曇りの夜空 / 第16話
第16話 銅鑼森事件 ①
【初川真絹】
いくつものドラム缶や、名も知らない沈黙した機械が私達のことを見ている。
「しかしまぁ、随分な跳ねっ返り娘が混じってたもんだな」
誘拐されてきたばかりの子供たち、そしてその少し外側を幾人もの男たちに囲まれ、身体をがっちり抑えつけられた私のことを見ている。
しくった、しくった、しくった、しくった、しくった。私としたことがしくった。早くお母さんたちに連絡をするべきだった。
クソクソクソクソクソクソ
私を見るな、悪い男たちの癖に私を見るな。そんな、小さな人間を見るような眼で私を見るな。
「どうしますかボス?」
ボスと言われた無骨な長身の男が私のことを上から下まで舐るように見てくる。不快で不快で堪らない。
「いいじゃねーか。こういうガキの頃からわんぱくな奴の方が好みなお得意さまってのは何人もいるもんだ。それに見ろよ、ガキの癖にもう顔がかなり整ってやがる。あと10年もすればかなりの別嬪さんになること間違いないぜ」
「なるほど、そう言われれば確かに」
私を拘束している男の1人が太ももから背中まで指でツーっと沿わせた。身体がぞわりと跳ね、反射的に殴りかかろうとするが太い腕で囚われているせいで思うように動かすことが出来ない。
「放せ!! 私を放せ!!」
「ほんっとうに意気が良いなお前は」
下品な眼光が胸を射抜く。骨の内側から毛虫が這ったような感覚がする。
気色悪い、気色悪い、気色悪い、気色悪い、気色悪い。
「私をそんな目で見るな!!! 汚い男のくせに!!!」
喉の奥が壊れてしまいそうなほど叫んでもボスはどこ吹く風だ。
「なるほどなるほど。ここまでの上玉はそうそういるもんじゃないな。
と、なると調教が必要だ」
ボスは下卑た嗤いを抑えることもせず懐に手をやった。そうして、銃を取り出す。
「ひっ」
「流石に拳銃くらいは知ってるか。まぁ安心しろよ。俺はフェミニストなんでな」
すると嫌悪感を沸き上がらせる表情を浮かび上がらせたまま、私にその銃を無理やり握らせる。
「な……何を……」
「あそこにいるガキどものうち一人を撃ってみろ、そしたら逃がしてやる」
「は?」
一瞬何を言ったのか呑み込めなかった。そんな私の脳髄に入り込むようにボスが言葉を発した。
「ガキってのは可能性の塊だ、俺たちには出来ないことが出来る可能性がある。宇宙飛行士にも、総理大臣にも、アイドルにも、世界を壊す破壊者にだってなることが出来る。分を弁えない全能感は素晴らしいというしかない。
何色にも染まれるのはどんな天才にも得ることが出来ない絶対的なアドバンテージだよ」
「………」
「可能性とは希望、俺は希望が大好きなんだよ。光り輝く希望は何物にも代えがたい。俺は、そんな俺には持つことが出来ない希望を持っているお前らのことが大好きで……そしてな」
血管の中に入り込むようなねっとりとした声が堪らなく嫌だ。
「そんな希望を摘み取るのも大好きなんだ」
ゾワァッ
頭の中に言葉が強引に沁み込んだ後、銃を持った両手が震える。
「そんなに嬉しいか? そうかそうか。ガキってのは銃が大好きだもんな。大好きな銃をぶっ放せる上に解放されるなんて破格の条件に感動するのは無理もないわな」
「私が……撃つ?」
「そう。撃たなかったら俺がお前を撃つ。俺がお前の希望を消し去る」
こめかみに銃口を突きつけられた。心臓が縮まっていくのが分かる。
「……ほ……本気?」
「本気だ」
こめかみから感じる死の気配が私の覇気を葬り去り、現実ではないところへと連れていく。しかし手に伝わってくる金属の冷たさと無機質な重さが私を現実に捻り戻してきた。
「そう、撃て。しっかりと撃て」
ボスが私の耳元に口臭たっぷりの唇を近づける。
「撃て、撃て。お前が罪もないガキを一匹殺す。無限の希望を宿した存在を永遠に消し去るんだ。ただそれだけでいい。さぁ撃て。撃て」
「そんなこと……出来るわけが」
「撃て!!!」
「ひぃっ!!」
いやだ……でも、やらないと……いやだ……でも……でも……そうしないと私が……私が……
私は……
冷たい金属の塊が手のひらから落ちそうになったその時
「あっ、じゃあ僕撃ってみて」
「……へ?」
場にあまりにもそぐわない声が聴こえてきた。
「いいなぁ、僕も一回銃撃ってみたいと思ってたんだよね。羨ましいな、白髪ガール」
「なんだぁ? お前」
ドスの効いたボスの声に唐突に現れた少年は優しく微笑む。
「撃たれるのを希望してきました。まぁ撃ちたいけど、せっかくの機会だし一回撃たれてみるもいい経験になるかなって。
まぁアニメとかゲームでも顔に当たらなかったら死なないから問題ないと思うし」
「ちょっと、本気なの……君?」
「そだよ」
そだよって……は? はぁ??
