むかいぬこ(@mukainuko) / 第98話

第13話 会いたいと思った。一緒にいたいと思った。

映画が終わり、画面にエンドロールが流れ始めた。 私はしばらくテレビを見たまま動かなかった。 隣で早川君がリモコンを手に取る。 「綾瀬さん、どうだった?」 「うん?」 「僕の都合で観せちゃったけど、つまらなかったんじゃない?」 「ううん、そんなことない。わたしにもすごく参考になった」 私の答えに、早川君は安堵したような表情を見せた。 別に早川君が作った映画じゃないのに。 「わたし、一番疑問に思ったシーンがあったんだけど……」 「もしかして、奥さんがビンタするところ?」 「うん」 やっぱり、早川君も気になったらしい。 映画の中では、夫と相手の女性は互いに惹かれ合っていた。でも、奥さんが想像したような関係にはなっていなかった。 それなのに、何もなかったと聞かされた奥さんは、かえって怒った。 「あれ、どういう意味なんだろう」 「身体の関係がなかったからじゃない?」 「なかったから?」 「うん。だから余計に、気持ちだけで好きになったって感じたんじゃないかな」 「ああ……」 そういうことか。 私は映画の場面を思い返した。 何をしたかだけなら、していない。 でも、何もなかったわけではない。 会いたいと思った。 一緒にいたいと思った。 それだけでも、奥さんにとっては十分に裏切られたことになるのだろう。 「恋愛って、難しいね」 「官能小説を書いてる人が言う?」 「だから困ってるの」 早川君が笑った。 「でも、ちょうどよかったかも」 「何が?」 「さっきの紗栄子の話」 「あ……」 言われて気づいた。 紗栄子が海を気にしている。 でも本人は、その理由にまだ気づいていない。 何もしていなくても、気持ちは先に動くことがある。 「そういうのも、書かないといけないんだ」 「全部説明する必要はないと思うけどね」 「それ、さっきも言ってたね」 「言ったっけ?」 「言ったよ」 私は笑った。 なんだか少しだけ、紗栄子の続きを書けそうな気がしてきた。 何をさせるかではなくて、その前に何を思ったのか。 それなら、私にも書けるかもしれない。 ……たぶん。 「お腹空かない?」 早川君が突然言った。 言われた途端、お腹が反応した。 「空いた」 時計を見ると、もう昼を過ぎていた。 「じゃあ、お弁当食べようか」 「あ」 私は持ってきたバッグを見る。 せっかく作ってきたお弁当だ。 「ここで食べる?」 「天気いいし、外に行かない?」 早川君が窓の方を見る。 カーテンの隙間から、明るい日差しが入っていた。 確かに、部屋にいるのがもったいないくらいの天気だった。 「井の頭公園?」 「うん。近いし」 「行く」 返事をしてから、私はバッグを持って立ち上がった。 昨日から何度も来ている部屋なのに、外へ出るとなると少し気分が変わる。 お弁当を持って、二人で公園。 「…………」 「どうしたの?」 「なんでもない」 危ない。 また変なことを考えるところだった。 * マンションを出ると、五月の日差しが思っていたより眩しかった。 暑くもなく、寒くもない。 風が吹くと気持ちいい。 こういう日は、外で食べようと言った早川君が正しい。 ただ、一つ問題があった。 「早川君」 「なに?」 「速い」 「あ、ごめん」 早川君が足を止めた。 まただ。 私に合わせて歩いているつもりなのだろうけれど、気を抜くとすぐに速くなる。 「これくらい?」 今度は少しゆっくり歩き始める。 「うん」 私はその隣へ並んだ。 昨日は後ろから追いかけていた。 今日は最初から隣にいる。 それだけの違いなのに、不思議と歩きやすかった。 日曜日の吉祥寺は人が多い。 駅から公園へ向かう人の中には、家族連れもいれば、私たちと同じくらいの年齢の男女もいる。 そういう二人を見るたび、つい自分たちと比べてしまう。 違う。 私たちは互助関係だ。 小説を書くための。 ちゃんと名前まで決めた。 「綾瀬さん、こっち」 「え?」 前から来た自転車を避けるため、早川君が少し私の方へ寄った。 肩が触れそうになる。 私は反対側へ逃げようとして――やめた。 別に、このくらい普通だ。 