井氷鹿 / 第22話

9.本木にまさる末木なし5 The first is the best.

 ベーを抱きかかえて寝落ちしたのが気に入らなかったのか、崇直の機嫌が宜しくない。 「モヒートまでは覚えてる」  その後が、ぼんやりだ。  頭沸いてた? そのとーりだよ、いや、もう煮えてました。機能停止一歩前だ。 「ウイスキー、ダブルのロックだって樹が言ってた。『わーちゃんって意外とお酒弱いんだ』って笑ってたぞ」   呆れ顔でそう言うと、目の前のソファに腰掛け足を組む。   うわっ、さすが弁護士さん。すっかり社会人だな。  今年、まー爺の会社の法務に就職したんだっけ。  一端のスーツ着ちゃって。 「しかし、樹め」  呑んだ相手が悪かったんだ。  先輩のペースで呑んだら死ぬのは分かってるから、自重してたはずなのに。  失敗したなぁと思ってたら、苦虫でも噛み潰したような顔で崇直がこっちを見ていた。  やっぱり、ベーに抱きついたのが気に障ったのか。  「わーちゃん、はい、お代わり。ぴっかレモンがあったからレモン水にした」  そこへ紅緒がグラスを持ってやってきた。すとんと僕の隣に腰を下ろす。  っていうか、おまえその生脚をどうにかしろよ。頭ン中はまだ小六男子かよ。  なんで髪の毛まで濡れてんだよ!  どこから突っ込んで良いのか、言いたいことが頭の中で渋滞して言葉にならない。  こっち向いて、上目遣いで見るなって。あぁあ、バカヤロウが。 「そのかっこう……」  「ああ。ごめん。倒れた拍子にお酒被っちゃって、勝手に借りちゃった。風呂場に畳んであったから」   と悪振れることもなく言ってのける。   そこじゃねーよ。怒ってなんていないよ。びっくりしてんだよ。  おまえ、その格好でここから家まで帰る気かよ。  しかもそれ、僕が朝脱いだやつだよ。  こっちが赤面するから、マジ勘弁してくれ。 「じーちゃんが崇ちゃん呼んでくれたのよ。ちょうどこっちに用があって来てるはずだからって」  「紅緒一人じゃ連れて帰れないだろ。樹じゃ役に立たんし。お前でかすぎるから。まー爺はあの後別件で出かける用があって、お鉢がオレに回ってきた」   あああっ、もう! 自分に腹が立つ。  のんきに座ってなどいられるかっ。追い返さないと。 「そりゃ、すまなかった。紅緒も、迷惑かけて悪かったな」  「いいよ。わたしも何だかテンション上がっちゃって飛びついたから、ごめん」   と紅緒も立ち上がり、肩で小突いてきた。  ……っバカか。下着が見えるだろ。この中身小学生がっ。  「そろそろ樹が迎えに来るな」   腕時計に目をやり、崇直が言う。  「今日はすまなかった。世話になったな、二人とも。ありがとう」  樹、早く来い。これ以上は無理。  生足も無理。  たとえ崇直が居ても濡髪に素足にシャツって、どんな罰ゲームだよ。 「えーっ。もう追い出す気。ひっどーい」  と、隣で紅緒がまた肩をグイグイ押し付けてくる。  だから、体を摺り寄せるなって!  「べーは泊まっていくか?」   「いくいくーっ」  「だってさ、亘」  あほか、崇直。  ナニを言い出すんだ君も。  紅緒も簡単に応えんじゃねぇって。  そこへ、ちょうどいいタイミングで来客の呼び出し音が鳴る。 「ほら、迎えが来たぞ」  ナイス樹。地獄に仏だ。   さあとっとと帰れ、お前ら。 「忘れ物すんなよ〜」  紅緒が、ゴミ袋一枚拝借したよ、と言いながら着ていた服を突っ込んだ袋を掲げて僕に見せる。  そんなもんいくらでも持ってけ。だから、早く帰れって。 「それ、置いてけ。クリーニング僕が出すから」  「いーよ、どうせ他も出すんだから」  と言いながら、こちらに背を向け右足を上げ左足の膝で支えながらローヒールのパンプスの踵に指を突っ込む。  素足には履きづらいんだろうか。  しかし、眼福すぎてまともに見れんぞ。  崇直はよく平気だな。紅緒の腕持って支えてやがるが。上から見えてんじゃないのか、このヤロウが。  兄妹同様で育つと、気にもならずそうなるのか。  でも、直樹と紅緒は。  「わーちゃん、明日休みでしょ。トールちゃんが言ってた」   靴を履いた紅緒が振り向きざまに聞いてきた。  トールちゃんって、え、平川先輩。  そうだ。  「平川先輩は」   すっかり忘れてた。先輩置いて帰っちゃったんだ。 「平川さんならまー爺に連れられて出かけて行ったよ。心配ご無用って伝言頼まれてた」   何で知り合いなんだよ。 「だから、なぜ先輩を……」 「ああ、樹と卒業までオレもあそこでバイトしてたんだ。蝶タイ結んで。兄弟仲良く」  「崇ちゃんって、女性会員の人気すごかったのよ。じいちゃんは女性目当で『オレの孫ハンサムだろ』って連れ回して喜んでた」  まー爺、元気っすね。  そっか、やっぱり僕だけ蚊帳の外か。      部屋から出れば玄関先はこの部屋専用のエレベータホールだ。  エレベーターが着くと崇直が、ここで良いよと言いやがった。  何でだよ。 「下まで行くよ」  「ここで良いって。じゃ、また」  「わーちゃん、また明日」   紅緒が、ドアが閉まるまでニコニコで手を振ってくれた。  また明日~って、おい。  しまった。  紅緒を部屋に上げちまったぞ。  第1章 Grasp all , Lose all.1 1995年 亘編 春 終

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