エナジーコット(@EnergyCotton) / 第209話

第46話 行商人の来訪(8歳)

 気が付けば春を迎え、サミュエルは8歳になっていた。  冬小麦も順調に育っており、今のところ魔物素材入りや魔石入りの堆肥による問題は確認されていない。  そんなある日、ヴァロンの町に行商馬車がやってきた。 「なに?行商人が会いたいだと?」 「はい、王都よりマルシュブルグを経由してここまで品を持ってきたため、是非ご覧いただきとのことです」  セドリックは家令からそのように報告を受けた。 「こんな辺境まで一体なにをしに来た?残念ながら我が領地には行商人が進んで欲しがるような特産品はないはずだが」  マルシュナト辺境伯によって辺境伯領とその寄子の物流網が構築されている。だから必要な物資が不足するということはあまりない。だが特産品があるというわけではなく、それぞれの領地で足りないものを補い合っているというのが現状である。 わざわざ王都から遠方の物を高値で売りに来ることはあっても仕入れるものがない。ましてや利に聡い商人ならば、ヴァロワール領が決して豊かな領地ではないことも知っているはずである。 「おそらくですが、マルシュナト辺境伯を仲介して改良照明具を販売している事を知り、支払い能力があると思われたのかもしれません。あわよくば改良照明具も受注生産品以外にもあれば買い取ろうと考えているやもしれません」  改良照明具の販路や仲介はマルシュナト辺境伯に一任しているが、生産元を隠しているわけではない。サミュエルも自らの刻印を入れることに許可を求めたぐらいだ、サミュエル本人の頼みもあり、辺境伯にどこで作ってるか広く知らしめてもらうようにしていた。 「なるほどな。それなら合点がいった。どんなものを持ってきたと言っていた?」 「なんでも王都で流行ってる珍しいものを持ってきたとか。中には魔術具もあると話してました」  魔術具を持って来たことで間違いがない。おそらくヴァロワール領で魔術具を作ってるため興味を持つと思われている。実際珍しい魔術具ならサミュエルが興味を持つだろうことは想像に固くない。 「わかった、では会おう。珍しいものがあると言うのなら、家族の者も同席させよ」 「かしこまりました」  王都からわざわざ持ってきたものだ。商品を見るだけでも楽しめるだろうと思い全員を同席させることにした。魔術具もあるならサミュエルが興味も持つだろう。個人で持ってるお金はサミュエルが最も多いのだ。多少使う機会を作ってやろうとも考えていた。  しばらくして、応接間に家族全員と商人を迎え入れ、商人は挨拶をする。 「この度は、私の希望を叶えてくださり、誠にありがとうございます」 「なんでも王都からこの辺りでは珍しい品を持って来てくれたとか?」 「仰るとおりでございます。こちらでございます」  商人がそう言うと、目の前に様々な品が広げられた。  武具などの刀剣類、女性が着飾るための装飾品、仕立て見本の絹で出来たドレス、細工が施された銀食器やガラスの杯、この辺りでは見ない香辛料や果実酒などが並べられる。 「特に装飾品やドレスなどは今王都の社交界で流行しているデザインとなっております」 「綺麗ね」 「本当ね」  商人はまず装飾品とドレスを前へ出した。  レベッカとミシェルが興味を示したのを見ると、商人は満足そうに頷く。 「ご婦人方はやはりお目が高い」  女性陣の関心を引けば、贈り物として男性陣にも購入を検討させやすい。 「またこの香辛料は東方に広がる砂漠にある国から仕入れたものでございます。独特な辛味が肉のアクセントとなって王都でも人気の商品となっております」  湾曲した刃を持つ見慣れない剣にマイケルが目を留めた。 「なあ、この武器変わってるな」 「はい、そちらの武器もこの香辛料と同じ国で使われている武器となっております。向こうではシミターと呼ばれる片刃の剣です」  エドワードは果実酒を興味深そうに見ていた。 「見たことのない酒だな。何でできているんだい?」 「はい、そちらは梨でできた果実酒となっておりまして、数多の銘酒を口にしてきたロアール伯爵もお気に召された一品でございます」 「……いくらだ?」 