「さ、ちゃんと銃を握ってよ。反動が凄いらしいからしっかり持って踏ん張ってないと吹っ飛ばされると思うよ。ほら、尻に力を入れたらいいってこの前姉ちゃんの部屋にあった漫画のキャラが言ってた」
状況を理解していないのかその誘拐をされてきたばかりのはずの少年は私に銃をがっちりと握らせた。そして自分の腹部に銃口を突きつける。
「ふーん、服越しだとあんまり冷たくないんだな」
少年はチラリと後ろ側をみた。そしてカニ歩きをし始める。
「何やってんだお前」
「見てのとーり遊んでるの」
ボスが発したドスの効いた声も暖簾に腕押し、泣きじゃくる子供たちまでいるこの空間にあって、くノ一として修練を受けていた私でさえ心を潰されそうになっている絶体絶命にして、絶望的な状況にあってこの男の子は
「いやぁ、若い頃にこんな体験するってラッキーって奴なのかな」
恐ろしいほどマイペースだった。
「この辺りでいいかな。
さ、そろそろ僕を撃ってよ白髪のラッキーガール。今日の主役は僕と君だね」
何で声を張れるの? 何で力強く微笑むことが出来るの? 何で……
「じゃ、一発どうぞ」
そんな希望に満ち満ちた目をしているの。
頭がくらくらする。訳が分からない。私は一体何をしているの? 私はこれから何をすればいいの?
分からない、分からない、何にも分からない。
そんな私の手を少年は優しく包み込んだ。不思議な暖かさがじんわりと伝わってくる。
「早くやって」
「う……うん」
そして促されるままに、私は産まれて初めて銃を撃った。
バンッ!! と大きな音がしたのと同時に身体が撃った反動で後方に転がっていく。床に頭がぶつかる直前に、私の目は少年の苦痛に満ち満ちているのに、悪戯っぽく笑う少年の顔を確かに見た。
「狙いどーり」
少年がそう呟いたと同時、身体を貫いた弾丸がカンッとドラム缶に当たった。そうして爆破と共に真っ赤な業火の花火がいくつも産まれる。
「いってぇぇぇぇ!!!!! でも今のうちに逃げるぞぉぉぉ!!!! みんな僕につづ……いてぇぇぇ!! あっ、無理めっちゃ痛い!!! 死ぬぅぅぅ!!!」
ドラム缶が次々と爆破していくのを背景にして、痛々しいのに滑稽な声音を張り上げながら少年はコロコロ転がりながらドアの方に向かって行った。
そして開いていないドアにぶち当たり「ぐえっ!!」と喚いたのである。その後、ドアのすぐ傍にあったスイッチを押すと彼とは逆方向のシャッターが開いていく。
「え? そっち!?」
「……何なの……いったい」
どこかアホらしい光景の一瞬後に誘拐され集められていた少年少女たちは立ち上がり、たった今光さした出口の方へと奇声を上げながら走っていった。