エナジーコット(@EnergyCotton) / 第1話

第1話 とある男の終わりと始まり

 ピ、ピ、ピ、と電子音が鳴っている。  その間隔が昨日より開いた。数えるまでもなく、もう長くはないとわかる。  こんな時まで測っているのか、と自分でも呆れた。昔からそうだ。目の前のものを一人で観察して、理屈を考え、分解する。それしかできない男だった。  親には見捨てられ、友も恋人も妻子もない。この部屋で自分の生き死にに反応しているのは、さっきからこの機械だけだった。  もし次があるなら――  無信心な男が死に際に輪廻転生などに縋る。我ながら益体もない。そう考えて、男は意識を手放した。  =====================================================  どれくらい時間が経ったのだろうか。男は意識を取り戻した。  そして聞こえてきたのは電子音ではなく人の声だった。 「■■――■!■―■!」  なぜだか周囲が騒がしい。  こちらはもう体を動かす力すらないんだ。  せめて最後は静かに見送ってくれないだろうか。 「―――■■―!――■■!」  一瞬温かい感触に包まれると不思議と体が少しだけ楽になった気がした。 「■―!■―!」  ふと気づく。周りがなにを言ってるのか言葉がうまく拾えない。  いや、言葉が拾えてないのではなく、なにを言ってるかが《《わからない》》。  そもそもあるはずのものがない。  自分は声が聞こえてくるまで、いや目を覚ますまで、ここ数十日を苛まれ続けてきたはずの、あの忌まわしい痛みと胸の苦しみがない。  しかし体がうまく動かないのは変わらない。目を開けても霞んで見える。  人影は捉えているが、誰なのかはっきりと認識できないのだ。  なにが起きているか確認するために声を出す。と言っても今の自分がはっきりと発声できるわけではないが、看護師がそれに気づけば簡単に応答してくるはずだ。 「あー、あー」  声は出た。出たがやはり辛くない。いやそれよりもなぜだか声がとても高い。まるで赤子のような。 「■■―!―――■■!」 「■■■……■――……」  なにを言ってるのかわからないが、声に喜びの感情が含まれているのはわかる。  自分が言葉にもならない発声をしたことで声の主がなにやら喜んでいるようだ。  そして気づく。  腕が動いた。  眼の前まで持ってくることができたのだ。目を覚ます前までは、わずかに動かすことしかできなかったのに。それも驚きだがそれより驚くことがあった。  ぼんやりとだが腕が小さい。  たしかに自分の腕はすでに痩せ細り、骨と皮だけのような状況で、色も青白くなってしまっていた。  だが見えた上ではぷっくりと丸く、短い。  例えるならまるで赤子の手のようであった。  そしてさらに気づくことがある。見ているものすべてに色がなくまるでモノクロの映像を見ているようである。  たしかに視力がかなり落ちていたが色彩はもっと認識できていたはずだ。  思考がまとまらず、混乱してしまうがすぐに落ち着いた。  なぜなら周りの環境や見えるものは違うが、結局自分はベッドから動けないのは変わらないのだ。慌てても仕方がない。  むしろ動けるという点では腕と足を多少動かせるだけ前よりましであり、あの痛みと苦しみがないのを加味すればむしろよくなっているとすら言える。  周りが相変わらず騒がしいが不思議と嫌な気持ちがしない。  おそらくだが自分の一挙手一投足に注目し、なにかやるたびに喜びのような声を上げているからだろう。  他人に注目されているのは恥ずかしいが、今までなかった経験と負の感情を向けられていないせいだろう。  そして幾ばくかの時が過ぎ、周りが静かになったことで状況を整理し、なんとなくだが察した。  本来はあり得ない考えだ。  だが、それ以外に説明がつかなかった。  おそらくではあるが、転生したのだ。  =====================================================  自分が赤子として生まれたと理解してから、しばらく経った。  正確な日付はわからない。なぜなら自分はいま赤子であり、寝てばかりである。  それは赤子になる前でも変わらなかったが。  授乳も一日に何回摂るとかそういった知識もない。赤子の面倒を見たことがないからだ。  ただ色が見えてきたことから体が順調に成長しているのはわかってきた。