曇りの夜空 / 第15話

第15話 記憶の奥へ

【初川真絹】  ナイフが私の服を貫き、そのまま肉を穿つために体重が乗っていきます。しかし、それ以上にナイフは私の身体に入ってはいきません。私は相手の肩を思い切り押し、その反動で距離を取ります。 「ちっ!」 「ふぅ……思った以上の物騒ですね。用心しておいて正解でした」  夢邦ちゃんに「今回の動物園は結構危険だと思うから念のため装備はしといてちょうだい」と言われていたので、念のため特注のシャツを仕込んでおいたのです。おかげで身体の貫通は避けられましたが、それでも内臓にまで響いた衝撃は確かに残っています。 「貴女は何者ですか?」  横を見ると雫さんが音もなく琴流ちゃんを抱きかかえ即座に距離を取っています。流石は夢邦ちゃんに逃げ足ナンバーワンと称されるだけありますね。 「何者……ねぇ。やっぱりこの顔を見ただけじゃ分からないか」  哀しそうに小さく息を吐いたのとほとんど同時、バンッ!! という音と共に私の腹部の一点に激しい衝撃が襲い掛かってきました。 「うぐっ!!」  彼女の手には硝煙を噴き上げる銃が握られています。気づかなった……嘘でしょう。 「真絹!? あんた何やってんだ!!??」  詠史さんの言葉など意に介さず彼女の指は再び引き金にかかっています。私は物陰に命を懸けて飛び込み息を整えようとします。 「はぁはぁはぁ……?」  お腹が痛い……息が苦しい。しかし、狙いは私のようですね……不幸中の幸いって奴でしょうか。これなら詠史さんはきっと大丈夫でしょう。  銃声を聞き、悲喜の混じった動転の叫びと共に近くにいた人達が飛び去るように逃げていきます。当然でしょう……しかし、そんな中で詠史さんの声が私の鼓膜をこんな時でも優しく、愛おしく揺らします。 「おいこら、てめぇ!! 僕のつれに何をしやがんだ!」 「あんたには興味ないの」  ノールックで詠史さんの方に二発ほど銃を撃ちました。詠史さんは「マジかっ!!!!」と叫びながらコロコロ地面を回りながら距離を取り、木の影に隠れました。 「詠史さん、そこから動かないでください!!」 「動くかどうかは後で決める!! それよりこいつ誰だ!!?? チャカぶっ放すとかどうなってんだよ!!??」  轟音に驚いたのか檻の中にいる動物たちが大声を上げ、空気を危機に満ちた禍々しい色に変えていきます。 「貴女は誰ですか!!?? どうしてこんなことをするんです!?」 「どうしてって言われたらそうね……取り合えず自己紹介でもしたら分かるかしら」  女性は冷たく私の方を見据えながら、妖しく唇を動かします。 「私は銅鑼森美織、10年前貴方達に捕まえられた銅鑼森幸平の娘よ」 「なっ!?」  銅鑼森……その言葉を聞いた途端私の身体が震えだしました。 「銅鑼森事件……なるほど……それで私を……」 「おい真絹、大丈夫か!? さっきの銃当たってたのか?」 「だ、大丈夫です……シャツには防弾機能もありますから……」  身体の震えが止まりません。このままでは……詠史さんが……詠史さんが……あの時のように……  私の脳みそは10年前、銅鑼森事件で犯人グループに反旗を翻し、敢え無く捕らえられたあの時に戻っていきました。  二度と思い出したくもないのに、自分の中で一番厳重な金庫に仕舞っているその記憶へと。

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