エナジーコット(@EnergyCotton) / 第190話

第38話 会話の重要性(7歳)

 工作室に籠り、本に載っている術式を見ながらサミュエルは考えていた。術式の意味からヒントが得られるかもしれないと思ったからだ。 (そもそも自分が知っている堆肥の作り方と原理について整理してみよう)  ・コンポストに生ゴミ、落ち葉、枯れ葉、家畜の糞、水を入れる。  ・混ぜる。  ・放置する。 (自分が知っているのはこれだけなんだよなあ。たしか中が熱くなって菌が増えるから、それで早く分解されるんだったか?)  サミュエルは前世で農家でも農業学校出身でもない。だから堆肥の正確な作り方は知らない。ただ本で読んだことがあったり、出張修理先の農家のお爺さんから一方的に聞かされたぐらいだ。 (コンポストはない……。トムの親父さんは掘った穴に入れると言っていたからそれと同じ効果があるのかな?家畜の糞も畜産農家から貰ってるんだろう。落ち葉とかも町の周りは森や山だらけで困らない)  材料の種類は揃っている。 (だけど量が圧倒的に足りていない。それもそうか。食料生産量や人口は現代とは比較にならないぐらい少ないから生ゴミ自体が少ないし、家畜や人も少ない。これでは糞が足りなくもなるか) 「ねえカーク、人の糞ってこの町だとどうしてるの?」  人の糞尿の問題は町の衛生管理の問題だ。カークはおそらく知っていると思い尋ねる。 「農家が集めて回収しています。ご推察の通り、堆肥作りに使われるためです」 「お金は払うの?」 「いえ。町の者は処分の手間が省けますし、農家は堆肥の材料が手に入ります。双方に利がありますし、町は綺麗になるので無償で譲り渡すようにと、御当主様も推進しています。おそらく多くの領地がそうなってるかと思います」 (そういえばヴァロンの町も、城塞都市のマルシュブルグも『臭い』と思ったことがない。気にしていなかったけど思った以上に衛生観念がしっかりしているのかも)  昔のヨーロッパは酷かったという話を聞いたことを思い出した。 (しかし、そこまでやっても間に合っていない。別に糞じゃなくてもいい。大事なのは土に返せる有機物のはずだ。なにかこう、土の栄養になって使われていないものはないだろうか)  自分が知っているものはすでにすべて使われているようだった。 (人の死体……はさすがにどうなんだ。そもそもちゃんと弔っているのならそれは死者の冒涜と思われかねない。そもそも解体する人も嫌だろう)  サミュエルは倫理観を無視する発想までしてしまう。この世界の宗教観をしっかり理解していないが、さすがに野ざらしでおざなりとは思えなかった。 (そもそも礼拝堂もあって、衛生観念もあるんだ。それが適当なわけがない。路上で野ざらしになっているのも見たことないし)  そのとき工作室にノックの音が響き渡る。 「アレンです。報告と荷物を持って参りました」 「あ、どうぞ」  サミュエルが許可を出すとアレンが箱を持って入室してくる。 「先ほど兵士の駐屯地より、魔石が届きました。今回も結構な数ですよ」 「ありがとうアレン。最近魔石も思ったより使ってるから助かるよ。そこに置いといてもらっていい?」  最近は色の変化の調整のために魔術インクの消費量が修理だけしていた頃より格段に増えた。調整に慣れてきたとはいえ、それでも何回かは調整しないと依頼通りの色にならない。 (あれ?今なんか引っかかったような……)  アレンとのやり取りで引っかかるものを感じた。 「ごめん、アレンもう一回入ってきてから話したことを最初から言って貰っていい?」 「はあ、構いませんが。報告と荷物を持って参りました」 「うん」 「先程の兵士の駐屯地より、魔石が届きました」 「うん」 「今回も結構な数です」 「結構な数?なにが?」 「え?それは魔石ですが……」  アレンはサミュエルがどうかしてしまったのではないかと心配した。 「そうだよね。魔石は数が多いんだよね。で、相変わらず余ってるんだよね」 「そうですね」 「じゃあただでさえ使い道の少ない魔石を生み出している連中。魔物も同じぐらい数がいるってことだよね?」 「はい、そうなります」 「その魔物の処理ってどうしてるの?」 「えーと……私もよくわかっていません」  そこまで詳しくはないアレンの代わりにカークが答える。 「食用に向かない魔物で、町から離れた場所で討伐されたものは埋めます。放っておくと他の魔物を呼び寄せる原因になったり、アンデッド化するためです。