしょ!」 「そっちは左!」 「あれ?」  そのやり取りを見ながら、今日も平和だなと思う。 「ねえ、澪ちゃん。みんな、私のこと心配しすぎじゃない?」  冗談っぽく言ってみたので、澪ちゃんも笑うと思っていた。  でも、返事はすぐには来なかった。  隣を見ると、澪ちゃんは前を向いたまま歩いている。 「……そうかもね」 「でしょ?」 「うん」  それだけ言って、澪ちゃんは少しだけ私の近くへ寄った。肩が触れそうなくらいの距離だったけれど、私は特に気にせず、そのまま隣を歩く。  九人も魔法少女がいるのに、みんな心配性すぎる。  むしろ心配なのは、みんなの方だ。  私を守ってくれる人は九人もいるのに、その九人を守ってくれる人は、どこにもいないのだから。

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