エナジーコット(@EnergyCotton) / 第29話

第29話 改良(6歳)

 セドリックから許可を得たため、翌日、サミュエルはまず初めにルシアンから贈られた複合術式の照明具の中身の術式を書き写す。  非常に綺麗な術式が切り替えのツマミだけで分岐する仕組みになっていた。  魔力を込め、切り替える度に発動するライトに使われるているものと同じ、点灯の術式が変わる。点灯の術式が5つもあるのは光量を変えるためだろう。  ただし通常の照明具と違って多くの魔力が注ぎ込まれているのを実感する。  術式が5つに増えているが5倍どころでは済まない。10倍近く使っているように感じる。 (感覚的に1回で初級魔術10回分が減った感覚がある……これは試作品と言っていたから、おそらく完成品では消費量を抑えることができたのかもしれない)  そしてサミュエルがやりたいのは光量の調整ではない。  なぜ色にこだわるのか。理由はサミュエルの中にいる男にあった。  絶望しかない前世だった。だが、時折夢に見る記憶は、否応なくあの頃を思い出させた。幼少期には親から見捨てられて、温かい食事なんてほとんどなかった。死なれては保護責任を問われ、自分が捕まるから。そんな理由で見切り品の冷めた惣菜弁当や菓子パンしか食べたことがなかった。服だって貰い物の古着のようなものばかりだった。  破れてもそのままで新しいものを買ってもらえるどころか、解れすら直してもらうことはなかった。食事に関しては大人になってからも自分で作ることはついぞなかった。食事はあくまで栄養補給のもので美味しいと思ったことがないからだ。  そんな前世でも、日本で食べた惣菜がこの世界より恵まれているのがわかった。そして貧乏ではあったが、夜には街灯に照らされ、室内はエアコンや電子レンジなど生活環境は便利で整っていた。それが郷愁の念と言えるのかは不明だが、そんな男ですら前世の暮らしを思い出して懐かしい気持ちになる。  前世そのものに未練はない。だが、そこで過ごした日々の一部を懐かしく思うことはある。そんな自分ですらそうなのだ。結婚し、故郷を離れ、マルシュブルグで暮らす姉もきっと、郷愁の念に駆られ、寂しい思いをする時がくるはずだ。それを慰めることができる贈り物が必要だと考えた。  すでに色の術式はわかっている。これはライトの術式に比べて非常に短いので難しくない。そしてこれからやるのは自身にとって初の試み。《《術式の追加》》を行う。  前世があるから知っている。すべての色は光の三原色の組み合わせで成り立っている。だから多くても3色、赤、青、緑の術式を追加するだけでいい。  それなら既存の魔術具に付け加えればいい。問題は色の調整だ。1色や2色だけなら魔力が流れ込む術式の入口の太さを変えて流れる魔力量を変えてやるだけでいい。これは試作型の照明具でも使われている技術だ。だけど今回は3色以上の切り替えが必要だ。これも以前エドワードに買ってもらった本にヒントが書かれていた。  魔力調整の術式。本来は過剰に魔力を注ぎ込んで故障しないように創造された術式だった。だがサミュエルは、その術式を色の術式の前に書き込む。そしてツマミの切り替えで変えたい色のパターンごとに各術式へ通過する魔力を調整できるようにする。  考えはまとまり、術式の図も描いた。そしてこれからやるのは一部の術式を消し、自分が描いた図面の通り術式を書き換えることだ。幸い魔術インクは摩耗し消えるため、消すこと自体は難しくない。ただ自分で術式を書くという行為が初めてで上手くいくかはわからなかった。だが今は自分を信じて挑戦するしかない。そう腹を括って、挑む。  まず術式をすべて書き込むのに1日かかった。  最初は赤を基準に、青との組み合わせで紫、緑との組み合わせで黄が出るよう調整した。  アレンに魔力を流してもらうと、照明具は確かに赤く光った。 「できた!」  そう思ったのも束の間、切り替えのツマミを動かすと、今度は赤と青が同時に流れ込み、術式が干渉して紫色とも灰色ともつかない濁った光になる。 「違う……」  サミュエルは書き込んだ術式を見つめた。  頭では理解していた。  複数の術式を重ねるだけでは駄目なのだ。