曇りの夜空 / 第4話

第四話 馬鹿と麻薬は使いよう

 にわかにスピーカーの音が辺りに響き渡る。 『ようこそ、花染夢邦。お前なら必ず来てくれると信じていたよ』  モザイクがかかった声、男か女かも分かんないわね。 『あら、あんたはあたしを信じられるほど理解しているのかしら?』 『知っているさ、君がこれから辿る運命もね』  どこかから水が湧き出てくるような音が出てきた。刹那後、足元に微かながら水が張っていくではないか。 『溺死だ』 「……ったく、こんな幼気なロリガキを殺そうとするなんてなんてなんて残虐なのかしら」 『ふっ。それじゃあ残り数分の命をせいぜい噛みしめろ』  プツリと音が切れた。 「あたしとお話するためだけに労力使うなんて、あたしのファンなのかしら? 殺したくなるほど好かれるなんてお姉ちゃんの数億分の一ではあるけれどやっぱりあたしも美少女なのね。ふふふ」  あたしはクナイを使って手早く豚さんの口枷と縄の拘束を破いた。ゴホゴホとせき込みながら瞳に溜めていた涙が零れ出て行く。 「なんで、俺がこんなことに……」 「はぁ……今の状況は理解してるわよね。そんなテンプレな絶望とかしないでくれないかしら。時間の無駄よ。  それよりこんだけものがあるんだから何か脱出できる道具とかないのかしら? あんたなんか知らない?」  やたらとデカい防弾ガラスで四方こそ囲まれたもののその中には麻薬を含め多くの木箱などが残されている。文字通り山積みなんだし、これだけあれば使えるものの一つや二つくらいありそうだけど。 「そんなの知らん!! 俺は知らない間にここに監禁されていたんだよ!!」 「………ふーん。  はぁ、使えないわね。でもだったらいいわ」 「あ!!?? 何がいいって言うんだ? このままじゃ俺もお前も死ぬんだろ!! もし死んだら俺はお前を絶対恨んで………」 「だからテンプレは止めてちょうだいってば。面白みがない男はモテないわよ」  あたしは数秒で終わる登山を終えた後、マッチをこすって上部にある乾いた木箱に火をつけた。想像よりも火の勢いは速く、あっという間に上部が火に染まっていく。 「おまっ!? 何してるんだ?」 「何って、火事起こしてんのよ。使えるものが無いならせめてこうやって使うのが良いでしょう。  それよりそこに麻薬の袋あるでしょ。なるべく大きい奴選んでしっかり抱えてくれないかしら」 「なんで俺がそんなことしないといけな……」 「さっさとしなさいってば。 焼き豚になったうえ水に捨てられるなんて嫌でしょう」  ウッという音が聞こえてくるほど大仰なリアクションを取った後、たどたどしい手つきであたしの指示に従っていく。  火は、しっかり燃えている。もっともっと燃え盛りなさい、酸素全部使うくらいの勢いでね。 「よっと」  あたしは山の上から下に降りた。すでに足首の辺りまで水は浸食しており、お姉ちゃんとおそろいの靴下がたっぷりと水を吸ってしまっている。ったく、ムカつくわね。 「お、おい出来たぞ。こんなもんどうすればいいんだ?」 「それ持って山を少し登っててくれないかしら? 転んだりしないでちょうだいよ」 「お前、何考えてんだ?」  イチゴオレをしっかりと喉に通しながら防弾ガラスに身体を預ける。 「防弾ガラスもしょせん人工物、弱点ってもんがちゃんとあるのよ。  そもそも防弾ガラスってのは一枚の超頑強なガラスなんかじゃないわ。ガラスとポリカーボネート……まぁ、滅茶苦茶頑丈でしなやかさも兼ね備えている100円ショップじゃ到底買えない便利なプラスチックとでも思っておけばいいわ。そいつらを何重にも重ねている代物なのよ」 「それがどうなってるってんだよ」 「頑丈だろうとしなやかだろうと、高かろうとプラスチックはプラスチック。高温を加えれば熔けるのが道理よ。ドロドロに熔けりゃぁ強度は一気に下がるわ」  豚さんがあたしのつけたキャンプファイヤーに目をやった。こんな説明をしている間に腰まで水位は上がってきてしまっている。 「じゃ、じゃあもうすぐ熔けるのか? ここから脱出できるのか!?」 「希望を持ってるところ悪いけど、今のままじゃ無理だわ。だからその魔法のお薬が必要になるんじゃないの」 「どういう意味だよ」 「即席とはいえ命を預ける親愛なるパートナーにはしっかり説明してあげたいところだけど、そんなことしていいのかしら?」  あたしはプールになってきた水面をちゃぽちゃぽと叩く。 「溺死したいの? 苦しいらしいわよ」 「っ……な、何をすればいい?」  素直でよろしい。 「あたしが合図したらそれを出来る限り上にぶん投げなさい。そしたら間髪入れずに水の中になるべく深く潜ることね」 「分かった」  豚さんから脂汗が流れ出て行く。そんな汗はあっという間にあたし達の命を奪わんとする地獄のプールへと吸い込まれた。 「はぁあ、プールならお姉ちゃんの水着見たかったわね」 「なんか言ったか?」 「何にも」 「それよりまだか? まだ投げないのか?」 「もうちょっと待ちなさい。タイミングミスったらお終いだから」  お姉ちゃんの顔を思い出しながら一寸の時が流れた。顔が熱い、身体は冷たい。良い感じになってきたわね。  プラスチック特有の不快な甘い焦げ臭があたしの鼻内でくしゃみをし始めた時、あたしは唇を動かした。 「OK、投げなさい」 「おうっ!!」  魔法の麻薬袋が力任せに投げられた。それが火の近くまで行ったところでクナイを思いっきり投げる。  ポスンッ  袋を貫いたのと同時に粉が一気に飛散していった。天国に誘う地獄の粉が飛び散る中、あたしも水の中へとダイブする。  白い雨は一瞬にして炎の中に呑まれるだろう。無論、炎を消し去るなんてことはしない、むしろより大きく、より瞬間的に威力を上げ、そして瞬きの間もなく……  ドッカーーン!!!!!!  爆発する。ふふふ、やっぱり困った時は、粉塵爆発よねぇ。  オレンジ色の閃光が産み出す爆圧を背中に感じながらあたしは嗤った。 馬鹿と麻薬も使い様ね。

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