人が多いんだから。 そのまま隣を歩いた。 公園に着くと、日曜日だけあってベンチはほとんど埋まっていた。 「座れるところ、あるかな」 「もう少し奥まで行ってみようか」 池の周りを歩いて、少し人の少ないところを探す。 ようやく空いているベンチを見つけ、私はバッグから二つのお弁当を取り出した。 「はい」 「ありがとう」 早川君が受け取る。 その顔を見ていると、急に緊張してきた。 作っているときは楽しかったのに。 人に食べてもらうとなると話は別だ。 「先に言っておくけど、普通だからね」 「普通?」 「本当に普通のお弁当。期待しないで」 「なんでそんなに予防線張るの?」 「だって……」 卵焼き。 唐揚げ。 ウインナー。 あとは昨日の残り物を少し。 見れば見るほど普通だ。 「いただきます」 早川君が卵焼きを口に入れる。 私は自分のお弁当を開けたまま、横目で様子をうかがった。 「どう?」 「美味しい」 「本当?」 「うん」 早川君はもう一つ食べた。 「これ、甘いやつなんだね」 「あ、嫌いだった?」 「好き」 よかった。 「唐揚げも食べて」 「食べるよ」 「冷めてるけど」 「お弁当なんだから冷めてるでしょ」 「そうだけど」 自分でも何を言っているのか分からない。 でも、早川君が食べるたびに、妙に気になった。 美味しいと言ってくれると嬉しい。 昨日、ピザを食べたときとは違う。 自分で作ったものだからだろうか。 「綾瀬さんも食べないの?」 「あ、食べる」 自分のお弁当に箸をつける。 同じものなのに、家で一人で食べるときより美味しい気がした。 「ランチを二人で食べるって、いいね」 昨日、私が言った言葉を思い出した。 あれは、やっぱり間違っていなかったらしい。 食べ終わってからも、すぐにはマンションへ戻らなかった。 せっかくだから少し歩こうということになり、池の周りをぶらぶらする。 何か目的があるわけではない。 小説の話をしたり、大学の話をしたり、途中で犬を見たり。 早川君は犬を見ると、意外とよく振り返る。 「犬、好きなの?」 「好きだよ」 「飼ってる?」 「実家で。今は親が面倒見てる」 「へえ。なんて名前?」 「ポチ」 「嘘」 「なんで分かったの?」 「早川君がポチってつけるところ想像できない」 「どういう意味?」 そんな話をしながら歩く。 何の役にも立たない話ばかりだ。 でも、不思議と退屈しなかった。 「あ」 早川君が足を止めた。 「どうしたの?」 「これ」 公園の一角に、小さな露店が出ていた。 アクセサリーや小物が並んでいる。 早川君は、その中の一つを見ていた。 貝殻を使ったネックレス。 小さな白い貝をいくつも繋げて作られている。 珍しいものではない。 海辺のお土産屋さんにでもありそうな、素朴なネックレスだ。 でも。 どこかで見たことがある気がした。 いや。 見たことはない。 実物を見るのは、初めてだ。 「これ……」 私はネックレスを見つめた。 白い貝殻。 一つ一つ拾い集めて。 紐に通して。 女の子の誕生日に贈るために――。 「潮騒の記憶……」

運営おすすめ

週間ランキング

全ランキング

反応スコアランキング

もっと見る

PV・ブックマークランキング

もっと見る

更新された連載作品

すべて見る
読み込み中…

新着短編

すべて見る
読み込み中…

作品一覧

読み込み中…

作品ダッシュボード

作品全体の公開状況と、読者からの反応をひと目で確認できます。

作品パフォーマンス

選択期間のPVが多い順

上位5作品
ライブラリ

作品の公開状況と構成

最近の更新

最後に編集した作品

要チェック

公開前に確認したい項目

プレビュー
読者に表示される見た目

表示設定

文字サイズ
100%
背景色
縦書き表示
リッチモード
目次
読み込み中…

キーワードを入力して作品を探しましょう

アクセス解析
アクセス解析データは 5分おき に自動更新されます
読み込み中…
ランクイン記録
通知
通知はありません
地形ブラシ
25
スタンプ
ツール
装飾
表示
100%

世界地図

100%

REACTION SCORE

反応スコアの内訳