流れ込む魔力まで調整しなければ、思った色にはならない。  想定の色より濃すぎたり、薄すぎたり、また一から書き上げた術式の部分で魔力がスムーズに流れなかったりとトライアンドエラーを繰り返すことになった。  何度術式を書き直しても、思った色にはならない。 「ごめんアレン。もう一回だけ」  そう言うのも、この日で何度目かわからなかった。 「構いませんよ」  そう言って魔力を流してくれるアレンは、魔力切れになりかけるほど付き合ってくれた。そんなアレンにサミュエルは申し訳なさを覚えた。  自分のわがままに付き合わせている。  それでも、姉が故郷を思い出して寂しくなった時、その心を少しでも慰められるなら。  そう思うと、手を止める気にはなれなかった。  次に2つ目に取り掛かることにした。  こちらは特に難しい。色の組み合わせ自体、サミュエルも詳しくないため、大まかな調整を決めてからは手探りになるからだ。  婚約の儀に向かう前日、なんとか2つとも完成した。  婚約の儀に向かう前夜、ちょっとした催しが行われていた。家族からミシェルに対してお祝いと贈り物をする日だ。 「おめでとう、ミシェル。儂からこれだ。ヴァロワール家の人間であることを忘れないようにな」  祖父からは碧色の宝石が嵌められたイヤリング。碧色は代々ヴァロワール家の男系に受け継がれる瞳と同じ色だった。 「おめでとう、私からはこれね。体を冷やさないようにね」  祖母からは赤い髪に合う、深い紺色のショールが渡された。 「ありがとうございます。お祖父様、お祖母様。大切にします」  続いてエドワードとレベッカに入れ替わる。 「おめでとうミシェル。立派になったな。もう嫁に出す日が来るとは」 「あなた、まだ婚約ですよ。結婚する前からその調子だとあとが大変ですよ。でもこうやって娘が立派になったと言いたくなる気持ちはわかります。これが私たちからの贈り物です」  エドワードからは、新しい家庭で使うための銀食器が、レベッカからは小さな赤色の宝石がついた首飾りが贈られた。 「この首飾りは私が母から嫁入り時に贈られたものよ。母も嫁入りの時に私の祖母から贈られたと言っていたわ。だからこれを私から贈るわ。もし娘が出来て、嫁入りする際はあなたもこれを娘に送ってあげてね」 「はい、お父様、お母様。ありがとうございます」  次はマイケルが前に出る。 「姉上、おめでとうございます。これをどうぞ」 「これは……短剣ね」 「はい、貴族の女性は身を守るため短剣を身につけることがあると聞きました。もしルーカスさんが不在で身の危険が迫った時、姉上自身が身を守れるようにと思って用意しました」  貴族の女性が護身用の短剣を持つ。これは身の危険を感じた時、威嚇するためであり、相手を攻撃するためでもあり、貴族の女としての尊厳を守るためにも使われる。  まだマイケルにはそこまで深い意味は知らなかったが、この厳しくも優しい姉が、身の危険から少しでも遠ざかって欲しいという思いで用意したものだった。 「最近よく町に行くと思ったら、これを……。ありがとうマイケル……大変だったでしょう」  装飾もあまりなく、実用性を重視した簡素な短剣。だが10歳の子どもが短剣を用意するのは大変だっただろう。仕事も頑張って手伝っているのは知っていた。町にもよく行っていたのも知っていた。だがこれを自分に贈るためだったと知り、涙が出そうになったが堪えた。代わりに優しくマイケルの頭を撫でてあげた。 「姉上、さすがに恥ずかしいのでそれは……」 「そう、昔は甘えん坊でこうやって頭を撫でてあげたら喜んでたからつい」  そう言って弟を少しからかいつつ、嬉しさが顔に出るのを隠した。 「ありがとう、マイク。大事にするわね」  そしてサミュエルがマイケルと交代する。  サミュエルはなにかを大事そうに抱えてきた。6歳の子どもがなにか用意してくれたらしい。 「サムからも?あなたはまだ小さいから無理しなくていいのよ」 「僕から今できる精一杯の物を用意しました。二人へのお祝いの気持ちです」  そう言って、2つの照明具を取り出した。

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