おそらく最初は生まれたばかりで視力が未発達だったのだろう。今では首もある程度動かせるようになっている。  脳も未熟のはずだが転生前と同じ知力、同じ思考ができるのは何故だろうかという疑問は残るが、そもそも転生という事自体がおそらく異常なのだ。そこを考えても詮無きことである。  いままで接した人は少ないがおそらく父親と母親と思われる人物が確認できた。  推定父親は淡い金髪に碧眼の優男。  推定母親は赤髪に黒い瞳を持つ優しい顔立ちの女性だった。  そして気づいたことがある。自分がいる部屋は広く、西洋式なインテリアが視界に収まる。  また自分の世話をしているのが、母親ではなくそれより年上の女性が世話をしてくれている。おそらく母親や父親と思われる相手との接し方から使用人ではないかと思われる。  そのことからもここは使用人が雇える程度には裕福な家庭だと想定される。  するとパタパタと足音が聞こえる。軽快なリズムで駆けてくるのは、この家では一人しかいない。 「サミュエル!――■■!」  サミュエル  これは何度も色んな人から聞いた言葉。状況からもおそらく自分に与えられた名前だと思う。そして今世の自分の名前を呼んだのは、使用人や母親の態度からもおそらく兄だと思われる。  前世の知識で言えば5歳ぐらいだろうか。小学校に入学する前ぐらいの背丈で、金髪と碧眼を持つ整った顔立ちの少年だった。 「あーあー、うー」  推定兄に反応した仕草をみせる。これをやると推定兄は喜ぶのだ。  おそらく赤子が可愛いのだろう。決して自分という存在が愛されているわけではない――そう思っていても、こういったサービスをするのがせめてもの罪滅ぼしだと思ってしまう。  生まれ変わっても自分の浅ましい性根は変わらないなと心の中で苦笑してしまう。  そんなやり取りをしているとうっすらと汗が滲んでくるのを感じた。おそらく体が暑くなって発汗しているのだろう。 「――■?■■■―!」  推定兄は自分が汗をかいていることに気づきなにかを思いついたようだ。  そしておもむろに両手の手のひらをこちらに突き出しなにかを喋る。 「―――――■――・―――■!」  するとそよ風が身体に触れた。  一瞬窓から風が流れてきたのかと思ったがすぐに違うことに気がついた。  風の発生源が自分の眼の前、身体の斜め上、つまりは推定兄の手のひらから出ているからだ。  眼の前で超常現象としか思えない現象が起こっている。  ここは日本ではない。  周囲の言葉や暮らしぶりから、それだけは確信していた。  しかしいま推定兄が見せた事象から察するに、袖口に小型の扇風機でも仕込んでない限り現代の地球ではありえない現象だった。  考えられるのはこれが魔法や魔術と言われるものの類で、ここは現代の地球ではないということだ。  転生という普通ではありえない現象を経験しているのだ、魔法や魔術といったことは十分ありえる。むしろそっちのほうが自然かもしれない。  と、学生時代に行く場所もなく毎日のように通った図書館で好んでよく読んだいくつかの物語を思い出す。  異世界転生  そんな言葉が脳裏をよぎる。  当時はそういったジャンルをたくさん読んでいたこともあり、妄想しないわけがない。  その妄想が十数年の時を経て実現したのだ。おそらく。 「■――?」  推定兄がなにか話しかけてきた。おそらく涼しいかとかそういったことだろう。 「あー、キャッキャ」  実際涼しいので笑って反応を返してあげると、推定兄は嬉しそうな顔をしていた。  きっと優しい子なのだろう。そう思うたびに胸の奥が少しだけ痛んだ。 「■■!?」  そんな兄に気づいた使用人の女性が慌てた口調で推定兄に言葉をぶつける。  推定兄はしまったと顔をして部屋から逃げ出していった。  使用人はすぐに自分の状況を確認してホッとした様子の表情をしたあと、笑顔を浮かべ身なりを整えてくれた。汗をかいていた場所も優しく拭き取ってくれたのだ。  その後、眠気が襲ってきたためそのまま眠りにつく。その瞬間まで自分の思考は推定兄が起こした超常現象のことだけを考えていた。  ----------  目を覚ますと周りには誰もいなかった。ちょうどいい。  推定兄が起こしたあの超常現象――面倒なので魔法と呼ぶ――を、確かめるなら今だ。どうせ寝る以外にやることもない。  