エナジーコット(@EnergyCotton) / 第28話

第28話 光明(6歳)

 サミュエルはミシェルたちと別れ、工作室に戻っている最中、屋敷がやけに騒がしいことに気がつく。レベッカが使用人に指示を出している声である。 「お母様?」 「あら?なにかしら?」 「なんだかお母様や使用人が忙しそうに見えたので、気になって声をかけました」 「ええ、ルーカスさんがマルシュブルグに帰るのに合わせてエドワードとミシェルがマルシュブルグに婚約の儀に向かうということで急いで準備しているの」 「婚約の儀ですか?」  聞き慣れない言葉が出てきたため、サミュエルは問いかけた。 「そうね、サムはまだ知らないわね。婚約の儀というのは昔からある作法みたいなものよ。婚約の話にお互いが同意したら、結婚後に住む街で神様に報告をするの。『私たちは婚約します』って」  その話を聞いてサミュエルは前世の結婚式みたいだなと思った。 「そのためにはまず、花嫁側からお祝いの品を家族が用意するのよ。家族や身の回りの人から、婚約がこれだけ祝福されてますって表すためね。そして婚約の儀で神様への報告が終わったら、花婿が花嫁の家に返礼の品を返して、それを受け入れることで婚約の儀がちゃんとできたっていえるのよ」  まるで前世にあった結納と結納返しのようだなとサミュエルは思った。 「その準備で忙しいということですか?」 「ええ、ある程度は前もって準備を進めてはいたんだけどルーカスさんの帰りに合わせてってことで、ちょっと慌ただしくなってるわ」 「僕もなにかしないと駄目ですか?」 「いいえ、十歳式を迎えてない子は特にやる決まりはないわ。でも働けない年齢の子は、気持ちを籠めた手紙や刺繍した物を送ることが多いわね。マイケルは十歳式を迎えてるから町でなにか準備しているのは聞いているわ」  10歳未満は特になにもしなくていい。だからサミュエルはいままでなにも聞かされていなかった。 「じゃあお母さんは忙しいからもう行くわね。もしよかったサミュエルも手紙でも書いてあげてね」  レベッカはそう言うと使用人たちのほうに去っていった。  工作室に戻ったサミュエルは、ルシアンから贈られた切り替え式照明具の術式を書き写しながら、レベッカの話を考える。 (ミシェルに贈り物……か。手紙でもいいと言ったけど……)  たしかに今の自分は6歳児だ。だけど中にいるのは一人の大人だ。  経済力はないとはいえ、手紙で済ませてしまうのはなんだか違う気がした。 (だけどお金があるわけじゃない。マイケルは十歳式を迎えて以降、父親の仕事の手伝いや魔物の駆除任務を衛兵たちと一緒に行くことで正当な報酬をもらってるみたいだ。だけど俺にはそれがない)  事実、経済力の関係で気持ちを籠めた品や手紙でいいとなっているのだ。 (いや、俺には魔術具があるじゃないか。だけどそれはこの家の物……俺の物じゃない……)  気持ちを籠めた物を渡すということは、その人ならではの物を渡す必要がある。いくら魔術具とはいえただ修理した物、しかも自分の物でもないものを渡すのは道理に反する。 (自分が心を込めたとわかってもらえればいいんだ。じゃあそれをどう表現すればいいか……)  答えが見つからない。  思考の海に飲まれており、とうとう周囲にも意識が向けられないほど悩んでしまっていた。  そんなとき、目の前が光に照らされる。 「――ちゃま!坊ちゃま!」 「あ、アレン?どうしたの?」 「どうしたのではありません。すでに薄暗くなっているのに、全く明かりを付けようとしないので、呼びかけていたのです」 (そんなに集中していたのか) 「そのご様子ですと、私がカークと仕事を変わったときの返事は生返事でしたね?」 「え?」  いつの間にかカークが部屋にいなくなっていた。おそらく呼び出しかなにかでアレンと変わったのだろう。 「ご、ごめん」 「気をつけてくださいよ。暗い所で細かい作業は目を悪くします。怪我の元にもなるのですから」 「今後から気をつけるよ……。ところでアレンは今なんの魔術を使ってるの?」 「あ、これですか?これはライトの魔術ですよ」 「え?アレンって光属性の魔術が使えたの!?」  1年以上一緒に行動するようになって初めて知る事実だった。 「ええ、普段あまり使わないようにしております。光属性が使えると知られると面倒事が増えるので。この事は旦那様とエドワード様、あとは私の上司である従士長しか知りません」 「僕に知られてもよかったの?」 「はい、信用できる方なら特に問題ないと思っています」  いつの間にかサミュエルはアレンの信用を勝ち取っていたようだ。特別なことをした覚えはない。だが、日々を共に過ごすうちに信頼してくれたのだろう。 「でも光属性が使えるなんて凄いね」  サミュエルはそう言うと、初めて見たライトの魔術をまじまじと観察する。心のどこかに引っかかるものがあった。 「坊ちゃま。どうかされましたか?」 「いや、なんか照明具となにかが違うなと思って……。ちょっとそのまま持ってて」  サミュエルはアレンにライトを使わせたまま、修理済みの魔術具を使うと、火が灯ったような温かい赤みを帯びた光が広がる。  そしてアレンの魔術と魔術具の光を比べる。アレンの魔術は白い光だった。 「あ!そういうことか!どうして気づかなかったんだ!」  サミュエルは叫ぶ。 「急にどうされたんですか?」 「以前おかしいと思ったんだ。なんで色を変える術式があるのか。そうか……ライトは白い光……昼白色みたいな光なんだ。ランプの火とは色が違う。だから火の色に近づけるために色を変えているのか!」  前世を持つ、中にいる男にとって、照明器具の色はオレンジの電球色、白っぽい昼白色、青白い昼光色が一般的だ。  だがこの世界の人にとって明かりは火の光。赤みがかった暖色だ。ただでさえ少ない魔術使いの中でも、更に希少な光属性が使うライトなんて見る機会はほとんどない。見慣れた火の色ではなく、白い光なんて気色が悪いと感じるのだろう。だから照明具の色は火の光の色に統一されてしまっている。 「ありがとうアレン!アレンがライトを使ってくれなかったら気づけなかったよ!」  アレンがサミュエルを信用し、さっきまでのサミュエルを見かねて照明具ではなく自前のライトを使ってくれたからこその気づきだった。 (やりたいことが思いついた。そのためには許可をもらわないと……。1つだけじゃ駄目だ。やりたいことには2ついる……)  そう思い、照明具を2つ、やりたいことがあるから、代金は出世払いで自分の物にさせてほしいとお願いするため、すぐにセドリックの元へと向かった。  返事は特に問題がないから好きにやれ。ただし危ないことだけはするなと言われただけだった。

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