井氷鹿 / 第48話
22.入り日良ければ明日天気4 Red sky at night , sailor’s delight.
八月に入ると、オレたちは実務研修に入る。
十人前後の班に分けられ、民事裁判、刑事裁判、検察、弁護の四分野に分け各分野に四ヶ月、ローテーションで回ることになる。
オレの第一希望は最初から一群、東京だ。
今日、その配属先の発表があった。
実務研修まではまだ二か月以上あるが、配属先によっては住居を探さないといけなくなるから、その配慮もあって、早めの発表になってるらしい。
幸い実家が都内だから、配属率は高いと聞いてはいたが、本当に当たっちゃったよ。
しかも何の因果か刑事裁判修習が真っ先に来たよ。
配属先班編成を見たら、田中も一緒だ。
八月から、オレ達は本庁『東京地方裁判所』に配属になる。
希望者多数の大人気の配属先だったが、そこでも田中と一緒だなんてなんか可笑しな気分だよ。
「疲れてない? 笠神」
寝不足なだけだ。原因の半分はお前だけどな、田中尚途。昨日の夜はアレだ、起案書くより飲み過ぎだ。
さて、研修室に来たは良いけど他の班の連中も大変そうだなぁ。
「酔っ払いって、どうしてこーも喧嘩っ早いかね。直ぐ殴る」
思わず愚痴りたくなる。
模擬とは言え、刑事の事件って傷害多くね?
酔っ払いがぶつかって殴る。酔っ払いが店内で気に入らない客を殴る。
学生同士で酔ったほうが絡んで殴る。
どこまで進んだ、田中よ。
オレは今までの起案がずばーーーっと浮かんできて、酔っぱらいがうっとうしくなってきたぞ。
「酩酊状態で路上で殴打とか? 一緒に飲んでて酔った方が絡むとか? こっちは絡まれたほうが傘で殴ってる」
「おー、出た逆パターン」
「こっちはお尻触られたOLが鞄で相手の顔を殴打。相手が怒って傷害で告訴だって。鼻の骨折ったらしいけど、このおっさん会社役員なのにねぇ。後先考えないって、ホントばか」
ははは、それ言えてる。
「社内でやらかしてる。あ、女性の体を同意無しで触ったのはコミュニケーションですって。常習犯みたい。ほんとにもう。これがセクシャルハラスメント、セクハラだって言うのよ!」
ため息混じりに但馬女子。
模擬裁判記録とはいえ、実際起きた事件が元だけになんとも滑稽で脱力してしまうよね。
「鉄拳制裁されて当然、そう思いません笠神さん」
「そこは裁判官殿、名裁きでギャフンと言わせてくださいな」
但馬女子は、キリッとした笑顔で答えてくれたよ。
彼女は検事か判事か、なんかそっち系の匂いがするんだよね。
彼女も含め、この三人は配属先も同じ本庁になる。益々気合が入るって話だよな。
週が明け、あっという間に週末がやってきた。
「で、なんでおまえらがここに居るんだ?」
田中と司法研修所の門を出たら。
「よぉ、崇直。田中さんも」
心臓に悪いじゃないか、このやろう。うっれしそうな顔しやがって。
「崇ちゃんお疲れ~。ナオト先輩お誘いありがとうです」
ナンダと、と田中を睨む。
「言ってなかったっけ。今日でしばらく行けないから予約しといたんだ、先生の店」
あ、なるほどね。戻ってきたら、起案起案の地獄が待ってるんだったわ。
ここじゃなんだからと、亘と紅緒を急き立てて門から離れ脇に避ける。
「今日はお祝いってことで、じーちゃんから軍資金たんまりもらってきたよ」
と紅緒が肩にかけたショルダーをぽんぽんと叩く。
「しっかり呑めますよ、先輩も」
「俺まで、いいの」
「いいのいいの。ママも久しぶりに遊びにおいでって言ってたよ」
ああ、直樹の親友だったからな。よく来てたわ、そー言えば。
「ところで、オレまだ研修真っ最中なんだが」
「知ってるよ、そのくらい。でも今週は帰るんでしょ。ママが張り切ってた」
なるほど。月曜は母さんの弁当持参で研修所か。
「あ、いっちゃんは昼間はひろよちんと夜はバイトでパスだって」
はいはい、樹のことはどーでもいいよ。ムカつくから。
それより、なんかすごい視線集めてる気がするんだが。
振り返ったら、門から出た司法修習生らがなぜかみんなこっちを振り返って団子状になってる。
牛歩並の速度で、とろとろ歩いてるよ。仕方ない。
「亘、あっちみて愛想笑いしとけ」
「はぁ?」
といいつつ、言われた亘は馬鹿正直にこっちを見ているだろう相手に軽く頭を下げた。
ま、今のお前はご機嫌だから、愛想笑いは要らないか。
「じゃ、そろそろ行くか」
と紅緒の横に立ち、さり気なく腰に手を添える。
「笠神、ざわついてるぞあっち」
「崇ちゃん、手繋いで良い?」
何でそうなる。
と思うまもなく、紅緒がオレの手を握って言った。
「じゃ、駅までみんなで歩いていこっか」
あ、今日はオレと直樹の誕生日だ。
第2章 Fall between two stools.1 1995年 崇直編 春 終