創作物だが魔法やその類を使う場合、身体のうちに眠る魔力などを消費して発現させていることが多い。まず自分の身体の内側を意識してみる。  すると心臓に不思議な感覚があるのがわかった。心臓の場所は前世で嫌というほど知っている。数十日間ずっと痛かった場所だからだ。  いまあるのは痛みではなく違和感、前世では感じたことのない異物のようなものを感じる。  だがそれは意識しないとわからない異物。それが心臓に渦巻いているような感覚がある。  推定兄は手のひらから風を出していた。  想定通りなら、これは操作できるはずだ。  心臓から手のひらにその異物が流れるイメージをする。  流れるイメージは心臓から手のひらまで血流に沿って流れていくイメージだ。  ……動いた。わずかだが、心臓のあたりの力が手のひらへ流れていくのがわかる。  そして手のひらから、なにかが確かに流れ出た。  しかし風は出ない。  出なかったのではない。なにかは出たのに、風にならなかった。推定兄はおそらく同じ場所から同じものを出し、それを風に変えていたのではないだろうか。  もしそうなら、足りないのは力の量ではない。  流し出す寸前これをこうしてやれば風になるという形が一瞬だけ指先に浮かびかけた。掴もうとすると消える。あと少しで届く。  出したものを風に変える、その最後のひと押しが――  そこまでで心臓の違和感が急に薄れ、指先まで来ていたものも糸が切れたように消えた。  続きを確かめる前に、意識が暗転した。  ----------  使用人が自分を起こしに来た。  目を覚まして最初に戻ってきたのは、さっき指先で取り逃したあの感触だった。あとで必ず続きをやる。  おそらく食事の時間なのだろう。  離乳食は始まってるが、まだまだ授乳が必要な時期である。  今日は母親に授乳してもらいゲップを出す。 「サミュエル――■ママで―~」  言葉もそこそこわかってきている。  そしてなにを言っているのかも大体だがわかる。  ならば期待に答えねばなるまい。 「ま、ま」 「■■!そう、ママで――!」  驚きと喜びから母親の期待に応えられたようでなによりだ。  すると母親は父親を呼んだ。数秒後には父親と推定兄と赤い髪の少し気の強そうな女の子がやってきた。推定姉である。  推定姉は推定兄より少し背が高いからおそらく子どもの中では一番年上なのだろう。 「エドワード!サミュエル■―ママ――!」 「本当―?サミュエル、パパだ――」  エドワードとは父親の名前だ。そしてこれは定番の流れだ。ここでも期待に応えよう。 「ぱ、ぱ」 「おおおおおおお!■■パパって!」 「サミュエル!にい■■―――!」  推定兄、いやもうこれは確定だろう。 「にい」 「父様!サミュエルがにいって呼んだよ!」 「■■■!マイク、―――」  照れたように笑う兄――マイクとは家族の中での兄の呼び名らしい――を見て、父も嬉しそうに頷いていた。  次は私の番だと言わんばかりに姉が前に出てきた。 「サミュエルー!おねえちゃん■■」 「ね、え」  すると姉ははしゃぐことはなかったがニンマリと嬉しそうな表情をして自分の頭を撫でてくれた。  以前はこんなことはなかった。  自分が与えられた役割はやって当たり前。できなければ叱責される。  それがいまではその逆だ。  期待された役割をやるだけでサミュエルの家族は幸せそうに笑う。  これが当たり前の家庭というやつなのだろうか。  だからこそ思ってしまう。  ごめんなさい……。  ===================================================== 【あとがき】  短編として投稿した作品の長編版となります。  作中では、同じ言葉が繰り返されることで少しずつ意味が分かるような演出をしています。■や―には特別な意味はなく、「知らない言語を話している」程度の認識で読んでいただければ幸いです。  また、「にいに」「ねえね」といった呼び方は日本語だからこそ成立する表現ですが、この世界にもそれに相当する呼び方があるものとしてお読みください。  この作品を「面白かった!」「続きを読みたい」と思っていただけましたら、ブックマークやいいね、『☆☆☆☆☆』で応援していただけると、とても励みになります。  今後ともよろしくお願いいたします。

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