「金貨3枚でございます」 「そうか」  それを聞いたエドワードは顔を引きつらせ、そっと元の場所に戻した。改良照明具の販売で以前より懐事情は良くなっている。だが果実酒1本に金貨3枚はさすがに高い。それに今は他にも欲しそうな顔をしている者がいる。  一方でサミュエルはというと、珍しそうにはしているものの欲しそうな顔はしていなかった。むしろ何かを探すように商品の山へ視線を向けている。  それに気づいた商人がサミュエルに声をかける。 「そちらの若君はご興味ございませんか?お探しの品でもございますかな?」 「えっと……、探しているものは……その……見てるだけです」  突然商人に声をかけられてサミュエルは戸惑った。前世でも似たように店員に『なにかお探しですか?』と聞かれた時にも『いいです』と断って逃げた過去を思い出した。  セドリックはサミュエルがいつもの人見知りを発揮しているなと思い助け舟を出すことにした。 「なんでも魔術具もあると聞いたが?」 「もちろんでございます。ヴァロワール男爵様は新しい魔術具に興味がおありと伺っております」  商人はそう言うとまだ表には出していない、大人でも一抱えはある箱を取り出した。サミュエルは話からしておそらく魔術具だろうと察しがついた。 「こちらがつい最近開発された魔術具でございます。いま王都に限らず大貴族の間でも人気の商品でございます」  そう言って商人が箱を開けると、中から現れたのはガラスでできた球体だった。  人の頭より一回り大きく、表面には小さなガラス片が無数に貼り付けられている。  まるで宝石を大量に埋め込んだような見た目だった。 (あれ……?)  サミュエルは強い既視感を覚えた。だが何に似ているのか、すぐには思い出せない。 「どなたか魔術が使える方はいらっしゃいませんか?できればそれなりに魔力量が多い方にお願いします」 「はい!俺が使えるよ!」  マイケルが魔術を使えることを名乗り出る。 「ではこれに魔術を流していただけますか?危険なものではありませんのでご安心ください」  商人がそう言うとマイケルは商人が持つ魔術具に触れ、魔力を注ぎ始めた。 「結構魔力を使うね。あ……!」  すると商人が手に持っている球体が光り、ゆっくりと回り始めた。  球体の内側では六色の照明具が輝き、その光が無数のガラス片で反射される。  赤、青、緑、黄、紫、橙――色とりどりの光が壁や天井へ散らばり、部屋の中を踊るように動き回った。 「おお……!」「綺麗……」「これは凄いな」  セドリックやルーシー、エドワードが感嘆の声を漏らす。  それほど派手な光が部屋中を照らしたからだ。  しかしサミュエルはそれを見た瞬間、頭の中が真っ白になった。家族の顔が、ミシェルの涙が、あの夜の温もりが、一瞬にして色褪せていくような感覚がした。  居ても立っても居られず、部屋から飛び出した。 「あ!サム!」  ミシェルがサミュエルを静止しようと声をかけるが、その声を振り切って部屋に逃げ帰った。  部屋に入るとサミュエルは膝を抱え蹲る。 (なんだなんだなんだ……。あれはなんだ……!)  サミュエルの考えがまとまらない。 (照明具なのはわかる……。だけどなんだあの光は!あの色は!)  先ほど見た光景を思い出す。サミュエルは先程感じた既視感の正体がわかった。  前世で見た記憶がある。ミラーボール……ディスコライトとも言われる物にそっくりだった。 (なんであんな物になってるんだ……)  サミュエルは光り始めた瞬間に気づいていた。 (あれは俺が作った照明具の真似だ……!)  技術が盗まれた。そう思った。だが技術が盗まれた事自体はサミュエルにとって問題ではなかった。 (あれは家族のために作った照明具だったのに……ミシェルの婚約を祝いたくて……みんなに喜んで欲しくて……)  自分が想いを込めて作った照明具。それをあんな下品な物に使われている……それが酷く許せなかった。自分の家族への想いを冒涜された気がした。  その後、レベッカとミシェル、マイケルが部屋の外までサミュエルを呼びに来たが、その声に答えることはなかった。

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