町の近くに出たものであれば燃やします」 (いるんだ……アンデッド。そりゃゴブリンとかがいるしおかしくないか) 「ということは、死体処理も困ってる……ってことだよね?」 「もしや坊ちゃま……それを使おうとお考えに?」  カークはサミュエルの考えを察し、サミュエルはニヤリと笑った。いい案だと。  アレンは意味がわからず黙って聞いている。 「家畜を解体したときの食べられない部分や、食用になる魔物の使わない部分はどうしてるの?」 「それは……おそらく堆肥作りに活かされてると思います」 「なら食べられない魔物をそのまま使ってもいいんじゃない?土に埋めてるなら多分同じ事が起こってるはずだよ」  放っておけばアンデッドになるのに、埋めれば土に還る。なら魔物も同じではないかとサミュエルは考えた。 「なにかまずいこととかあったら教えてほしい。たとえば神官から怒られるとか、昔魔物の死体を利用したら酷い事が起こったとか」 「いえ、魔物の肉が食べられているように、そういった話は特にありません。ただ、食べられない魔物の死体を使うのは印象が……」 「すでに家畜や食用になる魔物の食べられない部分や糞を使ってるんだから今更だと思うよ。普段使われてないから拒否したくなるだけだと思う」  いままでやらないことをやれと言われたら誰だって躊躇う。だけどこの世界の宗教観で禁忌ではないのなら『なんか嫌だ』以外に理由はないはずだとサミュエルは考えた。 (材料の目処は立った。残りの問題は堆肥になるまでの時間……。結構時間がかかるんだったよな)  トムの父親もそのようなことを言っていた。あの言い方だと数ヶ月はかかるのが普通だろう。 (仮に材料が増えても堆肥になるのに時間が掛かるようになったら意味がない) 「サミュエル様が魔物の死体を使いたいのはわかりました。ですがそのまま使うのはおやめください。せめて細かくしてから使うなど魔物だとわかりにくくすれば抵抗は少ないと思います」  カークはさきほどの魔物を使うという案に対して難色を示していた。だからせめて抵抗感を薄くする提案をした。 「それはいいね。細かくすれば堆肥になるのも早くなりそうだし。ただ誰が細かくするの?解体作業なんて畜産農家ぐらいしかやらないよ。彼らも好きでやってるわけじゃないだろうし」  生き物の解体作業は普通の人なら精神的負担が大きい。家畜を屠殺する人だって生活のために仕方なくやってるに過ぎないだろう。 「カーク殿が言うことは尤もかと思います。ですが食用ではないのでとにかく細かくできればいいかなと。たとえばこの前サミュエル様が修理された開拓用破砕魔術具のように放り込めば全部粉々にしてくれるものでもあれば負担は少なくなるかと思います」  アレンにそう言われて開拓用破砕魔術具を思い出す。たしかに大型シュレッダーのようなものに放り込んだ木材が粉微塵になって出てきた。 (あれ?これいけるんじゃないか?) 「……それだ」 「え?」  アレンは自身の何気ない提案をあっさり肯定されたことに驚いた。 「あの大きさだ、ゴブリンぐらいならそのまま入る。多少大きい魔物でも分割すれば問題ないだろう。強度はどうだ?木材があれだけ粉々になるのなら肉片はミンチになるだろうし問題はない。骨は?石ならいけると言っていたな。少なくとも砕けないということはないか……」 「あの坊ちゃま?」  アレンはサミュエルが途中から自分に話しているわけではないと思い、呼びかける。 「じゃあ出力を上げれば……。元々修理が必要になったのは出力が落ちていたからだ。出力は上げることもできるはずだ。石が砕けるのなら魔術具側の素材も問題はない。それに術式が書かれていたあの鉄板。大きさに対していくらでも術式を書き込む余裕があった。術式で改良すればいけるか?なら堆肥化を早めるために温度も調整してみるか?たしかさっきの本に水が沸騰するまで発熱させる術式があったよな?堆肥用の素材は粉々にして、さらに発熱用の術式で素材を温める。これはかなり堆肥化が進むんじゃないだろうか……」  サミュエルは方向性が見えた気がした。 「カーク、悪いけど思いついたことがあるからお祖父様とお父様に話したいことがある。今いいか確認を取ってきてもらえる?」 「かしこまりました」  しばらくして、今から会えるということでサミュエルは祖父と父の執務室へ向かった。

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